第216話 帰路もイチャイチャ

 土御門春近は、非常に危険な状態にあった。


 右には絶対に敵わないと思い知った、その存在自体が奇跡のような美しき女王渚が。

 左には最強のサキュバスの化身を彷彿とさせる、魅惑的な容姿だけで魅了と催淫を同時攻撃してくるルリが。

 そして後ろには最近になってSに目覚め、人類を超越した絶技四十八手を開発したエッチマスター天音が。

 まるで獲物を狙う美しき獣の如く虎視眈々こしたんたんと春近を狙っていた。


 エッチ四天王とも呼ばれる最強の四人の内、三人に包囲され逃げ場が無いのだ。


 因みに四天王のもう一人は、恵まれた体格から最速のスピードと最大のパワーを併せ持ち、尚且つ卓越した体術により接近戦最強でありながら底知れぬ性欲を持つ忍である。


 この、エッチ四天王の称号は春近が勝手に考えたもので深い意味は無い。バトル系漫画にありがちな四天王という称号がカッコいいから使っているのであり、ただ単に春近が四天王言いたいだけなのだ。


 だが、この危険な状況にありながらも、春近の心はウキウキわくわくと弾んでいた。




 少し前――――


 二泊三日の旅行も十分満喫した春近は、迎えの車に当然の様に往路と同じように乗り込んだ。しかしここで渡辺先輩号のメンバーから苦情が殺到してしまう。

 そう、春近と一緒になれないメンバーの怒りが爆発したのだ。


 面倒くさくなったアリスが席を交換してくれ、春近は渡辺先輩号へと移動になった。

 そして、二列目シートのルリと渚に挟まれながら帰路に就く形になったのだ。


 渚は一晩中春近に甘えまくって朝からご機嫌でお肌もつやつやだ。

 一方、ルリと天音は隣の部屋から淫らな声が聞こえてきて、ムラムラマックスで欲求不満が溜まりまくっていた。

 もう、何か色々と危険な状態になってしまっている。


 そうして、一行は楽しい旅の思い出と少しの淫らな夜の記憶を残し、学園へと走る車に揺られているのだった。




 セバス号車内――――


「お嬢様、ご旅行はどうでしたか?」

 運転手の瀬場洲せばすが、助手席の栞子に声を掛けた。


「ええ、久しぶりに羽も伸ばせて楽しかったですわ。ふふっ、皆さんと一緒だと奇想天外なことばかりで」

「それは、ようございました」


 瀬場洲は使用人として長く源家で働いていて、栞子が幼い頃から大変な重責に圧し潰されそうになるのを見てきたのだ。

 早くに父親を亡くした栞子は、家を継ぐ為に努力に努力を重ね源氏の棟梁としての責任を一身に受け、同じ年ごろの娘がごく普通にに経験するような友人と遊びに行くということもあまり無かった。


