第19話「トリオ」
「ゴールデンウィークが始まるぞ」棗昌が騒ぐように言う。まるで雑踏の中にいるかのような感覚で喋るので、たとえ単独でいようとも彼女の半径2メートル以内は常に騒々しい。実に不思議な仕組みである。
「授業も終わったし後は無事に帰るだけだ。家に帰るまでが学校だって言うくらいだしな。私たちにまっすぐ帰る以外の道はない」鈴木赤が元気に言う。
「部活はどうした」思わず突っ込んでしまう。
「私たちにはネタ合わせがあるからな」
「やっぱり2人でコンビを組んでいたのか」棗昌が茶化すように絡んでくる。
このお決まりの流れも定番化しつつあるので、まさか本気でコンビを組んでいると捉えている人は皆無だ。しかし一方ではこの関係が続けばいつか既成事実として押し切られてしまうのではないかという見方も少なからず存在するらしい。棗の冷やかしの意図もそこにあるのだろう。私たちがコンビを組むことは棗には何の影響もないのだから。
「だから私たちはわざわざ部室に行かなくても良いんだ」鈴木赤がきっぱりと言い切る。部活に励まなくて良い方便として私を使っているわけではないらしいのだが、事実として彼女はこの1ヶ月一度も部活に顔を出していない。
「私も入れてくれよ。トリオとしてやっていくっていうのはどうだ」唐突に棗が切り込んで来た。
「悪くないだろう」意外にも鈴木赤が同意した。
「ぺこぱみたいなノリで受け入れるな」条件反射的に返してしまう。
「段々板に付いてきたね」鈴木赤は嬉しそうに話す。
「やった」棗昌も何だか嬉しそうな反応を示す。こいつらマジか。
「私はそもそもコンビを組むつもりはないっていう前提で話すけどさ、どうしてなっちゃんはお笑いをしてみたいと思ったの」素朴な疑問をぶつけてみる。
「お笑いをしたいっていうよりかはさ、お前らとつるんでみたいと思ったんだよね。この前のスポーツテストの後の感じがなんか好きでさ。これまでは部活に励むことこそが青春だって思っていただけど、部活以外にも私がのめり込むべきことが見つかったような気がしたんだ」
「野生児の勘だな」鈴木赤が茶化すように言う。
「せめて女の勘と言ってくれ」
「っていうか今の部活は良いのか」棗昌に聞いてみる。
この明るさと運動神経はそれなりに重宝されるだろう。部活に入りたてという状態ならまだしも入学以来関わってきた場所に別れを告げるというのは高校生には中々起こりえない。
「今朝伝えてきた」棗昌はあっけらかんと話す。
「なんだその謎の行動力は。野生児過ぎるだろう」知り合って1週間前後しか経っていないのに、その見切りの付け方は異常だ。もしかすると鈴木赤以上の瞬発力があるのかもしれない。
「思い立った時の女の行動は恐ろしく速いものよ」棗昌は柄にもなく塩らしく話す。
「キャラがぶれてるぞ。誰の為とは言わんが無駄に振り回さないでくれ」
「面白い、実に面白い」さっきから黙っていた鈴木赤が口を開く。
「湯川教授か」古いネタだが自ずと突っ込んでしまう。
「さっきから黙って見ていたが、君たちには才能がある。どうだ、私とあかちゃんと、そしてなっちゃんの3人で大仕事をしてみないか」
「楽しみだね」棗が無邪気に答える。
「私は肯定してないぞ」呆れてしまうが否定だけはきちんとしておく。
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