第13話「おみそれ」

 「私にとっては相当深刻な問題だけどな」鈴木赤が辛そうに口にする。

 「そういう楽しみがなくなるのは確かに良いことではないけどさ、他になんかこう、もっとないのか」

 「食や娯楽に勝る楽しみは今のところないからな」鈴木赤ははっきりと言い切る。

 「そういうことじゃなくて、思いがけず悪口を聞いちゃう的なそういうのはないのかなって」恐る恐る確認してみる。

 「人は思ったよりも悪口を言う生き物じゃない。漫画やドラマの見過ぎだよ」

 鈴木赤の神髄を見た気がした。どうしたら心を覗くことができる人間からこのような言葉が出てくるのだろうか。悪口センサーが上手く働かない程まで麻痺してしまったのか、はたまた元々悪口に対する感度が低いのかはわからない。もしかすると鈴木赤の言葉通り人間は他人のことを否定的に取らないようにできているという線もありうる。

 「お笑い研究部の人たちから何か思われてるんじゃないのか。例えば顔を出さないことについてどうのこうのって」

 「そもそも顔を出してないからやつらが何を考えているのかなんて知る由もないよ」

 悟られないように速やかに思考する。彼女は自らの敵になりうる人物を適格に察知して回避してきたのではないだろうか。そうなると家族との関りだけが引っかかる。

 「ご家族はあかちゃんの特殊能力について知っているのか」

 「察しが良い娘だとは思われているだろうけど、本当に考えが読めているとまでは思ってもいないだろうね」

 「いつからそんな能力が備わったんだ」素朴な疑問をぶつけてみる。

 「気が付いたときには読めるようになってたよ。本当に小さい時からの習性だからきっと生まれつきだろうね」

 「小さい子ってそういうの親に話しちゃったりするもんでしょう」

 「話すことなくここまで来ちゃったんだよ。最初はみんなこんなもんだと思ってたんだ。人と考えを共有できる生き物だと思ってた。だけど段々と自分の能力に気付くようになってきてね。その頃には親に話さない方が良いって思えるようになってたよ。だって自分の子に考えを読まれてるだなんて気持ち悪いじゃん。そんな考えは全部後天的なものだけどね」

 「人によってはそう考えるかもな。それにしても随分できた子供時代を送ってたんだな」

 「親の教育だろうな。それにあの人たちは読める心が全部ストレートなんだ。口に出すことと頭の中で考えていることの差が殆どないんだ。そりゃ、時には気を遣ってくれることもあるけどね、全部優しさから来る嘘なわけだし、そんなのは考えと言葉に食い違いがあっても気付けるよ」少し間を置いて続ける。「根本的に嘘をつくのが下手なんだろうな。父親も母親も。そういうのに救われてきた部分はあると思うよ」

 「赤ちゃんって人生一体何回目なんだ」思わず感心してしまう。普段おとぼけの会話しかしていなかった友人がこんなにも思慮深い面があるだなんて想像だにしていなかった。

 「初体験に決まってるだろうが」

 「おみそれました」

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