第3話「期間限定なら仕方がない」

 「人にばっか聞いてくるけどあゆには何か夢や目標はないのか」鈴木赤が痛いところを突いてくる。

 「まだ1年だからね。正直、何のビジョンもない」

 「でもこの高校に進学した時点で何となくの進路くらいは決めてたんじゃないのか」

 「勉強が軌道に載れば千葉大に行きたいけど、ぱっとしなかったらその辺の私大に入るつもりだよ。と言ってもこの辺にはまともな私大がないからさ。東京で探すことになるのかな」我ながら夢のないことを口にした。

 「言うてもあゆは成績上位じゃん。努力次第では千葉大どころか東京の国立でも十分に狙えるんじゃないの」

 「範囲の決められた中間試験や期末試験の成績はそこそこ良いよ。でも3年間全部ってなるとお手上げだよ。ここにだって奇跡的に入れた口で、本当はもう少し偏差値の低いところに行くつもりだったんだよ」

 「その奇跡のおかげで私たちは出会えたってことなんだな。奇跡に感謝だ」鈴木赤が寒いことを口にしたが敢えて受け流してみる。

 「でもここを受けたっていうことは心のどこかに受かるだけの自信があったんでしょ」

 「模試の成績がね」打ち明け話をするかのように口にする。「終盤で一気に伸びたんだ」

 「ほうほう」鈴木赤の反応もどこか内緒話を聞くかのようなものになっている。鈴木赤はこういう謎の空気を作り出すのが本当に上手だ。このノリは嫌いじゃない。内緒話でもなければ何か重大なことを打ち明けるような大イベントというわけでもないことをわかって乗ってくれている。

 「テストの成績が良かった半面、入試向けの範囲の広いテストはからっきしだったんだ。それでもこれまでパッとしなかった点数が本番間近になって突然跳ね上がった。これまで通り同じ姿勢で勉強に取り組んできたし、理解度だのなんだのが深まったとかそういうのじゃなくて、唐突に点数だけが等身大の私をぐっと追い超すような感じだったな」我ながらうまい例えを言った。

 「じゃあこの高校も身の丈以上だっていうことか」鈴木赤が核心を突くことを言ってくる。

 「そういうことだな。だけどそんな次元の高い高校でも中間や期末はそれなりの点数を取れている。広範囲を覚えてくのは難しいけど、つい先日習ったばかりのことだったらそう簡単には忘れないよ」

 「そういう意味では十分に授業にはついていけているわけだ」

 「問題は2年後の大学入試の時だよな。3年分の知識をフル活用したって活用できるだけの積み重ねがなさそうだ。下手をしたら3年次だけの1年間分の試験を受けてもあまり良い結果にはなりそうもない」

 「そうなると例えば浪人をしたとしても進学先のランクを上げることはできないわけだ」

 「時間をかければかける程、泥沼にはまっていく気がするよ。せっかくなら詰め込みでも良いから短期決戦にしてみたいよ」

 「じゃあ全科目を短期間で浚ってみたら良いんじゃないかな。例えば普通は3年かかるところを3ヶ月くらいで勝負をかけたら好きなところに合格できるんじゃない」

 「この高校にはそのプランで合格したようなものなんだ」私にとっての本題へと入っていく。

 「中学3年間の知識を3ヶ月でマスターしたっていうことなのか」鈴木赤は驚いた表情をして見せる

 取り組んでみたもののやっていくそばから忘れちゃってもう最悪だった」本当に最悪だった。やれどもやれども何も身についていない感じが余計に虚しさを煽った。受験勉強を始めた時期は暑い時期だったのに、そのままの頭脳ではっきりと寒い時期に突入しちゃったものだから、まるでツーシーズン何もやっていないかのような虚無感に襲われたりもした。

 「でもなんだかよくわからない内に突然成績が上がり出したんだろう。3ヶ月でマスターするということと矛盾しないか」

 「試験本番が2月下旬、つまりちょうど今頃ということだな。だから年末辺りから短期決戦をするつもりでバリバリ勉強を始めたんだ。これまでももちろんバリバリやってきたけれど、それは全部残り半年を闘い抜くという前提で進めていたんだ。そこを年末になってから残りワンシーズンを乗り切ろうと意識し始めた途端に点数が上がり始めたんだよ」

 「期間限定になった瞬間に学習能力が向上したってことなのか」

 「女はな」今日イチのまじめな顔をして発言する。「期間限定に弱いんだ」


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