第15話「お花畑」

 「花粉もだいぶ収まったみたいでかなり過ごしやすくなったな」鈴木赤が口にする。

 「2週間前が一番きつかったよな。延々と鼻が止まらないから本当にしんどかったよ」

 「やっぱり花粉症って鼻とか喉とかに来るものなのか」

 「喉には来ないよ。どっちかって言うと鼻と目だね。っていうかあかちゃんは花粉症じゃないの。さっききつかったとか言ってたけど」

 「私は別に。きついのは他人が鼻をぐずぐずやっている時だな。見るに堪えない」

 鈴木赤の言う通り、確かにこの時期の花粉症のやつは非常に見苦しい。隙あらばずるずるやっているし、見た目的にも耳的にも最悪だ。できることならそばに寄りたくないとまで思ってしまう。小学生の時、自分の机の脇にビニール袋を提げておいてそこに鼻を噛んだティッシュを無限に捨てているやつがいたが、それを見たときの嫌悪感は凄まじかった。隣の席にならずに良かったと心底安心したものだった。だがその憎しみの矛先が私に向くことだけは許せない。

 「花粉差別だ」自分万歳である。

 「普通に汚いし、それにきしょいだろ」鈴木赤が平然と花粉症患者をぶった切る。

 「花粉症をバカにするなよ。いつか赤ちゃんだって花粉症になるかもしれないんだからな」花粉症の代表として非花粉症の者に一言申しておく。少しでもびびらせようと脅しの言葉を投げかける。

 「そういやあゆは何年か前には花粉症のやつをバカにしてただろう」痛いところを突かれてしまった。

 「そのしっぺ返しが来たんだよ」負けじと言い返す。

 「じゃあ私はその返しを食らわない内に思う存分差別するよ」鈴木赤がとんでもない開き直りをした。あまりに潔すぎる。こういうやつに限って花粉症にならないのだ。

 「いつか絶対に痛い目にあってくれ」本心から願ってしまう。

 「やっぱり屋外と室内じゃ被害が変わってくるものなのか」

 「大して変わらないかな。その辺りは人によるだろうけど」

 「じゃあこの後の体育もそんなには気にならないのか」

 「これも人によるんだろうけど、動いている方が不思議とマシなんだ」外で動いた方が大量の花粉を吸いこみそうなものなのに、意外にも外で動いている時は殆ど花粉が気にならない。

 「息がしづらくなるみたいなことはないのか」

 「なんでだか動いている内は平気なんだよね。でも立ち止まるとまた始まるんだ」

 「マグロみたく動き続けていれば良いんじゃないのか。いっそのこと全部体育の授業になったら良いのにな」全か無かの回答をよこしてきた。嫌味なのか本心なのかわからないのが鈴木赤の怖いところだ。

 「それは安直すぎるだろ」ひとまず平凡なツッコミを入れてみる。

 「これを機に体育大学を目指すのも悪くないんじゃないのか」

 「花粉症に人生を決められてたまるか」

 「花粉症から始まる出会いなんていうのも悪くないんじゃないのか」

 「そんなのあるわけないだろう」

 「花粉症患者にしかわからないシンパシーみたいなもので通じ合っちゃったりして」

 「そんな出会いは誰も求めていない」

 「食パンを口にした女の子と出合い頭にぶつかることと比べたら全然ありそうだけどね」突然まともな推論を始めだす。確かにファンタジーの世界よりかはよっぽど現実的な発想ではある。病院の待合室なのか、同じクラスなのか、はたまた全く関係のないシチュエーションかまではわからないが、花粉症の症状が似たもの同士で話題が生まれたりしてそこから深い付き合いに変貌を遂げたカップルがいても何もおかしいことはない。

 「比較対象はおかしいけど、全くないなんていうこともないだろうな。ただそこで生まれてくる子供がかわいそうだ」

 「隔世遺伝の節もあるから確実にその子供に花粉症が発症するとは限らないぞ」

 「さっきはあれだけ花粉症が気持ち悪いだのなんだの言ってた癖に今はヤケに好意的な受け止め方をしているじゃないか」

 「それはそれ、これはこれだ。花粉は何も悪くない」

 「悪いことだらけだっつーの」鈴木赤はたまに恋愛脳が全開になる瞬間がある。普段は恋愛のレの字すら口にしないのに、こういう時だけはやたらと饒舌になる。一体彼女の頭にはどんなお花畑が広がっているのだろうか。

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