第258話 本当の楽園

 総理官邸でやらかしてしまった春近だが、島流しの炎上事件以来ずっと考えていることがあった。

 それは、遠い昔からおぼろげながら頭の中で思い描いていた幻想。




「おにい! どういうコトなの! 私、聞いてないんだけど!」


 夏海が凄い剣幕で怒鳴り込んで来ている。

 春近たちの転校の話やネットの噂や授賞式でのゴタゴタで、遂に妹がブチギレてしまったのだ。

 兄が遠い島に行ってしまうと聞いて、黙っていられず文句を言いに来ていた。


「どういうコトと言われても、そういうコトなんだけど……」

「ぜんぜっん分かんない! 何で話してくれなかったの!」

「だって、色々と有り過ぎて何から話せば良いのやら……それに信じてくれるかとうかも……『おにいおにいになった』のは言ったような……?」

「そんなの、おにいが好きなアニメの設定だと思うでしょ!」

「た、確かに……」


 普段からネタっぽい話ばかりしている春近なので誤解されてもしょうがないだろう。


「それに、あの授賞式の変な人っておにいでしょ! やめてよね。おにいが変なことすると、私が恥をかくんだから!」

「うううっ、何も言い返せない……」


 見かねた咲がフォローしようとする。


「まあまあ、夏海ちゃんも、お兄ちゃんが遠くに行っちゃうのが淋しいだと思うけど、無料パスも配布されるからいつでも戻ってこれるからさ……」

「ち、ち、ち、違います! 淋しくなんかありません! 咲先輩は誤解してます!」


 咲の言葉に、夏海が必死になって否定する。

 慌てぶりが余計に怪しい。

 そもそも、夏海がブラコンなのは、先日のゴタゴタで彼女たちにバレているのだ。



「と、とにかく、おにいはちゃんとしてよね! せっかく……隕石から東京を救った時はカッコよかったのに……何で、あんなバカなコトするかな……」

「うっ……ご、ごめん……」


 ちょうどそこに渚がやってきた。


「あら、夏海ちゃんじゃない。どうかしたの?」

「ななななな、渚先輩!」


 予期せぬ女王の登場に、誰が見ても分かるほど夏海が怯えている。

 膝がガクブルと小刻みに震え、さっきまでの威勢が無くなってしまう。


「そんなに怯えなくても大丈夫よ。春近の妹に何かしたりしないから。どうしたの? あたしに言ってごらんなさい」


 余りにも怯えている夏海に少し傷付いた渚が、優しく肩を抱き語りかけた。


「渚先輩……」


 夏海は渚の瞳に釘付けになってしまう。


 綺麗――

 凄く怖いのに、綺麗な瞳……

 というか、近くで見ると美しすぎて目が離せなくなっちゃう……

 髪の一本一本から指の先まで、全部が綺麗で吸い込まれそう……

 ルリ先輩も綺麗だけど、渚先輩もすっごく綺麗……


 至近距離から渚に見つめられ、その信じられないような美しさと魔眼のような瞳により、夏海の心が鷲掴みにされ隷属しそうになる。

 何しろ、存在自体が奇跡のような美しさの渚なのだ。


 強烈な威圧感から恐ろしさがまさってしまいがちだが、一度見つめられれば誰もが鬼神天使渚の魅力にメロメロになり、女王親衛隊の仲間入りしてしまうのだ。

 こんな強烈な魅力に抵抗できるのは、何故か耐性のある春近くらいだろう。


 夏海が堕ちかかったところで、渚が離れて春近の方に行ってしまう。

 少し残念そうな表情になった夏海が、兄の島への移住について話し出した。


「実は――――」



 夏海の話を聞いていた渚は、春近の首に回した腕に力を入れて目を鋭くする。


「春近、そういう重要なことは、ちゃんと言葉で伝えないとダメでしょ!」

「で、ですよね……分かってはいたのですが、鬼の話とか言い出し難くて……」

「まあ、気持ちは分かるわね。でも、大事な人にはちゃんと伝えるべきでしょ」

「はい……」


 春近は夏海に語り掛ける。


「夏海、ごめんな。こんな直前になっちゃって。オレは鬼の力を得て特殊な能力を使えるようになったんだ。それで、陰陽庁関連で緑ヶ島という南の島に行くことになって。離島といっても、いつでも戻って来れるし、盆正月とかは帰省するからさ」


「ぐすっ……鬼でも何でも、おにいはおにいだもん……私のおにいだもん……」


「夏海!」

 ギュッ!