 栞子が友人と旅行に行くと聞き、瀬場洲は『お嬢様にもやっと親しい友人ができたのだ』と喜んだ。

 ただ、相手が頼光ライコウの名を継ぐ家の宿敵である鬼の血筋と聞き心配していたのだが、実際に会ってみると普通の若者と何ら変わらなくて安心した。

 何より、栞子が作り笑いではない、本心からの笑顔を見せていたのが嬉しかった。



「平和です……このクルマは平和なのです……」


 三列目シートに座るアリスが静かな車内を見て呟く。

 行きの大騒ぎだった渡辺先輩号とは大違いだ。

 二列目シートに一二三、咲、忍

 三列目シートにアリス、黒百合、あい

 騒ぐ者もおらず、静かで快適なドライブは続いていた。


「ハルチカ……心配なのです……」


 アリスは、春近の身を案じた。


「アリスっち、大丈夫だよ。向こうには渚っちがいるしー」


 あいが良い笑顔で言う。


「あい……それが一番心配なのですよ……」


 咲はニヤニヤとしている。


「へへっ、今頃ひーひー言ってたりしてな」

「咲、笑い事ではないのです。また、やり過ぎてしまわないか心配なのです」

「大丈夫だよ。ハルは、ああ見えて強いし」


 自分の王子様だと主張している咲にとっては、春近は強くて頼りになる男に見えているようだ。


「何だかアリスちゃんって、子供を心配するお母さんみたいですよね」


 忍に核心を突かれてしまう。

 確かにアリスは、過保護な親みたいになっていた。


「ううっ、心配なのは心配なのです……」




 その、渡辺先輩号では――――


「うっふふふっ♡ 春近、他の女に変なコトされたら、全部あたしが上書きしてあげるからね♡」


 渚は春近に腕を絡めながら、チラッと天音の方を見る。

 あんたのエッチ攻めは、あたしの調教で上書きしてやったわよという意思表示だ。

 絶対女王の余裕を見せつける為に、敢えて天音の前でやっていた。


「ぐっ……」


 天音は悔しさでくちびるを噛む。せっかく春近を一晩調教しまくり自分の思うがままにさせようとしたのに、あっさり渚に上書きされてしまったのだから。


「渚ちゃん……さすが、私がライバルだと認めた最強の女王だね。私の羽毛接触性愛タッチオブカーマを、いとも簡単に破ってくるとは! でも、負けないよ!」


 天音は決意を新たに春近を徹底的に調教して、自分無しでは生きられない体にしてやろうと意気込む。

 だが、天音も渚も肝心なことを忘れていた。

 むしろ、自分たちの方が春近無しでは生きられない体になっているという事実に。



 ルリがさり気なく春近の膝の上に手を置く。

 別荘では、隣の部屋から春近の気持ちよさそうな声が聞こえて着てムラムラしっぱなしだったのだ。

 隙あらばイチャイチャしようと狙っている。


「はぅん♡ ハルぅ♡」

「ちょ、ちょっとルリ、その手は危険だから」

「危険じゃないよぉ♡ 気持ち良い手だよぉ♡」

「触ろうとしている場所が危険なんだよ」


 さり気なく自主規制されそうな場所を触ろうとするルリ。皆のいる車内でも、やる気満々である。


 こうして、三人の最強の女が一人の男を狙って、かつてないほどのバトルが勃発しようとしていた――――



「ごくりっ、何か……途轍もないバトルの予感が! 三国志でも始まるのでありますか!」


 三列目シートに座る杏子が、三大英雄のバトルに少しだけ高揚する。


「またやってる。全く、春近君も大変だね」


 同じく三列目シートの遥が、呆れた顔で成り行きを見守っている。




 しかし、この絶体絶命の状況で、むしろ春近はウキウキわくわくしていた。

 何度も一斉に攻められたりエッチにいじくり回され、その度酷い目に遭ったり先日の様に怒ったりしたのだ。だが、やはり大好きな彼女たちに囲まれているのは幸せを感じるし、ドSっぽいエッチ攻めにゾクゾクと期待してしまう自分がいた。


 ううっ……つい先日に、あんな恥ずかしい目に遭わされたというのに、懲りもせず再びエッチなハプニングを期待してしまっているなんて――

 オレはMじゃないはずなのに……な、なんで、ご褒美タイムを期待してしまうんだぁああああ!

 ぐううっ……もう、オレはどうしたら良いんだぁああああーっ!


 春近がこんなアホなことを考えているなど、心配しているアリスが聞いたらさぞかし呆れることだろう。



「くっ、こんなに可愛い彼女に囲まれて、オレはなんて幸せ者なんだ!」


 つい心の声が漏れた春近に、密着している三人の女が反応した。


「えっ、ハルっ」

「春近!」

「ハル君」


 春近のダダ漏れになった心の声で、三人のエッチ女子はバトルモードからデレデレモードへと移行する。


「ルリ、なんて可愛いんだ。可愛すぎるぜ! 大好きだ! ずっと一緒にいたい」


「も、もう♡ ハルってば正直すぎるよぉ~♡ 私も大好きぃ♡ しゅきしゅきぃ♡」


 ルリがチョロインになった。


「渚様、ちょっと怖く見えるけど、本当はすっごく可愛くて……。ああ、大好きだ」


「は、は、は、春近! も、もう、しょうがないわね! あたしも大好きなんだからぁああ♡」


 当然のように渚もチョロインだ。


「天音さん、いつも優しい笑顔をオレにくれてありがとう。色々優しく何でもしてくれてダメ男にされちゃいそうだけど、それでも天音さんが大好きだから一緒にいたい。天音さんを守りたい」


「はぁああうぅ~ん♡ ハル君! ハル君! ハルくぅうううぅ~ん! 嬉しいよぉぉぉぉぉ♡」



 天音はチョロインというよりドロデレヒロインドロインだ。


 誰もが春近が生贄のように三人から攻められるのかと思っていたが、結果は春近が全員をデレデレにしてしまう結果となる。

 最後に少しだけ鬼神王の威厳を見せることができたのか、たまたま良い感じにデレたのかは分からないが。



「ぐぬっ、何で土御門ばかりモテるんだ。オレだって彼女が欲しいのに」


 運転席の渡辺豪が嘆く。後ろでイチャイチャしまくられているのだから愚痴くらい溢したいのだろう。


「渡辺先輩、後ろばかり気にしていないで前見て運転して下さい」

「あ、ああ、すまない……」


 助手席の和沙が注意する。

 和沙としても後ろの席でイチャイチャしているのが気になって仕方がないのだが。

 そうこうしている内に、再び後ろからイチャイチャする声が聞こえてくる。



「はあぁぁ~っ♡ ハルぅ♡ 何だかすっごくエッチな気分なのぉ♡」

「ルリ、まだクルマの中だからダメだよ。はい、お菓子でも食べててね」


 春近が、大きなチョコバーをルリの口に押し込む。


「んっ、ああんっ……ほおっきい大きいよ~♡ ふゃたくて硬くてふょとくて太くてなぐぁくて長くて~しゅごぉーいっ!」


 春近がルリの口に入れたチョコバーをグリグリと動かし、ルリは長い舌でチョコを絡めとるようにねぶりしゃぶり吸っている。

 不意に、ルリのくちびるの端から零れ落ちたチョコを、春近がペロッと舐めとった。


「んぁっ、あふぁあっ♡ そこ、ダメぇぇぇ~♡♡」


 ※注意:チョコバーを食べているだけです。



「んもうっ、ルリ! 変な声出さないでよ! あんた、お菓子食べてるだけでも卑猥なんだから!」


 ルリの卑猥なお菓子の食べ方に誰もがツッコみを入れたかったが、渚が代表して文句を言った。



 こうして、皆で計画していた旅行は無事に終わった。


 思い返せばつい先日、一時は春近が死の一歩手前まで行ったのだが、皆の想いを一つにして奇跡を起こし春近は鬼神王となったのだ。

 本人は『鬼神王』というネーミングが中二心をくすぐられて気に入っているのだが、一歩間違っていたら春近はこの世から消え去り旅行どころではなかっただろう。


 この数奇な運命を辿る春近たちの今後は、緑ヶ島移住など大きな岐路に立つ事となる。

 しかし、誰もが信じていた。

 きっとラブラブでイチャイチャで幸せな明日がやって来るのだと――――

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