第234話 残り少ない学園生活

 十月に入り春近たちが学園に通うのも残すところあと僅かな期間となる。

 年末には緑ヶ島に移住して、この学園の同級生とも別れる日が訪れるのだ。

 少しの寂しさと、少しの期待と、少しの不安とが入り混じった、複雑な心境となっていた。


 そして、春近は大きな決断をしようとしていた――――


 が、その前に……今年もアレがやってきた。

 色々と問題の多い文化祭である。




「ええ……今年の文化祭出し物ですが……新選組の舞台はできないことになりまして……」


 クラス委員長の杏子が、決まってもいない新選組舞台終了のお知らせをする。

 いきなり何のことだかよく分からないのだが、今年は舞台を使える時間が限られている為、演劇の出し物は各学年一クラスという次第なのだ。


 今回は既にB組が演劇の申請を出していた。

 つまり、去年から杏子がやりたくて仕方がなかった新選組は、決める前から不可能になってしまっているのだ。

 もう、杏子のテンションがた落ちである。


 何となく司会進行がおざなりになった杏子の元、いくつかの案を投票して決定した出し物とは――文化祭オヤクソクのメイド喫茶ではなく――



「何で執事喫茶なんだ……メイドさんが良かった……」


 メイド大好き春近が、メイド喫茶ではなくヘコんでいる。


「ハルってメイド好き過ぎだろ」


 すかさず咲が絡んできた。


「だって、メイドは男の憧れなんだよ。ロマンだよ!」

「お、おう、そうか……」

「可愛いメイド服でお世話されたら、一日の疲れも吹き飛んじゃうんだよ」


 春近が熱弁する。

 咲は少し考えると――――


「しゃあねえなあ……じゃあ、アタシがメイドやってやんよ。『ほらっ、おかえりなさいだぞ、御主人!』って感じに」


「何か荒っぽいメイドさんだなぁ……」


「はあ? 注文が多い御主人だなあ。『おらっ、文句ばっか言ってるとお仕置すんぞ! ほらほら、顔を踏んでやろうか御主人』これでどうだ」


 ぶっきらぼうなメイドから、ぶっきらぼうでドSなメイドにパワーアップした。

 もう、御主人様への扱いが酷そうだ。


「可愛いメイドさんが好きなのに……。でも、これはこれで良いような気がしてきた……オレはMじゃないはずなのに……」


「いや、どう見てもハルはMだろ……」


「違うって! ほらっ、オレって普通だけど、ちょっとSっていう感じかな?」


 春近が自称Sを主張し、咲は思わず吹き出した。


「ぷっ、ふふっ、あははははっ!」

「ええっ、何で笑うの……」

「いや、だって、ふふふっ、Sはねえだろ。ほら、こうしてやんよ」


 咲が上履きを脱いで、足で春近のカラダをツツツーッと滑らせる。

 春近が変なことを言うから、久しぶりにスイッチが入ってしまったようだ。


 ゾクゾクゾクゾクッ――――

「ぐっ、さ、咲……ちょっと、教室じゃマズいって……皆が……」

「ん? 何がマズいって? ほらほらっ、生意気な御主人には、お仕置きで顔を踏んじゃうぞ~」


 椅子からずり落ちそうなほど低くなった春近に対して、咲の足がどんどん上がってくる。

 足が上がったことで咲のスカートがヒラヒラと揺れ、白い下着がチラチラと見え隠れしている。


「ほらほらぁ、ハル♡ ヤベぇ……相変わらず良い表情するよな……。そんな表情で誘われると、止まらなくなっちゃうだろ。いまだにMなのを否定してんのが、余計にグッとくるし」


 もう咲の中のSな部分がビンビン刺激されて、ここが教室なのも忘れて昂ってしまっている。

 普通にしていれば可愛くて良い子なのに、春近が咲のSなスイッチを刺激しまくるので、どうにも止まらなくなってしまう変なカップルなのだ。


 そんなS系彼女に踏まれて、春近はゾクゾクとイケナイ感情が溢れてきてしまう。


 う、ううっ、咲――

 そんなにされたら……

 本当に顔に乗せて欲しく……い、いや、ダメだ!

