第233話 心の安寧
平城京
和銅三年(西暦710年)、唐の長安を手本にして造られたといわれる都である。
最近ではシルクロードの終着点とも呼ばれている。
「ふいーっ、今日は元気いっぱいだぜ!」
何やら春近の体力が有り余っているように見えるが、それはアリスが修学旅行中は各関係者に迷惑を掛けないようにと、彼女たちに注意して回った為である。前日のような春近争奪戦が起きずゆっくり休めたのだ。
もう、アリス大明神に感謝なのだ。
ただ、部屋の男子からは、『寝かせてもらえないなんて、なんて羨まけしからん!』とか『代われるものなら代わりたい!』などと、散々文句を言われてしまうのだが。
「それもこれもアリスのおかげだよ。ほーら、たかいたかい~」
目の前のアリスの両脇に手を入れてたかいたかいする。
「こら、子ども扱いするなです!」
「ええ~してないよ。可愛がってるんだよ。ほら、抱っこもしちゃうから。ぎゅ~っ」
「くっ……これは、気持ち良いから許すです♡」
春近とアリスがイチャついているのを、横でルリが唇を尖らせて不服そうな顔をしている。
「むーっ、ズルい……私たちはダメなのに、何でアリスちゃんだけOKなの?」
ルリの言いたいことは分かるが、同じ抱っこをルリにしたら一気にエッチな感じになってしまうのだから仕方がない。
「いつもルリみたいなスタイルになりたいと思ってたアタシだけど、今はアリスみたいになりたい気分だ」
咲は少し控えめな胸を押えながら、複雑な表情をしてアリスを見ている。
修学旅行も三日目となると、もうクラスもバラバラで結局皆他のクラスと混ざってしまっていた。
今は鹿が多い奈良公園を歩いている。
大仏殿が見えてくると、京都の時と同じように春近と杏子のテンションが上がる。
特に春近はアニメなどでも巨大要塞とか巨大宇宙戦艦とか巨大ロボとか超高出力陽電子砲とかのように、とにかく巨大で高出力なものが大好きなのだ。
宇宙規模の巨大ロボットでも出たもんなら、小躍りしそうなくらいに喜んでしまうくらいに。
非オタの女子などからしたら子供っぽいとか言われそうだが、特に男というものは惑星規模の宇宙要塞から超高出力要塞砲なんかが発射されたらテンション爆上がりなのである。
そんなわけで、巨大な大仏殿を前に二人は興奮していた。
「で、でけぇ……」
「ハル、今、ルリの胸を見てなかったか?」
すかさず咲にツッコまれてしまう。
確かに視線を移す時に、一瞬だけルリの胸部を通ったのだが、その一瞬を咲は見逃さなかった。
もう、プロレベルの動体視力だ。
「そ、そんな事あるわけ……ないだろ」
「ふふっ、そんなに慌てんなよ」
ポンポンと、咲は春近の肩を叩いてニヤッとする。
昔はちょっとマジで怒っていたのだが、最近は冗談で春近をからかっているのだ。
「創建当時の大仏殿は更に大きくて、しかも大仏殿の両側には推定70メートル以上もある七重の塔が建っていたそうです」
普段は静かな杏子が、急に
「
「それから平家は、まるで罰が当たったかのように不幸続きで滅亡しちゃったんだよね」
杏子と春近が源平合戦に思いを馳せる。
一時は『平家にあらずんば人にあらず』などと言っていた平家も、清盛は高熱にうなされ死去、一族は都落ちして逃げ出す事態に。
そして、一ノ谷、屋島、壇ノ浦と負け続け、遂には暗く深い海の底へ……
まだ幼い安徳天皇も平時子に抱えられ入水自殺の道連れとなった。
安徳天皇が『わたしを何処に連れて行くのか?』と尋ねると、時子は『波の下にも都がございます』と答えたという。
そして、三種の神器と一緒に――
「ねえ、何で平家は『家』なのに、源氏は『氏』なの?」
ルリが素朴な疑問を呟く。
確かに、皆普通に平家と源氏と呼ぶが、何故に家と氏なのか。
「それは――――」
「平家と呼ばれるのは平清盛一族を指す言葉で、源氏というのは日本中に散らばっている全ての一族の事なのです。ですので、平家滅亡といっても、滅んだのは朝廷の要職を独占し絶大な権力を持っていた平清盛の一族だけで、全国に広がっていた平氏は全く滅んでいないのですわ」
「はるほど」
「分かりやすい」
栞子の説明でルリと咲が納得している。
ちょうど発言がかぶって喋れなかった杏子がいじけてしまう。
「元気出せ……オレが聞くから」
「ううっ、春近君……」
ヘコんだ杏子だが、春近に励まされ回復した。
「ああっ、あの穴にくぐりたい」
ルリが大仏殿柱の穴くぐりを見つける。
穴をくぐると無病息災と呼ばれている有名な穴だ。
ポンっ!
