第16話「ドクターペッパー」
「赤ちゃんって結構な恋愛脳だよね」普段突っ込まないことに切り込んでみる。
「人の三大欲求の大半がそこには詰まっているからね。そりゃ重要視しちゃうよ」鈴木赤から思わぬ返答がやってきた。
「どういうことだ。私の脳が追い付かない」1つはまぁわかる。だがその他2つの認識が世間と私とでずれているのだろうか、つながりが見えてこない。
「パートナー選びは3つの欲求に大きく関わるだろう」
「確かにな。食環境や住環境も性環境も付き纏う」
「ぶっちゃけた話、今はどれにも興味はない」話が大きく展開する。重要視しちゃう割に興味がないとは一体どういうことだ。
「それは人間の本能に反しているんじゃないのか」
「食と住は満ち足りている。金持ちではないけど、何ひとつとして不自由していない。本当にありがたい話だ」
「そういや赤ちゃんの住んでいるところって知らないな。今度招いてくれよ」
「別に良いけど狭いぞ。それに何か楽しいものがあるわけでもない。部屋にもベッドと机と本棚があるだけでゲームどころかテレビだってないんだ」
「でもお笑いが好きなんだったらテレビは必須じゃないのか」
「家族が全員お笑い好きだし、そもそもみんな趣味が一致しているからチャンネルの奪い合いも起きないんだ」
「なるほどね。でもテレビくらいは欲しいとか、なんかそういう欲求とかはないの」
「そもそも物欲がないんだ。食欲は当然あるけど、食に対しての強いこだわりもない」
「確かに赤ちゃんが食い意地を張っている姿は見たことないかも」見てみたい気はする。
「さっきの話の続きになるけど、特に彼氏が欲しいだとかも思わない。いつかは誰かしらと交際することになると思うからこそ、今そんな無駄なことに時間を使っている場合じゃないっていう気持ちになるんだ。ある程度そのお相手に時間を割いてやらなくちゃいけないなんて考えたくもない」そういうやつが率先して彼氏を作ってしまうものだけど、鈴木赤の場合は本気で言っている辺りに好感が持てる。
「春休みなんかはほとんど毎日私と会ってくれてたけど、あれは良かったのか」なんだか申し訳ない気持ちになって来たので思わず尋ねてみる。
「それはそれ、これはこれだよ。あゆと会うのはそもそも義務だと思ったことは一度もないけど、それでもついつい会いたくなっちゃうんだよね。それに私たちはコンビだからさ。ダウンタウンみたくプライベートでは会わないのがステータスだなんていうダサい考えも持ってないし」
「ダサいかどうかはともかくとして、なんかそう言われると嬉しいな。でも私たちはコンビじゃないからね」思わぬ答えに喜んでしまうが、訂正箇所にはしっかりツッコミを入れておく。
「そうだっけか」鈴木赤が突然ボケ始める。
「そろそろ体育の授業に行こう。間に合わなくなっちゃうよ」鈴木赤だけが着替えていない。気を遣って促してみると予想外の反応が返ってきた。
「あれ、今日って制服での座学じゃなかったっけ」
「それは来週の話でしょ。今日と次はスポーツテストだよ」
「昨日飲んできちゃったよ」鈴木赤が不穏な発言をする。
「高校生の分際でいったい何を飲んだんだ。仮に何かよからぬものを飲んでいたとしてもそういう検査はないから安心しな」心配しつつも一応フォローは入れておく。
「引っかけちゃったよ、ドクターペッパーを」心配して損をした。
「あれは単なる炭酸の入ったジュースだから何の問題もない。そんなことより、早く着替えなって」着替える時に声をかけるべきであった。
「早替えの勢いのまま短距離走を突っ走りたい」
「短距離走は今日じゃない代わりにシャトルランが待ってるよ」
「私だけ半端ないハンデがあるから得点をマシマシにしてくれ」
「同じことを先生に言ってみな」
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