第2話「Wikipedia はやめておけ」
「何をするにしても努力は欠かせないよ。粘り強く継続してこそ何かを得られるんじゃないか。でも赤ちゃんはどの大学にいくつもりなんだ」
「東京の国立大学に行きたいと思っている」
「東大じゃん」
「東大じゃないんだな、これが」
鈴木赤は得意げに口するがあえて突っ込まないが、その代わりにいくつか知っている大学の名前を出して反応を見てみることにする。
「確かに東京には国立大学が色々あるらしいな。一橋しかり東工大しかり」
「なんで一橋大学は一橋で、東京工業大学は東工大なんだ。一橋は大学じゃないのか」
「“大”まで読むとリズムが狂うんだよ。ひとつばしのリズムがちょうど良いんだ」詳しい理由は知らないので、適当な理由で返してみた。
「東京芸術大学は芸大だし、東京農工大学は農大だ。みんな“大”が付く」
「芸じゃなくて藝な」
「どうやったらそんな間違いに気が付けるんだ」
「顔に書いてある」
「藝の字が顔に書いてあるってどういう状況なんだ。じゃあお茶女はどうだ」
「確かに。大学なのに大が付かない」
「法政はどうだ。慶応はどうだ。なんなら早稲田だってどうだ」
「あの辺りは法大、慶大、早大って略すこともあるだろう。しかも私大じゃないか。私大は大学には含まれない」
「学歴コンプじゃねぇか」
「そういうわけで私は一橋大学を目指してみる」
「でも赤ちゃんは理系志望じゃなかったけ」
「頭の良いやつは理系に進むからな。背伸びをしたくなっただけだ。一橋にだって理系の学部くらいあるだろう」
「あそこは元々社会科学系専門ということで成立しているし、今だって理系の学部は作られていない」鈴木赤は何も知らずにただ知名度と国立であるというだけで進学先を決めようとしていた。
「“大”の付かない大学に行きたかった」
「進路選択が適当すぎないか。じゃああれはどうだ、電通」
「高卒じゃ電通には行けないよ」
「電通大っていうのがあるんだよ」
「でも大が付くじゃん」
「大を付けなければ良い。“希望の進学先は電通です“。良い響きじゃないか。しかも国立大学と来ているし、そもそも理系の大学だ」
「お高く留まっている感じがして嫌だな」
「私大を差別するやつが良く言うよ」
「私には一橋しか残されていないのか」
「大学なんて腐るほどあるでしょうよ。何も一橋にこだわる必要はないし、そもそもこの千葉にだって大学はあるよ」
「チバケンニハチバダイシカアリマセン」
「なぜ急にカタカナ」
「どうしてカタカナだってわかる」
「顔に書いてあるからな」
「私の顔は吹き出しなのか」
「話は戻るけど、お茶女じゃダメなのか。あそこは略した時に“大”が付かない。」
「女性だけだからな」
「お前も女だろ」
「そこはほら、男もいないとさ」
「下心丸出しか」
「キャンパスライフを送りたいんだよ、私は」
「不純すぎるぞ、大学へのイメージが。プロになるための段階のひとつとして大学に行くんだろ」
「プロにもなりたいし、キャンパスライフだって充実させたいんだよ。それにしてもどうしてそうやってみんな進学したがるんだろうな」
「進学した方が進路は広まる」
進学することで何かが身につくのかと問われればはなはだ疑問が残るものの、実際には学歴を身に付けることで基本給や昇進頻度が大幅に向上する。若いうちから勤め始めて少しでも職業に対する理解を深めた方が良いとは思うが、世間の流れはそんな考えとは逆行している。
「まるで専門学校だよな」鈴木赤は的を射たことを口にした。
「大学とは言っても元々の発祥が専門学校である場合が殆どだからね。専門的な物事を教えるためだけの場所が気付いたらただの就職予備校になっていたわけだ。西欧の真似事をして大学なんぞを作ったは良いものの、良い企業に入るための手段に成り下がったんだ。純粋な学問をできる場所は一部の理系の大学と大学院に絞られてしまったからね」
「大学に行くっていうのもそれはそれでもったいない気もするよな。私はキャンパスライフを送ってみたいから大学への進学は是非ものではあるけどな。でも純粋に考えた時にプロとしてのキャリアを作るにはどの道を進むべきなんだろうな」
「キャンパスライフへの憧憬が高まりすぎてないか。大体そういうやつが大学デビューに失敗しがちで、キャンパスライフを灰色に染めがちなんだよ」
「私は私色のキャンパスライフを送ってやるからな」
「知らんがな。それにしてもだ。あっさり聞き流したけどそのプロっていうのは何なんだ」
「プロはプロだよ。“プロフェッショナル は、短縮形で「pro プロ」とも言うが、次のような意味があり、 まずは形容詞的用法が根底にあり、 「professionに関連する」あるいは「professionに属する」という意味である。“ってやつだ」
「Wikipedia臭しかしないぞ」
「関連項目
・アマチュア
・職業倫理
・職業的な境界線」
「Wikipedia はやめい。コピペ認定されて消されるぞ」
「誰から消されるんだ」
「運営は皆様の寄付によって成り立っています。ご理解・ご協力賜りますようよろしくお願い申し上げます」
「だからWikipediaはやめい」
ふざけている様に見えながらも、真剣に進路のことで悩む彼女を笑えない私がいた。
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