 春近が、夏海を抱きしめる。

 そんなの恥ずかしくて幼い時以来だ。


「夏海、オレのことをそんな風に思っていてくれて嬉しよ」

「当たり前でしょ」

「やっぱり、好き好き大好きお兄ちゃんだったんだな」

「は?」


 夏海が春近から離れた。


「はぁぁ? キモっ! この変態シスコン! やっぱサイッテ―」

「いや、夏海もブラコンだから……」

「うっわ、一緒にしないでよね!」


 妹の『キモっ!』発言に春近がダメージを受けた。


「ルリぃぃぃ~! 妹がキツいよぉ~」

 春近がルリの巨乳に抱きつく。


「よしよし、ハル、夏海ちゃんと仲直りできてよかったね」

「これ、仲直りなのか?」


 兄がルリの胸にくっつくのに、夏海は不満な様子だ。


「またルリ先輩の胸に……まったく!」


 そんな夏海に渚が優しい。


「夏海ちゃん、春近には、あたしがキツく言っておくから安心して」

「は、はい、渚先輩」


 最後は天使っぽい渚に優しく諭されて夏海は帰って行った。

 最初はガタガタ震えていたのに、最後は渚の美しさにうっとりと夢心地になってしまう。

 これが鬼神天使マジックだ。



「なにジロジロ見てんのよ?」

 渚が、春近の視線に気付いた。


「いや、最初は怖がってた夏海が、渚様にも懐いたみたいで良かったと思って」

「仲良くなれたのなら嬉しいけど……あたしって、自分から話し掛けると変な感じになっちゃうのよね。何でかしら?」


 実際に渚は、少しは他の女子ともコミュニケーションをとろうと、その妖しい魅力で女王親衛隊を増やす結果になってしまうのだ。


自動攻撃フルオートで百合展開を広めてしまう渚様……恐ろしい女だ」


 良かった――

 ルリも渚様も、この世の者とは思えない程の美しさや漏れ出る呪力や威圧感により、最初は怖いイメージを持たれるけど、何度も話してみると良い子なのが気付くはずなんだ。

 夏海にも皆の事を解って欲しいから。


 ――――――――






 春近は皆を集め色々と考えていることを打ち明けた。


「あの、今回の島流しの噂で緑ヶ島のイメージが悪くなってしまい、島民の方にも申し訳ない気がするんだよね。それで、せっかく島に行くのなら、島が本当の楽園になるような何かをやりたいなって思って。例えば、今回の隕石落下阻止の功績で政府や陰陽庁に働きかけて、島をより住みやすくて美しい自然に憧れる人が訪れやすい場所にするとか」


「何それ、面白そう!」

「良いじゃない。春近にしては、たまには良い事言うわね」

「アタシらが揃えば何でも出来そうだしな」


 皆も乗り気になっている。


「それで、陰陽庁の楽園計画もぐだぐだになちゃって、今では名目上やるだけで本来の目的も無くなっただろ。もう、行かされるんじゃなく自ら行って楽しい場所にしようと思う。疲れた心が癒されるような自由で時間がゆっくり流れるような、忙しい毎日に追われ忘れていた大事なものを取り戻せるような場所に」


 ルリが手を上げた。


「はいっ! ハル、私は美味しいものをいっぱい食べたい!」

「ルリの言う通り、それも重要だよな。賀茂さんの婚約者の店が美味しかったけど、他にも店が欲しいな。あと寮の近くにコンビニも」


 ふふっ、ルリは可愛いな――

 ルリが喜んでくれるのなら、もっと何かしてあげたいと思ってしまう。


 渚も語り出した。


「あたしは春近がいれば他に何も要らないけど」

「渚様って、キラキラした見た目なのに無欲ですよね?」


 渚がギラギラした目で春近を見つめる。


「そんなことないわよ。春近だけは24時間求め続けるから。あっちに行ったら容赦しないから覚悟しなさいよね! もう誰も止められないわよ! 起きている時も寝ている時も、ずっとあたしの側に居て愛し続けること!」


「お、重い……怖過ぎだよ!」


 渚様――

 さっきは良い子とか思ったけど、やっぱり怖いじゃないか。

 まあ、そんなところも渚様の魅力だけど。


「アタシは、ハルと行くデートスポットが色々欲しいかな」


 咲が話し始めると、和沙が入ってきて咲をからかい始める。


「咲は、通行人に恥ずかしい蕩け顔を見てもらいたいから、なるべく人通りが多い場所の方が良いんじゃないのか?」


 この二人、常にライバルのように競い合っているが、似た者同士だけに気が合うのだろうか?


「こらっ、和沙! 恥ずかしいのはお互い様だろ! あ、アタシよりハズいコトやりまくってるくせに」

「なっ、そうか、そんなに言うのなら、島に行ったらどっちがより恥ずかしいか勝負だ!」

「ああ、やってやんよ! 第二回どっちがより恥ずかしいイチャイチャ行為ができるか競争だ!」


「やめてくれ……出禁が増えるから……」


 咲と和沙が盛り上がっているが、春近としてはまだ駅前商店街に行くのが恥ずかしいのだ。

 島でそんな破廉恥をしたら、一気に噂が島中に広まってしまう。



「まあ、オレとしてはネット環境が充実していてコンビニがあれば満足なんだけど。部屋でネットとゲームして、好きなアニメと漫画とラノベを観て、悠々自適なスローライフだぜっ!」


「あんた、そればっかりね」

「ハル、たまにはお外に出ないとダメだよ」


 相変わらずお部屋時間が好きな春近に、渚とルリからツッコミが入る。

 しかし、春近のようなタイプは、都会でも田舎でもお部屋でも充実した時間が過ごせるのかもしれない。



 そして、春近は思っている。

 この世界は、厳しい生存競争で少ないパイの奪い合いをしているように見える。

 終わりのないレースの中で、騙し騙され要領よく上に登った者が勝者となり、一度落ちこぼれたドロップアウト者には厳しい現実が待っている。

 誰もが慌ただしく生きる世の中で、少しくらい本当の自分でいられる安らぎの場所があっても良いのではないかと。


 そう……

 もしも、悲しみや差別や争いの無い、そんな世界が存在したのなら――――

 そんな楽園で穏やかな愛の暮らしができるのなら――――

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