第260話 退寮と焼肉

 世間はクリスマスイブで盛り上がっている中、春近は寮の荷物を纏め段ボール箱に詰めている。

 パソコンは厳重に梱包材を巻いて、栞子から返してもらったエッチな本はさり気なく。

 今日は荷物を宅配便で送り退寮し、正式に学園を出て行くのだ。

 そして、都心へ出て陰陽庁からのお礼である『ちょっとお高い焼肉』を食べ、夜に出発する島へ向かうフェリーに乗船する予定になっていた。



「おにい、こっちは終わったよ」

「あ、ああ、ありがとう。後は大丈夫だから」


 妹の夏海が荷物の梱包を手伝ってくれているのは有り難い。ただ、エッチな本やゲームなど妹にバレると恥ずかしい物が多いので、春近は少しヒヤヒヤしながら荷物を纏めていた。


 ふと夏海がマグカップを手に取った。


「このマグカップは?」

「それはオレがやるから」


 春近が大事そうに梱包材を巻いているのを見て、夏海が興味深そうに覗いてくる。


「これは大事なのだからあげないよ」

「別に欲しいとか言ってないじゃん。誰かのプレゼント?」

「ルリが初めてオレにくれたプレゼントなんだから」

「ふふっ、おにいってば、本当にルリ先輩のことが好きなんだね」


 夏海は、半分お祝いするような半分嫉妬するような、自分でもよく分からない複雑な表情になった。


「あーあっ、私もカレシ作ろうかな?」

「そうしろそうしろ」


 夏海はちょっとブラコンだからな――

 彼氏を作ればオレに絡むのも少なくなるかもしれない。

 こんな感じに……


 春近は夏海の彼氏を想像する。


『ちぃーっす! お兄さんっすか! 夏海ちゃんとはエッチしまくってまーっす!』


「やっぱり許さぁぁぁぁぁーん!!」

「うわぁぁぁっ!」


 夏海が男とやりまくってるのを想像したら、娘を溺愛する父親みたいな気持ちになってしまった。

 何だかんだ喧嘩をしても、大事な妹を遊び人みたいな男に渡すわけにはいかない。


「びっくりさせないでよ! もう、おにいったらシスコンなんだから。ほんとキモい」


 おにい――

 私が他の男と付き合うのイヤなんだ……

 まったく、しょうがないおにいだなぁ……


 夏海のブラコンも大概なものだ。



 荷物を寮の玄関に積み、後は業者が取りに来るだけだ。

 全ての退寮手続きが終わり、春近は寮を見上げる。


「本当に色々なことがあったな……。今となっては全てが懐かしい……」


 一言つぶやいてから前を向く。


「じゃあ、夏海、行くから」

「おにい……」

「体に気を付けろよ」

「うん……」

「お、男はオオカミだからな。変な男に騙されないようにしろよ」

「はあ?」

「あとあと、ナンパされても付いて行っちゃダメだからな。変なオジサンがお菓子くれるって言っても……」

「ウザっ! もう、そんなの分かってるって! もうっ!」


 相変わらず心配性で、ちょっとウザくなってしまう春近だった。


「フェリーターミナルには見送りに行くから。お父さんとお母さんも行くって言ってたよ」

「うっ、そうなんだ……変なことしないように気を付けないと」

「ふふっ、おにって、ほんとアホなんだから…………うっ、ううっ……」


 夏海の目から涙が零れる。


「まだ、フェリーターミナルで会うだろ」

「うるさい! おにい、早く行っちゃえ!」

「じゃあ、行ってくるよ」




 春近は寮を後にした。

 学園の正門にはルリたちが待っている。

 正門を出て振り返り、皆で思い出の詰まった校舎を見つめた。


「もう、本当にさよならだ。ありがとう、陰陽学園――――」


 人生は、出会いと別れの繰り返しだと、誰かが言っていた。

 新しい季節に出会い親しくなった友人も、いつか離れ離れになり忘れ去ってしまうのだろうか……?

 そして、ふとした時に思い出して、『あいつ、今どうしてるかな?』なんて思い出すだけの、過去の記憶になってしまうのだろうか……?

 少し淋しい気もする……


 この世の中に確かなものなどあるのだろうか……

 それでも信じたい……

 真実や永遠の愛と呼ばれるようなものを……

 例え広い銀河の中で星屑を探すようなものだとしても……

 この、彼女たちとの絆を……


 ――――――――




 電車に乗り都心へと向かっている春近たちだが、相変わらず凄い注目を集めてしまう。

 いきなり超絶美少女たちが乗り込んで来ては仕方がないところなのだが。


 ルリ一人だけでも周囲の男を魅了してやまないのに、個性的で可愛い美少女が十二人も揃っていては、人々の視線を独占してしまう事必至だ。

 クリスマスイブの煌びやかなイルミネーションの中から現れた天使の軍勢か、はたまた魔界から現れた魅惑的な悪魔の軍勢か?

