第261話 夢と希望とゲロインと

 最高級和牛のヒレ肉から、更に希少なシャトーブリアンと呼ばれる部位を厚切りした焼肉が、春近たちの前にズラリと並んでいる。

 牛一頭から約3%しか取れない最高級肉は、脂肪が少ないのにも関わらず肉質は柔らかく肉汁豊かな極上の味なのだ。

 庶民である春近には食べたこともなく、実際に見るのは初めてだった。



「うぐっ、ごくっ、ごくっ、ぷはぁぁぁーっ! もうっ、まったくキミたちときたらぁ~人の気も知らないで……ひっく……」


 賀茂がビールジョッキ片手に、酔いながらくだを巻いている。


「ちょっと、誰だよ、賀茂さんに飲ませたの? この人、引率で来てるんじゃないの?」


 春近と咲がイチャつき始めた時、突然大声を上げたと思ったら、すでにジョッキを飲み干して二杯目に突入しているのだ。

 この後、フェリーターミナルまで引率して、乗船手続きなど仕事が残っているのに、ここで酒に酔って潰れてしまっては困る。


「あははーっ、私は止めたんだけどな……。何か強引に注文しちゃって……」


 賀茂の隣の遥が答える。


「あのねぇ、土御門君……お、大人には、ひっく……飲みたい気分な時もあるのよ……。もうっ! こっちは孝弘さんに会えなくて欲求不満が溜まっているのにぃ~ういっ、目の前で若い子がイチャコライチャコラざれだらぁ~我慢でぎなぐなっじゃうでじょぉぉぉ~」


 酔いが回るのが早いのか酒に弱いのか、賀茂はすでに泥酔しているように見える。


「あの、賀茂さん、この後フェリーに乗れば、明日には孝弘さんに会えますから。もう少しだけ頑張りましょうよ」

「もぉむりぃぃぃ~うぃぃ~」


 春近が慰めようとするが、聞いているのかいないのか酒を飲み続けている。


「うっわ、めんどくさ! 賀茂さんって、普段は理知的で頭が良さそうなのに、酔うとこんな風になっちゃうのかよ……」


 くだを巻く賀茂をスルーしたい春近だ。

 ルリは早く焼肉を食べたくてウズウズしていた。


「ハルぅ~早くお肉食べようよ~」

「そ、そうだね、賀茂さんはそっとしておいて、オレたちは焼肉を食べようか」


 取り敢えず面倒くさい賀茂は放っておいて、お高い焼肉を食べることにした。



 赤みが多いながらも鮮やかなサシの入ったシャトーブリアンを炭火のグリルに乗せると、何とも言えない芳醇で濃厚な匂いが漂ってきて食欲を誘う。

 焼いているそばから肉汁が溢れ出し、三大欲求である食欲を極限まで刺激する。


「うぅぅぅーっ、ぱくっ!」

「ルリ、それ、まだ焼けてないよ」

「お、おいしぃぃぃー!」


 ルリが、まだ赤い肉を口に入れる。

 美味しそうな匂いに我慢の限界なのだ。


「こういう高級肉は中がレアなくらいが良いんじゃね? 知らんけど」


 座った時から春近にベッタリくっついている咲が答える。


「そういえば、そんな話を聞いた気もする……というか、この肉って、オレが普段食べている安い牛丼の何倍くらいの値段なんだろ?」

「何倍じゃなく、何十倍です」


 春近の呟きに、向こうの席のアリスから返答がきた。


「た、高い……で、でも、皆は隕石を防ぐのに頑張ったんだから、これくらいの贅沢は良いよな……」


「ハル、あーん」


 ルリが口を開けて、あーんで食べさせて欲しいとおねだりしている。

 魅惑的で煽情的でスタイル抜群のルリが、あーんと口を開けておねだりする姿はギャップがあって可愛い。


「はい、あーん……ルリさんや、たーんとお食べ」

「あーん……んっ、しゅごい美味しぃ~」


 これには反対側の咲も黙っていない。


「お、おい、アタシにもあーんで食べさせろよ」


 咲も口を開ける。

 真っ赤な顔で恥ずかしさを我慢しながら口を開ける先の『あーん』は破壊力抜群だ。


「はい、あーん」

「あーん……うん、美味しい」


 唐突に始まるイチャイチャで、隣のテーブルから凄まじい殺気と、正面からピリピリした空気が漂って来る。


「んんっ、おかえし~」


 咲が肉を口にくわえたまま顔を突き出す。

 これは、多分そういうことだ。

 口移しで食べさせようとしているのだ。


「なななななっ! それって、最早ラブコメ界では伝説となっている口移しでは?」


 若干キス顔になりながら肉をくわえた顔を突き出す咲が、可愛さ倍増で迫って来る。

 周囲の彼女たちから殺気が強まった気もするが、ここまでしている咲に恥をかかせるわけにはいかないと、春近も覚悟を決めてキスのように顔を近づけた。


「むちゅ、ううっん、咲ぃ……」

「あんっ、うああっん、ハルぅぅぅ~好きぃ~♡」


 肉を受け取ったまま、勢いあまって濃厚なキスに突入してしまう。

 電車の中から昂ってしまっていた咲にブレーキはかからないのだ。


「ほらぁ、お返ししろよぉ」


 咲がお返しの口移しを要求する。

 春近は、肉を一枚くわえると、再びキス顔になっている咲の口に移した。

 


