第7話「アンパンマンになる」
「それでどうだ」
「何の話だ」
鈴木赤は1日2回、朝と晩に同じ提案をしてくる。その度にとぼけるのも段々と面倒になってきた。
「コンビの話しかないだろう」
「そんなことも言ってたな」
お決まりの流れをお決まりの返しで受け流す。鈴木赤は私をお笑い研究部に入部させようとしている。
「私たちならきっと良いところまで行ける」
「青春のこじらせすぎじゃないか」
「夢くらい見てもいいじゃないか」
「私はお笑いをするつもりなんてない」
「私はあゆ以外とお笑いをするつもりはない」
毎度、この話題を振ってくる。お笑い研究部に所属する鈴木赤はほとんど部活に顔を出していない。それというのも全て部外者である私とコンビを組んでいてそのネタを考えるのに必死だということで通しているためだ。鈴木赤としては私とコンビを組んでいるという嘘を事実にしたいという本心があるが、それが嘘をつきたくないという見栄のためなのか、はたまた本当に私とコンビを組みたくて、これまでの嘘はその外堀を埋めるためだったのかは、彼女にしかわからない。
「人前で面白いことをするんだろう。私にはそんな才能はなければ適正もない。人を笑わせようなんていう気はさらさらない」
「あゆの面白いところ、見てみたいな。みんなも言ってるよ」
「みんなって誰だ」
「私たちが所属するお笑い研究部のみんなだよ」
「私は断じて所属していない」
「そうだっけか。ここに入部希望の紙があるんだけどな」
そう言うと鈴木赤はポケットから1枚の紙きれを取り出す。折りたたんで収納していた上に結構長い間入れていたようで、小さく折りたたまれている時点ですでにしわくちゃになっている様がわかる。鈴木赤がそのしわだらけの紙を開いてみるとより汚らしい感じになる。母親に見つからないように隠している悲惨な点数のついた小テストのようだが、鈴木赤の表情は想像される内容に反して明るい。
「一応聞くけど何が書いてあるんだ」
「入部希望。森歩。この度は千葉県立成船高等学校のお笑い研究部への入部を希望したく、当書類を提出する」鈴木赤はなぜか誇らしげに口にする。
「一度も入部するなんて言ったことはないし、ましてや思ったことすらない。お笑いをするために人前に立とうだなんてよほどの自信家しかいないだろう」
「私はあゆと一緒だからこそ自信がわいてくる。ずっと私のそばにいてくれないか」
「真顔で三木道三みたいなことを言うな。というかその紙、見せてみろ。勝手に人の名前を使って書類を作るのは違法だぞ」
そう言って鈴木赤の手元から入部届と思わしき紙をひったくる。
「私の筆跡だ」
愕然とする。書いた覚えのない文字列ではあるが、それが全て私の文字で書かれていた。
「ジョバンニが一晩でやりました」
「古すぎて誰もわからないよ。それにしてもどうやってこんなことを」
「私にはジョバンニと同じ能力がある」鈴木赤がニヒルな笑いを浮かべながら口にする。
「筆跡を真似られるというのか」
「小学生の時にめちゃくちゃ練習したんだ。字がへたくそでね。だからうまい人の字を真似ていたらついでにどんな字でも特徴を掴んで描けるようになった」
「確か、絵もうまかったよな。それと同じ原理か」
「絵もへたくそだったから必死に真似をしていたらどんな人の絵柄も描けるようになった。だからどんな同人誌でもいけるぞ」
「同人とは言わず、プロの漫画家になれるんじゃないか」
「私には漫画家になる上で決定的に不足しているものがあるんだ」鈴木赤は残念そうに口にする。
「そんなに絵が上手ければなんとでもなるんじゃないのか」
「私にはストーリーを作る能力と独創性がない。だから漫画家にはなれないし、ましてやイラストレーターにもなれない」
「その辺りは書いてみなけりゃわからないんじゃないのか」
「もちろん書いたさ。それでも何度書いても絵柄は誰か風になるし、ストーリーも必ずアンパンマンみたいな感じになる」
「それはまたある意味で独走的だな」
「必ず悪い奴が現れて、最後はおなじみの正義の味方がやっつけるっていう話になるんだ。試しに海賊や忍者や幽霊的な戦士の話をごちゃまぜにしたやつを描いてみようとしたんだが、最終的にはアンパンマンみたいなオチになって終わるんだ。ラスボスがハーヒフーヘホーなんて言ってたら話にならないだろう」
「そうならないような工夫を重ねればアンパンマンから離れられるんじゃないのか」
「甘すぎるぞ。アンパンマンは奥が深くて一筋縄ではいかないんだ。内容をどんどんアンパンマンから離していっても結局またアンパンマンに戻っていく」
「まるで手塚ゾーンだな」
「またマニアックなネタを持ち出す」
「手塚先輩はマニアックではない。みんなの旦那だ」
「やめろその言い回し。普通に引く」
「ともかく、私にはアンパンマンしか書くことができない」鈴木赤は無念を込めた風に口にした。
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