「ルリ、穴は小さいのだから、文化財を壊したら不味いから止めとこうね」
春近が、ルリの肩を叩き、ルリじゃ穴を抜けられないよという趣旨の発言をする。
「ハルぅ~! それって、私じゃおデブだから無理って言いたいのぉ~」
「ちょっと、ルリ、苦しいって」
ギュゥゥゥゥー!
春近の目測でルリだと巨乳や尻がつかえて抜けるのは無理だろうと判定したが、おデブ判定されたと誤解したルリに絞められてしまう。
若干、ただ抱きついているだけにも見えるが。
そもそも、鬼門除けの穴に鬼が通ってしまって良いのかという疑問も残る。
周辺を一通り観光して、ルリたちは茶屋で抹茶スイーツを食べている。
春近は、大仏を建てた当時の人々と、現代に生きる人々との想いを重ね合わせていた。
当時の日本は
現代のように科学が進んではいなかった当時は、仏の力で疫病や天変地異を防ごうと考えたのだ。
何千年経とうが、人は昔と同じように病気や天災や争いによって傷つき、時に明日を生きる希望さえ見失ってしまう。
緑ヶ島が、ルリたち皆の本当の楽園になるのなら……
全ての人を救おうなんておこがましい事は無理だけど、せめて手の届く範囲の大切な人たちだけでも幸せにしたい。
皆が、いつも笑顔でいられるように――――
こうして、修学旅行の日程も全て終わり、春近たちは帰りの電車に揺られている。
杏子は、旅行中ずっとテンション高めだったので、疲れて眠ってしまった。
隣に座るルリが、そっと手を握ってきた。
「ルリ」
「えへへっ」
ギュッと握り返す。
「修学旅行楽しかったね」
「うん」
「私、修学旅行って初めてだから」
「ルリ……」
強い呪力を持って生まれたせいで、普通の青春が送れなかったんだよな。
でも、この前ルリは言ってくれた。
毎日が楽しいって……
オレと出会えて良かったって……
嬉しい。
オレもルリと出会えて良かった。
ルリが少し潤んだ熱い瞳で見つめている。
こ、これは――
キスのおねだりの合図かも……
春近は周囲を見回す。
杏子は完全に眠っていて、栞子はうとうとと頭を揺らし眠りに入ったように見えた。
咲と和沙が、何やら言い合って盛り上がっている。
今がチャンスだ!
ちゅっ!
春近は、静かにルリに顔を近づけ、優しくくちびるが触れあうキスをした。
隠れてする秘密のキッスといった感じだ。
「えへへっ、ハル大好き」
「ルリ、オレも大好きだよ」
いつもエッチなことばかりしているのに、こんな軽く触れあうだけのキスでも凄くドキドキしてしまう。
それは心が繋がっているから。
大好きという気持ちが伝わって来るから。
愛されているのが、こんなに満たされた気持ちになるなんて。
ジィィィィィィィィ――――
春近とルリが見つめ合っていると、横からまるで『ジィィィー』というのが擬音になって聞こえてきそうなくらいの視線を感じた。
「ハル……それアタシにもしてよ」
「おい、ズルいぞ。この和沙ちゃんも甘やかすんだ」
咲と和沙がジト目で二人を見つめている。
先程まで何か言い合って全く見ていなかったはずなのに、キスをする瞬間だけ乙女センサーにラブラブ注意報が鳴り響いて気付いたようなのだ。
「えっと……これは……」
「ふへ~っ♡ ハルぅ~♡ だいしゅき~♡」
二人のジト目を全く気にしていないのか、ルリは抱きついてくる。
結局、二人にも同じようにイチャイチャしてキスをすることになった。
そして、咲とキスをした瞬間だけ偶然車掌が通りかかりバッチリ見られてしまい、咲は真っ赤になってうつむいてしまうのだった。
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