第8話「妥協案」

それはそれでひとつの才能なのではないか。ふとそんなことを考える。


アンパンマンにはアンパンマンの様式美がある。だからこそ固定のファンがいる。それに子供はみんなアンパンマンが大好きだ。話がわかりやすく、平和に終わる。かと言ってただ平和なだけの話なんじゃなくて、アンパンマンを含む登場人物全員が一旦窮地に陥る。唯一高笑いをしているのがバイキンマンチームになるわけだが彼らは最後に泣くはめになる。しかも基本的には自業自得と来ている。そこには良いことをすれば救われるし、悪いことをすれば成敗されるという教訓がある。


こんな王道を無意識で書くことができるのであれば、それはむしろ誇りに思うべきではないのか。鈴木赤に秘められた才能は字や絵のトレースだけではなく、ストーリーのトレースもその内のひとつだ。組み合わせ次第ではいくらでも輝くことができるのではないだろうか。


人の才能をまるで自分のもののように感じ始めていると鈴木赤が唐突に口を開いた。

「今のあゆは悪い顔をしている。何を企んでいるんだい」

「胡散臭そうなものを見る目で私を見るんじゃない」心のどこかで私と鈴木赤がコンビを組む線もアリだと思い始めている。むしろ鈴木赤の才能に縋りつくだけの価値があるのではないかという淡い下心が芽生え始めている。

「そんんんんなわけないじゃないか」

「何誤字ってんだよ。GReeeeNみたいなってて怪しすぎるぞ」鈴木赤がすかさず突っ込む。

「怪しくなんてないい」

「今度はSHINeeみたいになってる」

「どうしてそんなところばっか突っ込むんだよ。これから先誤字りにくくなるだろう」

「良いじゃないか、誤字がなくなった方が」

「本当に誤字った時のダメージが大きくなるし、そもそもお前だって毎回誤字に突っ込みを入れないといけなくなる」

「私自身はノーダメージだ。信用を失うのはまた別の誰かであって、私は特段困ることにはならない」

「それもそうか。ともかくだ」ひとつ間を置いて続ける。「垢ちゃんとコンビを組むのもありかなってちょっとだけ思ってる」

「大事なところで誤字るな。まるで私が風呂に入っていないみたいな変換ミスをするな」

「紅ちゃんと見たことのない景色を見るのも面白そうだと思ったんだ」

「エックスマークでも作りそうだな。もしくは年末の歌合戦の女性陣営か」

「もちろん私には下心なんかない」

「仮にあゆに下心があったとしても、私とコンビを組んでくれるのならそれはそれで嬉しい」鈴木赤は心から嬉しそうな顔をするので下心しかないこちらが恥ずかしくなる。

「それでもやっぱりダメなものはダメだ」断固として拒否をする

「今回はうまくいきそうだったにな。三顧の礼どころか百顧の礼くらいしなきゃダメそうだね」

「百度参りをされても千度参りをされてもどうしてもお笑いコンビだけは組みたくない」

「それじゃあさ、お笑いじゃなきゃ良いのかな」

「人前で笑われるのが嫌なだけだからな」

「だったら専属の脚本家になってよ。それだったらあゆは人前に立つ必要がないでしょ」鈴木赤が建設的な妥協案を掲示してきた。彼女がゴリ押し以外の方法を取るのは珍しい。

「そういうことなら考えないでもない」鈴木赤の珍しい妥協に思わずノリそうになってしまう。

「だったら決まりだね。今日からあゆは私専属の脚本家で、お笑い研究部にも所属するっていうことだね」

「待て。誰もお笑い研究部に入るとは言ってないぞ」よく考えてみると鈴木赤が脚本家にならなければ意味がなく、私が何かを書くということには現時点で何の価値もないのであった。


こうしてまた今日も鈴木赤のポジティブさに振り回されるのであった。


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