 いずれにしても、乗客の男性はもとより、女性まで茫然とさせてしまう程だった。


 今、春近は、凄い視線の集中に耐えていた。


「くうっ、やっぱり鬼神王デモンベリアルの仮面を着けるべきだったか」


 春近が再びデモンベリアルになろうとしている。

 先日の授与式で懲りたはずなのだが。


「それはやめろよ! 余計に目立つだろ!」

 咲にツッコまれる。


「いや、咲……注目集めてるのは、咲がオレの膝の上に乗ってるのもあるんだけど……」

「そ、それはいいんだよ! 他に座る場所がねーんだから」


 隙あらばイチャイチャしようとする咲だ。

 電車に乗り、春近に席を勧めて強引に座らせたら、即座に上に乗ってきて真っ赤な顔をしてとぼけているのだ。


「う、羨ましい……いつも、いつも、ハルちゃんとイチャイチャしおってからに」


 和沙がいつものように羨ましがっている。

 もう、咲と和沙は、イチャイチャバカップルを競い合うライバル関係だ。


「ちょっとそこを替わってくれ!」

「イヤだって!」


 グリグリグリグリ!

 二人が言い合いする度に、咲が春近の上でグリグリと揺すられる。

 春近は止め処もないグリグリ攻撃で危険な状態になっていた。


「咲、グリグリしないで!」



 電車は都心に到着し、出迎えの賀茂と合流し焼き肉屋へと向かう。


「あ、危なかった……もう少しで電車の中で爆発させるところだったぜ……」

「ハルのエッチ! 凄いコトになってたぞ」

「咲がやったんでしょ! てか、最後の方はわざとやってたよね?」

「えへへっ、バレたか」


 最初こそ偶然だったのだが、途中からは咲がノリノリになって腰を振っていた。

 周囲の乗客からは、『あれ、入ってるんじゃね?』などと噂されてしまい、もう恥ずかしさで逃げ出したい気分だったのだ。


「あなたたち、相変わらずふしだらなコトばかりしてるのね……」


 賀茂が少し睨んでいる。

 しばらく婚約者と会っておらず欲求不満が溜まっているところに、若い子のイチャイチャを見せつけられたのだから仕方がない。



「そういえば、栞子さんの姿がまた見えないんだよな……」


 春近が言うように、終業式の後から栞子を見ていない。

 今回の緑ヶ島行きフェリーの乗船メンバーに栞子が入っていないことからも、今何をしているのか謎は深まるばかりなのだ。


「栞子さんも行くって言ってたけど、どうやって行くつもりなんだろ?」

「まあ、栞子のことだから、また突拍子もないことをやるんだろ」

「うーん、確かに……何か凄い登場の仕方をしそうな気がする……」

 春近も咲も、栞子が後で登場するのだと意見が一致した。



 賀茂に先導され一同は高級そうな焼き肉屋に入って行く。

 入り口を入ると高級和牛の認証マークがあったりと、いかにもお高そうな雰囲気だ。


 部屋も個室になっていて、焼肉用の炭火バーナー付きテーブルが三卓並んでいる。

 ルリは部屋に入るや否や、春近を捕まえて自分の隣に座らせて席を確保してしまった。


「ああああーっ! ハル君がぁぁぁ~」

「ちょっと! 春近を独り占めなんてさせないわよ!」


 当然ながら、天音や渚から文句が出る。

 誰もが春近と肉を焼き焼きしようと楽しみにしていたのだ。


「あの、ちゃんと全部の席を回るから、一旦座りましょう」


「約束よ! ちゃんと、あたしの隣に来るのよ!」

「はいはい、渚様のところにも行きますから」


「お姉さん、ハル君と焼肉行くのを楽しみにしてたんだよぉ~」

「天音さんのところにも行くから」


 全ての彼女へ平等に接しなければならない。

 それが、ハーレム王の務めなのだ。


 春近の座った座席の右側にピッタリと抱きついたルリが、左側に電車の中のグリグリで少し蕩けた顔の咲が座った。

 前には和沙と遥と賀茂が。

 隣のテーブルに渚と天音とあいと忍が、その隣にアリスと杏子と黒百合と一二三が座る。


「ハル、A5ランクだって!」

「おおっ、A5ランクだなんて何か凄い!」


 ルリと春近が、詳しく知らないがA5ランクというお高そうなネーミングでテンションが上がってしまう。


「ハル、なんかアタシ……体が熱くなってきちゃったみたい……」


 咲が春近の肩に顔を乗せてうっとりしている。


「くっそぉぉぉーっ! 羨ま――」

「くっそおおおぉぉぉぉぉーっ! 羨ましい!」

「ええええっ!」


 和沙の声に被せて賀茂が大声を上げた。

 これには春近も度肝を抜かれる。


「ちょっと、賀茂さん。ビックリさせないでよ」


 焼肉をするだけのはずが、隣からは渚や天音の殺気が、前からは賀茂のピリピリとした空気が漂ってくる。

 ただの焼肉だと思っていたのに、やっぱりエチエチな感じになってしまうメンバー。

 そして、暴走の気配がある賀茂明美。


 今、ちょっとお高い焼肉を食べながら、乙女の戦いが始まろうとしていた。

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