第5話「やつらはすげぇよ」

 「部活動の出張バージョンをお送りしているから集まりを免除されてますってやつなのか」呆れを交えて口にする。

 「中々の名案だと思わないか」

 「それで許してくれてるのは単にお笑い研究部の皆さんの懐が広いからだろうな」

 鈴木赤が部活動に参加していないことについて批判されている印象は一切受けない。バレー部やバスケ部のように大所帯でどの学年のどのクラスにも複数の部員がいるような部活ならまだしも、部員数の少ないお笑い研究部の内部でどれだけのヘイトが溜まろうとも、それが外に漏れ聞こえることはない。

 それでも鈴木赤に対してその不満がぶつけられていれば少なからず私にもその余波は伝わってくるはずだ。しかし鈴木赤の返事は私の想像とは大きく異なるものであった。

 「来ないことについてはめちゃくちゃ言われるぞ」

 「じゃあまずいじゃん」

 「それでもやつらには私を拘束する権利はない」鈴木赤はもっともらしく口にする。

 「そりゃ確かにそうだよ。人間を拘束する権利はどこの誰も持たないからな。時間は自由に使うべきだ」

 鈴木赤の意見に賛同する。たかだか学生の部活動ごときに個人のプライベートを制約する力などない。本人にやる気があるのであれば話は別だが、そうではない限りは個人の権利を尊重するべきなのである。

 「そもそもあゆにだけはそんなこと言われたくないね」鈴木赤が突然切り出す。

 「まぁそうなるわな。私こそ部活に行ってなければ、赤ちゃんみたいに部活っぽい活動もしてないからね」開き直ってみて鈴木赤の反応を伺ってみる。

 「しかしマニアックすぎないか、あゆの部活って」鈴木赤の興味の矛先が目まぐるしく変わるのはいつものことだ。

 「マニアックだからこそサボっても許されると思ったんだ。スポーツ系はしごきがきつそうだし、マネージャーになってやるつもりはさらさらないし、演劇やダンスだってなんだかんだで毎日の練習に顔を出さないといけないし」

 「スポーツは除くとしても、他にいくらでも選択肢があっただろう。私からしたらなぜそこを選んだんだって感じだよ。漫画研究部とか、パソコン研究部とか、アニメ研究部とか、軍隊研究部とか、鉄道研究部とか、動物研究部とかさ、いくらでもあるじゃんか」

 「研究部限定かよ。しかもどんどんマニア度が増しているし」

 「これが実際に全部うちの高校にあるっていうから驚きだよな。しかもどの部活動にも最低5人はメンバーがいるんだぜ。ひと学年に2人くらいはそういうオタクがいるっていう計算になる」

 「オタクって言うな。かわいそうだろ。趣味は人それぞれが自由に持っていいものなんだ」

 「誰も悪口なんて言ってないし、むしろあゆの方が厳しいこと言ってるからな」

 「しまった、乗せられた」

 「誰も乗せてねぇよ」

 「私はできれば部活動なんて入りたくなくて、それでもこの高校の義務だからなるべく活動がおとなしそうなところにしようと思ったんだ。そうしたら今の部活が見つかったんだ。しかも部員がちょうど4人っていうところもミソだった。仮に新入生の誰かがメンバーにならないと廃部が決まるところだったらしい」

 「抜けられちゃうと困るから図々しくしていても問題がないってところか」

 「だからこそお笑い研究部の勧誘に対してうちの連中はびくついているんだよ。あまり厳しく言うと私に抜けられちゃうってね。まさかそこに赤ちゃんの法螺話がかかわってくるとは夢にも思わなかったけど」

 「あゆの動向にはうちの部員のみんなが注目しているんだ。お笑い研究部としては楽しい部員が増えると共に、あゆが正式にメンバーとして加わってくれればコンビと思われている私の活動も本格的になるだろうって。でも残念なことにあゆの部活の部員からしたらあゆの残留は絶対なんだよな」

 「でも進級すると、後輩ができない限りはまたしても部活動の存続が怪しくなるんだよね。だから私の存在も重要だけど、何よりも新入生が入部してくれる方のウエイトが高いんじゃないかな。もし今の部活が解散したらお笑い研究部に入ってみようかな」

 「じゃあむしろ私があゆの部に入ってみようかな」

 「それじゃあ部員問題は解消されるな。これはありがたい。私の防護壁がなくなるところだったよ」

 「お笑い研究部はなぜだか部員がそれなりにいるから私が1人抜けたところで痛いところなんてどこにもないし、あゆの部活を救えるのは何より嬉しい。それがたとえどんな形であれど」

 「しかも活動は気が向いたときで良いんだろう。それだったらもっと早くからあゆと同じ部活を選んでおくべきだったよ」

 「今でこそ殆ど参加していなそうだけど、元々はお笑い研究部には参加してたんでしょ。そんな簡単に鞍替えして良いのか」

 「全員つまらないんだ。面白いことをしようとしているお笑いオタクっていうだけでオリジナリティがないし、ただウェイウェイ騒いでいるだけで良いと考えている節もある。お笑いを舐めたやつらの集まりなんだ。だからこそ私は面白いあゆを選んだわけだし、部活にも顔を出してないってわけだ」

 「なんでかはわからないけどうちのお笑い研究部ってつまらないよね」私を選んでくれたという部分についてはスルーする。こっぱずかしい。

 「面白いことをしていると信じている内は何をしてもつまらないものだよ。やつらは一度挫折を味わうべきだ」こういう時の鈴木赤は至ってまじめだ。お笑いのことを語るときだけはマジな顔になる。

 「公演とかはしないのか」素朴な疑問を口にする。お笑い研究部が生徒の前で日頃の成果を披露する場を見たことがない。

 「大昔は定期公演を開いたりして、人前で芸をするっていうのもやってたみたいだけど、ここ数年はさっぱりみたい。みんな人前で何かするのが怖いんだよ。だけど理論だけが立派だからむかつくんだよね。その点、赤ちゃんの部活は人前で披露することがない反面、きちっと部活動に取り組んでるっていう感じがする」

 「まじめにやるようなことでもないと思うんだけどな。それでもやつらは真剣に取り組んでいる。あれは一種の狂気だよ。私みたいに人数合わせのためだけにいるっていうのが全然いないんだ。部活の存続で必死だから部活動に参加しなくても文句を言われないだろうと上から目線をするような立場にいるやつはいないんだ、私以外は」

 「一種、尊敬の念を覚えるよ」

 「私だって同じくだ。やつらはすごい。なりたいと思ったことは一度もないけどな」








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