 そんなヘンタイなことは……

 でも、ちょっと蒸れた爪先の部分なんかを顔に乗せられたら……

 ぐああっ、オレは何を!

 これ以上されたら本当にヘンタイになってしまうぅぅ!


 もう十分ヘンタイなことばかりしているのに、未だに春近はヘンタイなのを否定していた。

 そもそも、この二人は初めて会った時からこんななのだ。


 入学式前日のあの時――――

 咲は、初対面で春近の顔を踏んでしまうなどと、あり得ないような暴挙に出て逆に自爆してしまった。


 春近といえば、ちょっとギャルっぽくて小悪魔みたいな女子に絡まれて、表面上は困ったようなセリフを言いながらも、内心ドキドキが止まらなかったのだ。

 一方、咲の方はといえば、奥の方に隠れていたS心をやたらと誘ってくる男が、ルリと仲良くしているのを見て腹が立ってしまったのだ。

 適当に理由を付けて絡んでしまったのだが、後になって初対面であんな失礼で破廉恥なことをしたと自己嫌悪に陥りながらも、体の底から沸き起こるゾクゾクが止まらなかったのである。


 もう、運命のSとMとの邂逅かいこうなのだ。



「ほおらっ、もうすぐ顔に乗っちゃうよ~っ♡ あっ、そうそう、前みたいに臭いとか言ったら、もっとキツいお仕置きだからな、御主人ん~っ♡」


「うわああっ、もうダメだぁ~」


 咲の足が春近の胸の上辺りをスリスリ踏み踏みしながら、足の指をニギニギさせソックスの爪先をまるで生き物のように動かしている。

 もう完全にバカップルを通り越してスーパーバカップルだ。


「ちょっと、咲ちゃん! ハルを踏んじゃダメだよ」


 あと少しで足が顔に到達しそうな時に、突然ルリが止めに入った。


「えっ」

「ほら、皆が見てるし」


 咲が恐る恐る後ろを振り向くと――――いつもの女子四人組が……。


「あ、あの、咲ちゃん……さすがにそれは……」

「えっろ、ちょーえっろ……」

「さすがに変態すぎじゃね?」

「それな!」


「あ、あああっ……」


 ついでに藤原も見ていた。


「えっと……茨木さんって、やっぱそういう感じだったんだ……」


 菅原は混乱していた。


「ぐぬっ、ダメだ! こんな如何わしいことに心を乱しては……素数を数えろ……」


 もうクラスで目立ちまくりだ。


「くっ…………っ、うわあぁああああああっ! もうヤダぁぁぁーっ!」


 咲は、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして飛び出して行った。

 やはり、自分から攻めておいてダメージを受けてしまう運命なのだ。


 ――――――――




 放課後になり、春近たちのクラスは文化祭の準備を進める。

 メイドじゃないのであまりテンションの上がらない春近だが、藤原たちが中心となって準備を進めていた。


 そんな、いまいち乗り気じゃない春近のところに、杏子がやってきた。


「でも、春近君、メイド喫茶だと酒吞さんや茨木さんが他の男にサービスすることになりますが……それでも良いのですか?」


「ん? そういえば……」


 杏子に言われて初めて気付く。


「そうだ、メイドさん最高とか言ってたけど、ルリたちがメイドになるということは、他の男に萌え萌えな感じのサービスをするのか……」


 春近が想像する。


「えっと、それでセクハラっぽい客が来て、『おい、俺の膝にコーヒーが零れたじゃねえか。その綺麗な手で直接フキフキするんだ!』とか言い出して、『もっと、もっと上だ! ぐへへっ、ほらっ、ここを握るんだ!』って――だだ、ダメだぁああああああぁ!」


