第八章 愛の国

第217話 人生の岐路

 人生にはいくつもの岐路きろがある。

 進学、就職、結婚……

 人は、様々な運命や将来を左右する人生の岐路に立ち、常に迷いながら悩みながら選択を続けている。

 決して正解のない道を、期待と後悔と納得を重ねながら歩き続けるようなものなのかもしれない。


 そして、ここにいる普段は何も考えていないような男にも、人生を決める重要な選択に迫られていた。

 お盆にルリや夏海と帰省し、親に鬼の事や島の事を説明しなければならないのだ。

 今まで後回しにしてきたのだが、遂にそのツケを払う時が来てしまった。


「ぐはっ、ど、どうしよう……一体何をどうやって話せば良いんだ……?」


 そもそも、春近が陰陽学園に入学したのも、本家の強い意向があり陰陽庁の手伝いをする事になったのだ。

 そういう意味で、春近の様々な問題の責任の一端は祖父や陰陽庁にあり、祖父も楽園計画での緑ヶ島分校への転入の件は、それとなく両親に伝えておくとの事になっていた。

 しかし、重要なのはそこではなく、最も問題なのは彼女を十三人も作ってしまった事や、鬼の血筋であるルリ達の事、そして彼女達との関係により自分も鬼になった事なのだ。


 更に言えば、源頼光栞子の事である。

 先日の旅行でも春近は改めて感じたが、彼女は源氏の棟梁として大変な苦労も多くありながらも、大切に育てられた箱入り娘のお嬢様である。

 栞子とも深い関係になって鬼の遺伝子を移してしまったら……

 一人娘である栞子を緑ヶ島に連れてしってしまって良いのか……?

 そろそろ結論を出さなければならない時期になっていた。


「鬼の事は少しぼかして説明するとして、彼女がいっぱいなのはどうしたものか……」




 春近が考え事をしている部屋の静寂を打ち破るように、慌ただしい足音とドアを開ける音が響いた。

 ドタドタドタドタドタ――――

 ドォォォン!


「ハル! 本当なのか? ルリがハルと実家に帰るって!」

 咲が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。


「咲、落ち着いて。あれは夏海が勝手に……」


 春近が説明しようとしていると、さらに事態を悪化させる襲来者が登場する。

 ドタドタドタドタドタ――――

 ドォォォン!


「は、は、春近ぁぁぁ! どういう事なの! 説明しなさい!」

 凄い慌てようの渚が飛び込んで来る。

 完全に取り乱している。


「あの、渚様、落ち着いて……」

「これが落ち着いていられるわけないでしょ!? ルリが春近の実家に結婚の挨拶に行くそうじゃない!」

「えええっ、話が大きくなってる」

「ルリだけ実家に連れて行くって事は……そういう事なの……あたしじゃなく……あの子を選んだって事に……そ、そんな、あたしがこんなに春近の事を好きなのに……大好きなのに……なんで……ううっ……」

「泣かないで、渚様」

「泣いてない!」


 春近に抱きしめられ背中をぽんぽんされると、渚は静かになって甘え始める。

 本来そのポジションに行く予定だった咲が、不満そうな顔をして文句を言う。


「ちぇっ、適当な理由を付けてハルに甘えようとしたら、先越されちまったわ……」

「ええっと……」



 春近が、夏海との事をつまんで説明すると、咲は納得した表情になった。


「ああ、あの時から夏海ちゃんとルリは仲良しになってたからな。何となく想像できるわ……てか、だいたいルリから聞いてるけど」

「ちょっと、理由聞いてるなら何で怒ってたの?」

「そりゃ、何か納得出来ないから、適当に怒ってハルにサービスさせようかと」

「咲……正直すぎるよ」

「えへへ」



 春近の胸で泣いて……いや、本人いわく泣いてない渚は、いつの間にか復活して咲の言葉に同調する。


「んっ、んんっ、そうよね。あたしも同じなのよ。だいたい知ってたのよ……」

「いや、渚様はメッチャ動揺して泣いてたじゃん」

「泣いてないし!」

「ええーっ、泣き顔、すっごく可愛かったのに」

「う、うるさい」


 何か面倒だし可愛いから、そういう事にしてあげた――――


「おい渚、いつまでくっついてんだよ。アタシに替われよ」

「イヤよ」


 咲が引き剥がそうとするが、渚は意地でも春近から離れようとしない。

 どさくさに紛れて、ずっとイチャイチャしようとする魂胆らしい。


「ちょっと、春近! 事情は分かったけど、それだけじゃ納得出来ないわよ! ルリの同伴を認める代わりに、今夜はずっとあたしを抱きしめていなさい! ずっとよ!」

「わかりましたよ。我儘な渚女王の為に御奉仕致しますよ」

「じゃあ、今からやりなさい! 昼も夜も離れるの禁止!」

「ちょっ待て、抱きしめコンテストの世界記録ワールドレコードに挑戦かよっ!」


 渚様の場合、本気でやりそうだから怖いんだよな。

 確か、世界記録は何十時間とかだったような?

 食事とかトイレとかどうするんだ……

 もしかして『今から春近の飲める水は全てあたしの聖水ね! ニコッ』とか、『ほらほら、全部こぼさずに飲み干すのよ!』とか『春近のカラダの中まで、あたし色に染められちゃったわね! ほらぁ、今どんな気持ち?』とか……

 くうっ……渚様、なんてドヘンタイなんだ……


 春近の妄想の中で、益々渚がヘンタイ女王様になっていた。



「おい、ハル! 何ニヤニヤしてんだよ。どうせ渚に抱きつかれてエッチな事でも考えてんだろ?」

 春近が変な妄想をしていて、咲にツッコまれた。

 だが、その妄想はヘンタイに振り切っているので、とても説明は出来ないだろう。


「アタシにも、たっぷりサービスしてもらうからな」

「分かったよ。でも、咲にはいつもサービスしてる気がするけど」

「そ、それはそれ、これはこれだって」

「でも、咲ばかり甘やかしてると、他の子から文句が……」

「そ、そんなに甘えてねえよ! てか、どうせ文句言ってるの和沙だろ?」

「何で分かったんだ……」


 彼女達が旅行の夜に言い合っていたように、咲も和沙も甘えん坊だった。




 ルリが実家に行くのは許可された代わりに、一晩じっくりたっぷりサービスする約束になり咲は帰って行ったのだが、依然として渚が抱きついたままになっていた。

 意地でも離れようとしないらしい。


「渚様……オレ、これから用事が有るのですが……」

「あたしも一緒に行く……」

「えっと、困ったな……」



 女子寮の杏子の部屋に入ると、既にメンバーが集まっていた。

 夏のイベントに向け作戦会議をするのだ。

 春近はお盆に実家に戻る為、その直前にお台場での同人誌イベントに参加するという多忙なスケジュールになっていた。


「あ、春近君……あれ、大嶽さんも一緒ですか?」

 杏子が、入って来た春近に渚がくっついているので不思議な顔をする。


「実は……民間伝承にあるように、泣いている赤ん坊渚様を抱きあげたら離れなくなってしまい……」

「子泣き爺か!」

 黒百合が、阿吽あうんの呼吸でツッコむ。

 さすがのノリの良さだ。


 ひょんなことからオタクの祭典であるお台場イベントに、全くアニメや漫画に興味が無い渚まで参加する事になってしまった。

 そして、渚の身に様々な災難……(?)が降りかかる事になるとは、この時誰も知らなかった――――




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