第256話 復縁と別れ
春近が教室に入ると、まるで待っていたとばかりに栞子が迫ってきた。
昨日は欠席していたので、お台場で別れて以来となる。
「旦那様、おはようございます」
栞子は、何事も無かったかのように挨拶をする。
「栞子さん、大丈夫なんですか? 昨日は休んでいたけど……」
「そうなんです、聞いて下さい! 実はヘリで退避させられたら、何故か神奈川県に着陸しまして」
「あっ、そっちの基地から来てたんですかね?」
「帰ろうとして駅まで出たのですが、電車も止まっていて道も凄い渋滞でして……」
「ああ、隕石でパニックになってましたからね」
「よくよく考えましたら、わたくし、財布とスマホを忘れていまして、電車やタクシーに乗れなかったのですわ」
「えっ……」
栞子さん……相変わらずだな――
「仕方なく道を歩いていたところ、親切な男性が車に乗せてくださいまして……」
「は?」
「しかし、目的地とは全く違う山の中に車を走らせて……」
「ええっ!」
「わたくしが道が違うと申しても、どんどん人里離れた山中に入って行き……」
「…………」
「車を止めたと思ったら、その男性が突然襲い掛かって来たのです。わたくしは男性の眉間に正拳突きを入れ、必死で山の中を走って逃げて来たのですわ」
し、栞子さん――
「そんな訳で、学園まで戻るのに時間が掛かってしまいまして」
「何やってるんですか!」
「えっ……」
「何でそんな危険なことをするんですか! もし、襲われてたらどうするんです!」
「あ、あの、旦那様?」
「前に海に行った時も言いましたよね! 知らない男について行っちゃダメだって!」
「だから、わたくしは子供じゃないですわ!」
「子供じゃなくても、若い女一人じゃ危ないの!」
「うううーっ!」
二人が言い合っていると、ルリと咲がやってきた。
「ハル、何やってるの?」
「おまえら、まだケンカしてんのか?」
不満な様子の栞子が止まらない。ルリと咲に愚痴をこぼし始める。
「酒吞さん、茨木さん、聞いて下さい。旦那様が、わたくしを子供扱いするのです」
「いや、だから子ども扱いじゃなく、男はオオカミだから危ないって言ってんの!」
これには二人も『ああぁ……』といった顔になった。
「痴話喧嘩?」
「おまえら仲良いな」
「違うから!」
「違います!」
ルリと咲のツッコミに、二人同時に返す。
息もピッタリだ。
「もうっ! わたくしの勝手にさせてもらいます!」
「だから、栞子さんの勝手にさせてると、危ないことばかりしちゃうでしょ! この世間知らずで分からず屋のポンコツお嬢様は!」
「ポンコツとは何です! そ、それは、多少は要領の悪いところはありますが……だ、旦那様こそ変態の変態じゃないですか!」
「変態の反対はノーマルでしょ!」
「変態の反対じゃなく、変態の変態で二乗ですわ!」
変態なのはお互い様だった――――
今まで喧嘩をすることも無かった二人が、珍しく熱くなってしまっている。
「止めた方が良いのかな?」
「いや、お互い溜め込んだもんがありそうだから、ここは全部吐き出した方が良いんじゃね?」
ルリと咲は静観を決めた。
「とにかく、わたくしの自由にさせてもらいます! 旦那様には関係の無いことですので!」
「関係なくなんかない! 栞子さんは美人で可愛くてスタイルが良くて、男が放っておかないんだよ! すぐに悪い虫が集まってきちゃうんだよ!」
「え、ええっ!」
「本当に栞子さんは世間知らずだし自分の事も分かってないんだから。自分がどんだけ美人かとか、男からどう見られているかとか知らないんでしょ! その車の男も明らかに下心見え見えじゃないか! もしかしたら本当に襲われちゃったかもしれなかったのに!」
「は、はあ……」
熱く語り始めた春近が止まらない。
「栞子さんは可愛いから、そこらの男が常に付け狙っているんです!」
「あ、ありがとうございます……」
「もう! 心配で心配でしょうがないから、栞子さんはオレから離れないようにして下さい!」
「えっ?」
「んっ?」
あ、あれ?
オレは何を言っているんだ?
何か、とんでもないことを言ってしまったような……?
「ん、んんっ、分かりました。わたくし、一生旦那様の側から離れませんわぁぁぁ!!」
栞子は完全に勝ち誇ったかのような顔で言い放つ!
