第220話 吐露
電車が進む度に車窓の向こうが懐かしい風景に変わる。
少年時代に過ごした日々を思い出し、少しノスタルジックな雰囲気になってしまう。
小さな頃によく遊んだ公園、今は潰れてしまった駄菓子屋、いつも登下校時に撫でていた角の家の柴犬。
今日はやけに昔の事を思い出す――――
春近は、ルリと妹の夏海を連れ実家へと向かっていた。
電車が駅に近付く度に、心の鼓動が速くなり強く握りしめた両手に汗をかいているのを感じる。
遂に
春近は窓から景色を眺めながら考えていた。
鬼か――
家は無関係だったけど、土御門家の本家は陰陽寮の頃から深く鬼に関わって来たんだよな。
父さんは、どこまで知っているんだろ?
子供の頃に爺ちゃんから聞かされているんじゃないのか……?
そもそも鬼って何なんだよ?
昔は妖怪とか悪魔のように思っていたけど、自分が鬼になった今では理解できる。
特殊な力が使えるだけで、オレもルリたちも何ら人間と変わりはない。
大昔から、強い力や特殊な力を持った人が、周囲から恐れられ避けられるようになり、いつしか鬼や天狗と呼ばれるようになったのでは……
だとしたら…………
「――――おにい」
「ん?」
「おにい、おにい! 着いたよ! 早くしてよ!」
「あっ、着いたのか」
夏海に急かされ慌てて電車を降りる。
駅の改札を抜けると、正月以来となる懐かしい景色が広がっていた。
「ハル、大丈夫? なんか真剣な顔してたけど……」
ルリが心配して顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ。ちゃんと説明するから」
春近が微笑み、ルリの手を取ってギュッと握った。
「あああーっ! またイチャイチャしようとしてる!」
夏海が、繋いだ二人の手を離して、ルリを自分の方に持ってゆく。
もう完全にお邪魔虫だ。
「帰省中は私がずっと監視しているからね! 放っとくと、おにいが必ずエッチなことをするし。いくらルリ先輩が魅力的だからって、エッチばかりするのは許さないんだから」
「ええっ……何でオレが悪いことに……」
どうやら夏海の中では、春近がルリのエッチなカラダに我慢できず、欲望の
春近としては、ルリの性欲が強すぎて困っているのだから不本意だろう。
くっ……夏海め――
帰省中は、ずっと監視してエッチさせない気だな……
いや待てよ!
これは逆に良い事なのでは?
ルリが『ほらほらぁ♡ 声出すと親にバレちゃうよ~』とか言って所かまわず激しい合体を迫ってきたり、夜中に『ギシアン』しまくり激しい腰使いで家を揺らして親バレしちゃうのを、夏海がずっと監視してくれたら防げるんじゃないのか?
ふふっ……ルリ、これで帰省中の『声我慢羞恥家庭内エッチ』は封じられたぞ!
勝ったなガハハっ!
春近は、かなり失礼なことを考えていた。
「おにいがニヤニヤしてる……」
「ふふっ、ハルがこういう顔してる時って、だいたいエッチなコトを考えているんだよ」
「うっわぁ、おにいサイテー」
春近が色々妄想している内に、こちらもヒドいことを言っていた。
そうこうしている内に春近の家に到着し、夏海が先頭を切って入って行く。
「ただいまーっ!」
「おかえり、早かったのね」
「おう、帰ったか」
奥から両親が顔を出す。
「おとーさん、おかーさん、こちら、電話て言っておいた、おにいの彼女のルリ先輩」
夏海がルリを紹介した。
春近が紹介しようとしていたのを、夏海に先を越されてしまう。
ルリが一歩前に出る。
ルリは、その強大な呪力を持つが故に、周囲の空間に不思議な現象を引き起こし初対面の人に違和感を与えてしまうのだ。
最近は、かなり制御して抑え込めるようになっているとはいえ、それでも完全に違和感を隠すことは出来ない。
春近に緊張が走る。
大丈夫だろうか――
ルリは初対面の人に恐怖感を与えてしまうから……
何とか無事に自己紹介が済んでくれ……
あと、前みたいに変な自己紹介は勘弁してくれ……
「あ、あの、酒吞瑠璃といいます。ハル……春近君とはエッ……じゃない、お付き合いさせて……いただいています」
「こちらこそ、息子がお世話になっております」
「ご丁寧にどうも」
意外とまともな挨拶をしたルリに、春近の両親も丁寧に返事をする。
これには見守っていた春近もビックリだ。
ルリ……ちゃんと挨拶ができたじゃないか。
せ、成長したなぁ……
夏海たちがいなかったら頭ナデナデしているところだよ。
というか、何事も無く無事に自己紹介が終わったぞ……
リビングへと通される途中で、春近がルリに声を掛ける。
「ルリ、ちゃんと挨拶できて偉いね」