 春近は勝手に妄想してメイドさんは無しだと思った。


「春近君、そんなにメイドが好きなら、わ、私で良ければメイドになりますよ」

「えっ、杏子が……」

「そ、それで……私が粗相をしてしまったら……ご主人様のお仕置きを……」

「ごくりっ……」


 杏子って、一見地味で色気が無いように見えるけど、実は何だかよく分からない色気があるんだよな――

 でも、お仕置きされるのは得意だけど、お仕置きするのは難しいというか……

 それっぽいアニメのキャラに成りきってやってみたけど、やはりSキャラは難しい。


 春近は、先程自分で『ちょっとS』と言ったのを忘れていた。

 やはり、Sではないようだ――――



「お、おい、何だか楽しそうだな……」


 咲が割り込んでくる。

 恥ずかしくて撃沈したのからは、もう復活していた。

 春近が追いかけて、ちょっと頭なでなでしたら『えへへ~』と機嫌が直ってしまうのだから、さすがにちょろ過ぎかもしれない。


 咲は、春近に体を寄せてグリグリとしてくる。

 ちょっと照れ隠しの愛情表現だ。


 そんな可愛い仕草の咲を見た春近だが、今頃になって気づいてしまう。


 あれ? 何だか咲ってオレが杏子と喋ってると毎回寄って来る気が……?

 はっ! もしかして……嫉妬?


 今更なのだが、実際に咲は嫉妬していた。

 春近と杏子がいつも仲良くお似合いに見えてしまい、杏子には悪いと思いながらも自然に体が動いてしまうのだ。


「ふ、ふーん、執事っていっても色々あるんだ」


 咲が春近に寄りかかったまま資料を覗き込んでくる。

 もう頭の中では春近に甘えたい気持ちでいっぱいだ。


 ううっ、何か変な体勢だけど、ハルに構って欲しいし――

 さっきはやり過ぎちゃったから、抑え気味で。


 ピキィィィィーン!

 春近は気付いた。


 こ、これは……イチャイチャしたいけど、恥ずかしいから出来ないという感じ?

 よし、これは皆に見えないように期待に応えるしかない!


 少し変な方向に行ってしまう。


 春近は周囲から見えない角度で両手を咲の体に回し、杏子と執事について話し合っている風を装いながら、咲のアチコチをナデナデしてみた。

 しかし……ちょっと気分が昂って敏感になっている咲には効果抜群過ぎたようで――


「あっ、ダメっ♡ うっ♡ あんっ♡」

「杏子、つまり執事服をレンタルか自作するかというのが……」

「はいそうですね。このショップだとレンタルが……あと自作ですと……」

「んんあっ♡ そこはっ……あんっ♡ だ、ダメっ♡ みんな……にバレちゃう♡」

「じゃあ、執事服はそれでOKということで……」

「はい……春近君、それって新たなプレイですか?」


 春近はさり気なくやっているつもりだが、明らかに不自然だった。

 咲がトロ顔を晒して変な声まで出してしまっている。


「おい咲、恥ずかしいトロ顔晒してないで、コッチを手伝ってくれ」


 あんあんしている咲に、和沙が声を掛けた。


「う、う、うっせえよ! トロ顔って何だよ!」


 咲が怒って和沙を追いかける。いつもの通常運行だ。


「わぁああぁ、ハルぅ、私も執事やりたぁい」


 ルリが何故か執事に燃えている。騒ぎを他所にヤル気満々だ。


「ルリの執事姿も可愛いかもな」

「えへへぇ♡」


 春近は皆が楽しんでいるのを見て温かい気持ちになる。

 残り少ない学園生活を、良い思い出になるように願って。


「ふうっ、やはり平和が一番だぜ」


 ただ……咲は再び真っ赤な顔になって和沙と追いかけっこをしていた。

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