「あああああっ! あたしの春近がぁ!」

「ハルくぅ~ん! ヒドイよぉ~」


 隣から渚と天音の叫び声が聞こえてくる。

 ついでに賀茂の酔いも激しくなった。


「んもぉぉぉぉぉ~っ! これだから全く、最近の若い子はぁぁ~!」

「賀茂さん、飲みすぎですよ」

「あああっ、何で私たちが賀茂さんの相手をしなくちゃならないんだ!」


 酔いつぶれてくだを巻く賀茂を、遥と和沙が世話をしてうんざりしていた。




 暫くして春近は次のテーブルに移されたのだが、超強力なエッチ女子が並び立つような席に、戦々恐々として借りてきた猫のようになっていた。

 渚と天音の間に挟まれて、正面にあいと忍が目をキラキラと輝かせている。


「えっと……肉を食べましょうよ、肉を……」


 大人しく肉を食おうとする春近だが、肉食系女子たちは許してくれない。


「春近、やっと来たわね! もう逃がさないわよ!」

「ハル君! あんなイヤラシイのを私に見せつけて、ほんっとイジワルなハル君だねっ!」

「はるっち、うちにも構ってくれないとお仕置きしちゃうしー」

「は、春近くん……私もイチャイチャしたいです!」


「な、何か、この席怖いですよー!」


 春近の両側を渚と天音にガッチリ固められ逃げられない上に、正面からテーブルの下を通って、あいの脚が春近の膝の上に乗っている。

 このままメッチャ攻められる、いつものパターンだ。


「ふふっ、春近ったら、ビクビクしちゃって可愛いわね♡」

「ハル君、良いよっ、その表情、すっごいそそる♡」


 ダブル女王様に両側から攻められ、春近はゾクゾクしっぱなしだ。

 渚が至近距離から春近を見つめながら、チロチロと首筋や耳を舌で舐め回す。

 反対側から天音が指先で春近のカラダをタッチし、徐々に感度を高めて行く。


「ああーっ、ズルい! うちも!」

 グリグリグリグリ!


 あいちゃんスペシャルの足踏み攻撃が炸裂した。


「春近くん、私も、お仕置きしちゃいますね」


 更にもう一本、忍のちょっと大きな足がふみふみ攻撃する。


「ちょ待てやぁぁぁぁぁ! これダメなやつぅぅぅ!」

 四人の肉食系エッチ女子に攻められまくり陥落寸前だ。



「いい加減にするです! 個室とはいえ、お高い店で何をやってるですか! お店の迷惑も考えるです!」


 春近が限界突破で爆発する前に、アリスの説教が炸裂した。

 確かに、お店の中で破廉恥行為は迷惑千万なのだ。


「うっ、わ、分かってるわよ」

「ううっ、ハル君のことになると、ついやり過ぎちゃう……」

「はるっち、ごめんね~」

「また暴走しちゃった……ごめんなさい」


 小っちゃなアリスに正論を言われて、名立たる勇猛果敢なエッチ女子たちがシュンとしてしまう。



「助かったよ、ありがとうアリス」


 春近が三卓目のテーブルに移動する。

 一番安全そうな席で、春近の表情が緩んだ。

 右隣に杏子、正面に黒百合と一二三、そして何故か膝の上にアリスが乗った。


「さあ、焼肉を食べるです」

「ちょっと待てやぁぁぁーっ!」


 素知らぬ顔をして春近とイチャイチャしようと企むアリスに、若干春近の声真似をした天音がツッコみを入れた。

 こうして、人には注意しておきながら、自分はちゃっかり春近とイチャつこうとするアリスの計画は潰えてしまった。


「仕方ないです、静かに肉を食うです……」


 アリスは春近の膝から降りた。




 高級な焼肉も十分に堪能して、締めのスイーツを食べていると、ふいに杏子が夢を語りだした。


「実は……島に行ったら本格的に漫画を描いてみようと思っているんです」

「良いね! 杏子は絵も凄く上手いし、夏のイベントでも杏子の同人誌は好評だったから。杏子ならきっと夢が叶うよ!」

「春近君、何だか春近君にそう言われると、自分にもできそうな気がしてきました」


 杏子は嬉しそうな笑顔になって春近を見つめる。

 あいも夢を語り出した。


「うちもパティシエールになってケーキ屋さんとか喫茶店をやってみたいんよ」

「あいちゃん料理得意だからね。こう見えて」

「はるっち~こう見えてって、どう見えてるの~?」

「ほ、誉め言葉だよ。ギャルっぽくて可愛いなって」


 忍も同じように続いた。


「良いですね。わ、私もやってみたいです」


 お互いに料理好きで自分の店を持ちたいと思っていたようだ。


「忍っちも一緒にやろうよ~」

「はい、やってみたいです」


「あいちゃんと忍さんは料理も得意だし、きっと美味しくて評判のお店になりそうだよね」


 そうだ――

 島が快適な場所にするだけでなく、彼女たちの夢が叶うような居場所にもしたいな。

 オレも陰ながら応援して行きたい。

 その辺も含めて新しい楽園計画を作って、本当の楽園のような島になるように。

 皆の特技が活かせて輝けるような――――




 皆が店を出る頃には、賀茂が泥酔してしまい千鳥足になってしまった。

 春近が肩を貸して何とか歩いている状況だ。


「賀茂さん、フェリー乗り場に行きますよ。もう、しっかりして下さいよ」

「うへへ~っ、あれー、土御門君が二人いる~」

「いや、もう面倒くさい人だな」

「もうっ、ほんっとキミ可愛いんだから! むちゅ、むちゅーっ!」

「ちょ、やめろーっ!」


 賀茂がキスをしようとして酒臭く絡んで来てウザい事この上ない。


「ううううっ、何だか……ぎもじわるい…………」

「ちょっと待て、何処かトイレにでも」

「ぐっ……ゲロゲロゲロゲェェェェェーッ!」

「うっわ、もう最悪だぁぁぁ!」


 アニメのゲロインは可愛いのに、現実リアルのゲロインは最悪だと思った春近だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る