今にも『勝訴』の紙を懐から出しそうな勢いだ。
「ち、違う……今のは……ふ、不当判決だ!」
「異議は認めませんわ! 裁判はわたくしの完全勝利! 旦那様は一生わたくしに寄り添い、毎晩夜伽を義務化され、子供は三人ですわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわぁぁぁ! ハメられたぁぁぁ!」
誰もハメてはいないのだが、何やら途中から裁判になり栞子の完全勝利となったようだ。
もはや誰も栞子を止める者など存在しない。
「何だ、より戻したのか……」
咲が、何だこの茶番はみたいな顔をして呟く。
パチパチパチパチパチパチ――――
「「おめでとう!」」
「「お幸せに!」」
成り行きを見守っていたクラスメイトから拍手が鳴り響く。
訳が分からないが、痴話喧嘩していたカップルが復縁したのなら目出度いのだろう。
「さ、咲……どうしよう?」
「知らねえよ! 勝手にしろ!」
「あの……ルリ……?」
「ハルのスケコマシ」
二人共ジト目になっている。
目の前で他の子へのプロポーズを見せられたみたいで納得できない。
「これで心置きなく緑ヶ島に行けますわね。後は、熱く淫らな初夜を…… チラッ、チラッ!」
「ううっ、うううっ……何故こうなった……」
でも、これで良かったのだろうか……?
夢の中で見た力の根源の言葉で、他の人と契っても力は暴走しないってのは、やっぱり栞子さんの事だよな……
あの声を本当に信じて良いのか分からないけど……
でも、これだけは感じている。
オレの中の十二の根源が強く結びつき、完全に鬼神王として安定しているのか。
根拠は無いけど、もう根源が暴走したり人にうつしたりするこいとは無い気がする。
どうしても気がかりだった栞子さんのことが、これで解決なんだろうか?
いや、まだ色々と問題が残っている気がするけど――
「栞子さん! それよりパンツ返してよ。困ってるんだから」
「そうですわね。もう、おかずにして使い切ってしまったのでお返しします。次は旦那様に直接して頂きますので」
「ううっ、どんどん追い詰められて行く。もう、詰んでいるのだろうか……てか、おかずって何なの! 変態すぎるわ!」
こうして春近と栞子は仲直りして復縁した。
ついでにパンツも返してもらったが、女性用のフィット感と滑らかな履き心地に慣れてきたところで、少しだけ名残惜しい気もする春近だった。
担任教師が教室に入ると、
春近と事前に打ち合わせしてあるのだが、遂に緑ヶ島に移住の話をするのだ。
「ええ、急ではありますが、二学期終了と共に土御門君、茨木さん、鞍馬さん、酒吞さん、鈴鹿さんの五名が転校となります」
教師の話で教室内にどよめき立つ。
皆、信じられないといった感じに、周囲の人と話し出している。
代表して春近が起立して挨拶をした。
「あ、あの、この一年八か月、皆で色々な事をして楽しかった。オレは、あまり人と気軽に絡む性格じゃないのに、親しく接してくれてありがとう。あと、ルリたちにも偏見を持たずに受け入れてくれて感謝している。遠くに行くけど、たまにはオレたちのことも思い出してメールでもくれよな」
教師が出て行くと、教室内が騒然となる。
「お、おい、土御門、どういうことだよ?」
藤原が駆け付けてきた。
「遠くの島の分校に通う事になったんだよ。おまえには感謝してるよ。仲良くしてくれてありがとな」
「なんで……何でおまえが遠くに行かなきゃならないんだよ! おまえも、酒吞さんたちも、隕石から俺たちを救ったヒーローじゃないか! 何で……」
「前から決まっていたことなんだ……」
例の四人組女子も泣いている。
「咲ちゃーん! 行っちゃヤダぁぁ~」
「せっかく友達になれたのに!」
「もっと一緒に遊んだりしたかったぁ~」
「うわぁぁぁ~ん」
「おまえら……」
咲が四人組女子を慰める。
皆――
悲しんでくれるのか……
一年前は、オレたちとの別れを悲しんでくれる人はいないんじゃないかと思ってた……
ひっそりと誰にも知られずに、いつの間にか移住していて、あいつらいつの間にか居なくなったって言われて、その内話題にもならなくなって忘れ去られるんじゃないかって。
でも、別れを悲しんでくれる人が、こんなにも多いだなんて……
オレたちが、色々とやってきたことは無駄じゃなかったんだ……
オレたちは、確かにここに存在していたんだ……
オレたちを認めてくれる人は大勢いたんだ……
春近は、この学園での生活を思い出し目頭が熱くなる。
鬼の末裔だと忌み嫌われていたルリたちを受け入れてくれる人がいて、ルリが望んでも手に入れられなかった普通の青春っぽいことが出来たのだと。
確かに、ここに彼女たちの青春の1ページが存在したのだと。
そして、後日この話が予想外の方向へ事態を動かすことを誰も知らなかった。
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