第18話「デビュー」

 「2人ともやけに盛り上がっているな」大きな声が遠くから響いてくる。

 「誰だ」鈴木赤が即座に大声で尋ね返す。

 「クラスメイトを忘れるな」

 大声の主は屋上の扉付近にいた。私たちのいるフェンス沿いのちょうど対角線上だ。言いながらも徐々に近づいてくる。

 「新キャラだからきちんと説明してくれないとわからないよ」顔がはっきりとわかるところまで到達したところで取り合えず話を振ってみた。声の主がしたり顔でやってくる“間”に耐えられなかったというのが本音だが、誰もその妙な間には突っ込まない。

 「新キャラとか言うな。新学年が始まって数週間とは言え同じ教室で授業を受けているんだぞ」

 「誰だっけ」鈴木赤も本気でわからないという顔をしている。

 「鈴木は中3の時も同じクラスだったろうが」

 「イメチェンしたのか」少し悩んで鈴木赤が口にした。

 「私は高校デビューなんてするキャラじゃない」

 「そうか、高校デビューしない系のキャラなのか」

 「どんなキャラだ」謎の人物が不機嫌そうな顔で聞く。というか終始不機嫌そうだ。

 「高校デビューしなそうなやつがデビューするから高校デビューに価値があるんだ。高校デビューしない系だとしたらお前はまさに打ってつけじゃないか」

 「デビューデビューうるさいし、話がやたらと哲学的で複雑になってる」

 「意味の無い嘘なんてつかない方がいい」

 「それは“ラビュー・ラビュー”だ。それに引用するならサビの部分を使え。シングル曲じゃないからファンしかわからない」

 「それで、どちら様なんでしょうか」一応丁寧に尋ねてみる。見ず知らずの人物には敬語が基本だ。

 「クラスメイトに敬語を使うな。それに森とだって中学の時に大会で一緒になってる」やはり不機嫌そうに返してきた。

 「あのマニアックな部活はうちの中学にしかなかったから大会なんてなかったはずですけど」

 「丁寧語はやめい。それに部活の話じゃない。学校対抗の体育祭の方だ」

 「なにそれ。マジ怠そう」鈴木赤が引いた感じで尋ねる。

 「お前は私と同じ中学なんだから知っているはずだろう。近隣の中学の内の何人かが集められて合同で体育祭を行うあれだよ」

 「そんな交流戦が行われていただなんて知らなかった」

 「鈴木にも声がかかったはずだぞ。運動部に入っていないやつだけが呼ばれるあれだよ。鈴木なんかは誰よりも先に召集がかかっていたんじゃないのか」

 「思い出した。あの時期が来る度にじいちゃんが危篤になる予定だとかなんとか言って無理やり切り抜けたんだ。嫌なことって記憶から簡単に抜け落ちていくね」鈴木赤はあっけらかかんとした様子で口にする。

 「危篤に予定とかあるわけないだろ。しかも毎年。毒でも盛ってるのか」今度はこの謎の人物が引いている。

 「まずいばれてる」

 「気味が悪すぎる。そもそも森とはこの大会で競った仲なんだ。覚えていないのか」私に話が戻ってきた。

 「私も運動がそんなに好きじゃないしね。嫌だったことなんかいちいち覚えていないよ」率直な感想を言う。

 「フリスビーのシングルで決勝まで残ったじゃないか」謎の人物が口にする。

 「フリスビーで、しかもシングルって何だ」鈴木赤が質問を挟み込むが誰も回答しない。

 「そう言えばそんな競技に引っ張り出されたな」

 「そこで私が森にボロ負けしたんだ。それぞれの山で強敵を難なく倒してきた同士の決勝だったからこれは間違いなく良い勝負になるだろうと期待されていたけれど、あっけなく森が優勝して大会は幕を閉じたんだ」

 「そんなわけのわからない競技で幕が閉じるわけないじゃん」鈴木赤が口を出す。

 「確かにフリスビーは花形だし、年によってオオトリは異なるけど私たちが中3だった時はフリスビーのシングルが最後の種目だったね」そう言えばそんなこともあったな程度の感覚で口にする。恐らく半日後には全て忘れている。

 「フリスビーってそんなに注目されていたのか」鈴木赤は驚いた様子で口にするが誰も回答しない。

 「そのフリスビーのファイナリストこそが棗昌だ」

 「なんて読むんだ」鈴木赤が質問をする。

 「今発音したばかりだろう。なぜ読みを聞く。これでナツメアキラと読むんだ」

 「なっちゃんはもしかして100%なのか」思わず質問してしまう。

 「下の名前をあだ名呼び、突然すぎないか。まぁいい。そういう芸人さんもいるけれど、それとこれとは関係ない。むしろアキラなんてありふれた名前だろう。もしかして鈴木はアキラという名前に出くわす度にその質問をしているのか」棗昌はおちょくる感じで聞く。

 「5歳の時からの習慣なんだ」鈴木赤がはっきりと答える。

 「アキラ100%はピンでデビューしてからまだ10年ちょっとしか経っていないからそれはダウトだ」棗昌が口にする。

 「アキラ100%は1974年の8月15日生まれだから10年ちょっと前には既に物心がついているぞ」鈴木赤がなぜかしたり顔で返す。

 「物心がついているかどうかはアキラ100%としての活動始めに関係ないんじゃないか」棗昌が困った顔で口にする。

 「ちなみにアキラ100%の誕生から2ヶ月後にポルノの昭仁がこの世にデビュー・デビューしている」

 「ラビュー・ラビューっぽく言うな。そしておもむろに話を繋げるな」棗が不機嫌そうに返す。

 「ところでなっちゃんは何をしに来たんだ」中々本題に入らないので軌道修正をしてみた。

 「肝心の要件を忘れていたよ。もう昼休みが終わって次の授業が始まってるから早く来いってさ」

 「「早く言え」」

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