第10話「社訓」
「ネタ帳、見るか」
「そんなものあるのか」
「お笑い研究部だからな。日々研鑽を積んで当然だろう」
鈴木赤が珍しくお笑い研究部としての活動内容を披露しようとしている。てっきり活動しているというのは口先だけで、典型的な幽霊部員としてその辺を漂っているのかと思いきや、形だけとは言えお笑い研究部っぽいことをしているということに少なからず好感を持った。
「是非とも見てみたい」
「あゆにしては珍しい反応だ」鈴木赤は提案した癖になぜかたじろいだ。
「なんだ、実は見られたくなかったのか」
「あゆが食いついたから驚いただけだよ。いつもなら冷たく“見ない”とだけ言って会話が途切れていたからな」
「思春期の娘みたいな扱いをするなよ」
「まるでわが娘のようだ」
「こんな親は絶対に嫌だ」
「そんな親の綴る成長記録を見たくはないのか」
「何の成長記録だ」
「私の成長記録だ」
「いや、お前のかい」
「日々浮かんでくるアイデアこそが私の成長の証でもあるのだ」鈴木赤はそう告げると鞄の底の方から1冊のノートを取り出した。
「ひとまず読んでみな。最近の私の全てがわかるから」
鈴木赤からA4の黒塗りされているノートを受け取る。
「これ自分で塗ったのか」
「それっぽいだろう」
「まるでこのノートに人の名前を書くとその人物がどうにかなってしまいそうだ な」
「所々に人名が書いてあるけど気にしないでくれ」
「絶対何かしらを意識しているだろ。高校生にもなってそんな恥ずかしい真似をするなよ」
「高校生だからこそできるんだ。大人がこんなことをしていたらそれこそ居たたまれないだろう」
「赤ちゃんって時折開き直りをもっともらしく言うよな」
「開き直ってなどいない。全て本心だ」
「私まですがすがしい気分になるよ」
そう言って1ページ目を開くと整った文字でひと昔前のブログのように改行が乱発されているポエムらしきものが目に飛び込んできた。
「なんだこの怪文章は」
「これはわが社訓だ」
「会社じゃないだろう」
「それが会社なんだ。将来私が作る会社はこのページに書いている言葉をモットーに業務に取り組んでもらう」
「それにこのカタカナばかりでそれ風にしている題名はどういうつもりなんだ」
「これこそが私の追求している標語だ。世界中で私の事業を展開していきたいと考えている。その為にまずは世界中にネットワークを張らなければならない。だからこそ“ツナガル”という文字を入れてみたんだ」
「カタカナである意味がわからないし、これだけ空白が目立つのも珍しすぎるだろう」
「要するに言葉の枠組みを超えていこうという意味なんだ。カタカナだと一瞬何のことかわからないだろう。そんな一瞬の間すらも言語を超えたもので埋めるんだ。そして空白すらも言葉を超越する」
「言っている範疇が広すぎてもはや意味が分からなすぎる」
「お笑いで世界をツナギたいんだ」
「そのツナグっていうのはやめい」
「オサレだろう」
「絶対間違ってるし、一周半回ってダサいぞ」
「芸人もするし、芸人をとりまとめもする。そんな仕事をしてみたいんだ」
「自分のマネジメントをしてもらいつつ、ついでにその人脈を利用して他の芸人もまとめて面倒を見てやろうっていうやつか」
「売れた芸人の取る手法だな。あれのまんま素人がトップに立つやつをやりたいんだ」
「芸歴のない人間にそんな大役が務まるのか」思わず素朴な疑問を口にする。
「私には脚本がある。その脚本をわが社に所属する芸人に渡してやろうと思っているんだ」
「みんな自分の持ちネタをやりたいだろう。人に書いてもらったものをあたかも自分で考えたかのような感じで披露するのは芸人の在り方として間違っていると思う」
「むしろつまらないネタを披露する芸人たちを駆逐したいんだ。ネタはプロのライターが書くべきだし、マスコミ対応も研修を通じてしっかり乗り切ってもらいたい。あわよくばうちの芸人はコンプラが守れているという風潮すら出来上がってほしい」
こうして鈴木赤の設立する予定の会社の話を小一時間程、聞かされたのであった。
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