第4話「早く言えよ」
「あゆってさ、急に女を持ち出すよね」ある日の放課後、隣で自転車を押す鈴木赤が話題を変えてきた。
「赤ちゃんこそ急だぞ。いつ私がセクシーPRをしたんだ。もしやあふれんばかりのフェロモンが垂れ流しになってるのかな」
「いや、あゆにはそんなフェロモンはないし、そもそも私にはあゆと違ってそんな趣味はないよ」
「私にもそんな趣味はないからね」私は言い切る。
「この前好きだって言ってくれたあれは嘘だったのね」鈴木赤が突然しおらしい芝居を始める。
「嘘じゃない。赤ちゃんのことはちゃんと好きだ」
「また言葉だけ。一度も抱きしめてくれたことなんてないじゃない」そういう顔が既ににやけている。
「抱きしめてないだけまだ良心的なもんよ。そういう赤ちゃんこそ随所で女を出すじゃんか」
「私は女だもん」鈴木赤は開き直ったかのように宣言する。
「まるで私が女じゃないみたいな言い方をするなよ」
「ってかそんなに女を出してたっけ」
「だって女子大を避けたい理由が男女の入り混じったキャンパスライフが目的だからだろう。大学に行く目的が不純すぎるぞ」鈴木赤はその不純すぎる動機をさらっと言ってのけたことがある。恐らくこれは冗談ではなく、彼女なりの純粋さの表れだ。
「そんなもんで良いんだよ。大学生なんていうのは遊んでなんぼだ。人生は短い。ビバライフ。ビバホームだ」鈴木赤はなぜか誇らしげに口する。
「マイナーなホームセンターを出すな」
「ビバシマチュウか、ビバコメリか、ビバD2か、ビバホンダか」
「どれもマイナーだよ」
「じゃあ全国区のホームセンターってどこだよ」
「答えに窮するな。強いて言うならドン・キホーテとかじゃないか」
「ドンキはDQNの巣窟であってホームセンターではない。むしろホーム感は一切ない」断じて言い切る。
「アットホームなんて言うのもあったな」
「あれは不動産会社だ。にこるんとウォーリーのやつだろう」
「さまぁ~ずじゃなかったけか」
「情報が古すぎるぞ」
「じゃあ相武紗季か」
「もっと古い。ってかこの情報はファンか当人の親類にしか伝わらないぞ。もっとメジャーどころを出していこうぜ」
「じゃあ麒麟のやつか」
「それはホームレス中学生だ。ホームしか掛かってないし、あっちは宿無しだ」
「片桐はいりか」
「ホームベースみたいな輪郭なだけだ。というか失礼すぎるぞ」
「今のはちょっと言い過ぎたかもしれないな。しかるべきところからしかるべき処置を受けるかもしれない」
「ただの高校生のジャレあいを誰が批判するんだ」
「この作品の読者だよ」
「読者、いったい何の話をしているんだ」
「私はメタに生きているからな」
「それは1話目の設定な。もしかしてことあるごとにその“私は知っているぞ感”を出すつもりなのか」
「なんのことやらさっぱりだ。ところであゆは部活に行かなくて良いのか」
「週1でオッケーってことになってるからね。気が向いたらふらっと顔を出す程度で良いんだよ」
「ああいうのって毎日コツコツ描き続けるのが大事じゃないのか」
「別に私はその道のプロになるつもりはないから適当で良いんだよ。誰かが見ていてくれるわけでも、期待してくれているわけでもないんだしね」
「まぁそうなるよな。好きで入った部活というよりも、強制的に入部させられているだけだからな」
「そういう赤ちゃんは部活の方、どうなのさ。私以上に行っている気配がないけれど」
「私は良いんだよ。今こうしているのが活動の一環みたいなものだしな」
「どういうことだ。お笑い研究部じゃなかったっけ」
「私とあゆはコンビということになっている」
「私はそんな部活に入った覚えはないぞ」驚きのあまり冗談か本音かなのすらわからないが、恐らくこれはマジ話だ。
「コンビは誰と組んでも良い。何も部室で屯ったりネタ見せをする義務もない。ただ外で打合せをしてくると言って適当に帰ってるだけだ」
「ずりぃ」
だから私は周囲からお笑いが好きなのだと思い込まれていたし、ちょくちょくお笑い研究部への移籍話を持ち掛けられていたのだ。てっきり”鈴木赤と仲が良いからそのままのノリではいっちゃえ”的な感じなのかと思いきや、実は本気の勧誘であったのだ。全く気が付かなかった。
「というかさ」立ち止まって口にする。「そういう大事なことはもっと早く言えよ」
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