「えへへ~っ♡ って、ちょっと待って! 何か私……子ども扱いされてる?」
「そ、そんなことは無いよ……」
「ハぁ~ルぅ~」
イチャイチャしそうになったところで、前を歩いていた夏海に睨まれてしまう。
「な、何もしてないぞ」
「どうだか?」
危うく親の前でイチャイチャしそうになったが、気を取り直してリビングに入った。
少しリビングで当たり障りのない話しをしたところで春近が切り出した。
「夏海、父さんたちと大事な話があるから、ルリを連れて自分の部屋に行っててくれないか?」
「えっ、何? なんかあるの?」
「いいから」
渋る夏海をルリが
やっと本題だ。
何とか上手く説明しないと……
春近は、襟を正すように背筋を伸ばして椅子に座り直すと、真っ直ぐに両親の方を見て話し始めた。
「もしかしたら爺ちゃんから聞いてるかもしれないけど、陰陽庁の楽園計画で緑ヶ島という太平洋にある島に行くことになったんだ」
「ああ、父から聞いているよ。家は代々陰陽道を継いできた家系だからな。本家は兄が継いで俺は分家だから、もう関わらないのかと思っていたけど……まさか息子が陰陽庁に係わることになるとはな……」
父親は陰陽庁長官晴雪の次男だけあって、大体の計画は知らされているようだった。
母親は黙って成り行きを見守っているようだ。
「爺ちゃんから聞いてたのか」
何処まで聞いているんだろ?
まさか、鬼神王の件は知らされてないよな……
「春近には、陰陽学園に入学させたことといい、色々と迷惑を掛けてすまないと思っている。本来は入学するのも本家の
晴満……つまり、父の兄の息子。
春近にとっては従兄にあたる。
正月に本家に挨拶に行った時に会った、少し偉そうで苦手な人だ。
「あの……それで、ルリのことなんだけど」
「鬼なんだろ?」
「えっ」
気付いていたのか?
やはり、少しだけ漏れた呪力が……
「土御門家は、昔は強い陰陽術を使ってきたらしいけど、今となっては俺も
「父さん、母さん、俺は思うんだ。昔から鬼と呼ばれ恐れられてきた存在。きっとそれは生まれながらに強い力を持った、普通の人と何ら変わらない人間だったんだよ。でも、人は自分の理解できない存在を恐れ避けるようになったんだ。その人たちが、いつしか鬼や天狗と呼ばれるようになっていったんだと思う。オレにとって、ルリは普通の人間と何も変わらない女の子なんだ。だから、オレはルリを大事にしていきたい」
春近は、今まで自分が考えて来た思いの丈を打ち明けた。
それは……陰陽学園に入学するもっと前から気付いていたことだ。
人は得てして、自分たちと違う存在を排除しようとする――――
それは、肌の色の違いだったり……人種の違いだったり……考え方の違いだったり……少し変わった性格や趣味だったり……
ほんの少しの違いにより、避けられたり集団に入れてもらえなくなったりするのだ。
それは例え悪意でなかったとしても、人は恐れや偏見により自らの集団を守ろうとして、違う者を異物として排除したがるものだから。
きっと、鬼と呼ばれた存在も……同じように大昔に集団に入れてもらえなかった人たちなのかもしれないと。
春近は、一気に喋り終えてから、静かに息を吐いた。
もう、自分も鬼になり後戻りはできないのだ。
このまま計画を進めるしかなかった。
父親は少し考えた後で静かに語り始めた。
「春近には家の事情で迷惑を掛けてしまっているんだ。後は自由にすれば良いさ。そうだろう母さん」
「ええ、何も良い会社に入るだけが人生じゃないしね。陰陽庁からお金も出るんでしょ。良いじゃない」
父に話を振られた母も理解を示したようだ。
「よ、良かった。ホッとしたよ」
おおっ、納得してくれたのか。
意外と物わかりの良い親で良かったぜ。
春近がホッとしたところで、父親が例の話を切り出した。
「ところで……他にも鬼の女の子がいると父から聞いていたのだが」
「ギクッ!」
ま、まま、マズい!
何とか誤魔化さないと……
「ええっと……うん、ルリの友達とか……他にも何人かいるんだよ。その子たちも一緒に緑ヶ島分校に移るんだけど……」
春近は、鬼神王になった件やハーレムなのを誤魔化した。
さすがにハーレムを親に打ち明けるのは恥ずかし過ぎる。
一度に色々と説明するのも大変なので、追い追い話してゆけば良いかと。
そして、この後――
真面目にしているのも飽きてきたルリと、ルリのエッチな攻めを防ぎたい春近と、それを監視する夏海との、三つ巴の戦いが始まろうとしていたのだった。
家庭内エッチ攻防戦の始まりである。
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