第203話 パイルドライバーと豆まき

 遂に計画した旅行の日が来た。

 女子寮の前に総勢十四人が勢揃いし、車の到着を今か今かと待っているところだ。

 クルマは源家専属の運転手を手配してあるとのことで、何から何まで至れり尽くせりで感謝している。



「ハル、楽しみだねっ!」


 ささっ!

 ルリが声を掛けると、春近が杏子の後ろに隠れた。

 これには杏子も不思議な顔をする。


「えっ、春近君、どうかしましたか?」

「いや、何となく……」


 そのまま春近は杏子の背中に張り付いてしまった。


「ハル~ぅ、何で逃げるの?」


 追いかけようとするルリを、渚が手で制した。


「ちょっと、あんた何かしたんじゃないの?」

「えっと……したというか、やり過ぎというか……」

「何よ、ハッキリしないわね」


 渚が春近のところに行って話を聞く。


「春近、あの女に何かされたなら、すぐあたしに言うのよ」


「いや……なんて言ったらいいのか……言うならば、エッチなサキュバスが『大型杭打機パイルドライバーだぁぁ!』って感じにプレスしてきたような……」


「何それ? わけ分かんないんだけど」


 かなり遠回しに説明したので、渚には全く伝わらなかった。

 春近は渚の耳に顔を近づけて囁いた。


「ごにょごにょごにょ……」

「はあ!? 六回も連続で上からぁ!」

「こ、声が大きいです。渚様」


 渚が大声で喋ってしまい、他の彼女たちの視線が集中する。皆が嫉妬の声を上げたり文句を言い出してしまう。

 ただ、杭打機という表現は逆じゃないかという疑問が残った。



「こらっ、ルリ! あたしの春近になにしてくれてんのよ!」


 いつものように渚がルリに食って掛かった。


「だ、だってぇ、気持ち良かったから……」


「だってじゃないわよ! あんたのデカケツで攻撃されたら春近が潰れちゃうでしょ! あたしの春近が女性恐怖症になっちゃったらどうすんのよ!」


「デカケツじゃないもんっ! 少し……大きいけど……」



 先日、春近とルリが『勝負だっ!』となった時に、春近の頑張りによってルリが何かに目覚めてしまい、そのままハッスルして止まらなくなってしまったのだ。

 春近の体力が上がっていたとはいえ、ルリが激しすぎてヘロヘロにされてしまった。

 正に、大型杭打機パイルドライバーでプレスされるように。

 諸事情で詳しく言えないが、プロレスごっことでも称しておこう。


 ただ、話を聞いていた他の彼女たちは、一番激しそうな渚がそれを言うのかといった顔をしている。

 当の渚といえば、ギラギラと輝く魔眼のような瞳で春近しか見ていない。


「春近、安心しなさい。今夜はずっとあたしが可愛がってあげるから」

「渚様……それはちょっと……」

「は? あたしじゃイヤだって言いたいの!」

「そ、そういうわけでは……」


 ルリの六回を聞いたからなのか、渚の嫉妬心が燃え上がっているようだ。

 何としても逃がさないと言わんばかりだ。



「ハ~ル君♡ 今夜は私が気持ちよくしてあげるよ♡」


 そこに天音まで割り込んできた。


「あ、天音さん……深淵入滅アビスニルヴァーナ混沌輪廻カオスサンサーラは気持ち良すぎるので……」

「ぐへへぇ♡ ハルくぅん♡ 大丈夫だよぉ、優しくするからぁ♡」

「天音さんの表情が大丈夫じゃないよっ! 絶対凄いやつだ」


 相次いで迫る肉食系女子たちに、春近は今夜の危機回避について考える。


 ルリは本番が激しいけど、渚様はそれ以外が激しいし、天音さんはテクが凄すぎて――

 予想はしていたけど、オレはどうなってしまうんだ……

 ルリ一人でも凄かったのに、全員同時に攻められたらマジであの世に昇天してしまいそうだ。

 死因が『ベッドで女子に攻められまくり昇天』では恥ずかし過ぎるよ!


 ズササッ、ズササッ!

 春近は杏子の背中に隠れたまま、アリスと一二三の居る場所まで移動した。


「ふうっ、やっぱり安心するぜ」


 杏子とアリスと一二三に三方を囲まれ、春近が安堵した表情になった。


「おい、なんか納得できないです」


 アリスが文句を言う。

 春近と一緒にいられるのは嬉しいのだが、その理由がちょっと釈然としないのだ。


「アリスは今日も可愛いな。お兄ちゃんって呼んでくれても良いんだよ」

「言わないです」

「じゃあ、ナデナデを」

「こら、やめるのです。二人っきりの時以外は禁止です」


 アリスを撫でるのを見た一二三もくっついてきた。


「……春近、私にも……」

「あ、一二三さんも可愛がっちゃうよ」


 ナデナデ――――


「んっ、これは心地良い……至福」

「一二三さんも安心するぜ。可愛いし」

「うっ……春近ずるい、照れる♡」



 ただ、杏子だけは状況を理解していた。


「春近君、あっちで酒吞さんたちが怖い顔してますよ」


 杏子がルリたちを指差す。


「杏子……少しの間だけかくまってくれ。オレの死因がエッチのやり過ぎだと恥ずかし過ぎるから」

「わ、私じゃ止められないですよ」

「そこを何とか」



 一方、激しい女子代表のルリと渚と天音だが、春近に逃げられて悔しがっていた。


「ルリ! もうっ、あんたのせいで春近が大人しい子の方に行っちゃったじゃない!」

「ええーっ、私のせいじゃないよ。渚ちゃんや天音ちゃんがエッチだから」

「ええ~んっ、ハル君とイチャイチャしたかったよぉぉ~」


 こちらは仲間割れしているようだ。お互いにエッチだと言い合っている。


「だから、ルリの淫らなデカケツが原因なのよ! もうっ、見るからにプリプリして淫乱極まりないわね!」

「違うもん! 渚ちゃんがハルを踏んだりするから怖がるんだもん。だいたい渚ちゃんのせいだよね!」

「あ、あれは、ご褒美だから良いのよ!」

「私のもご褒美だもん!」


 ルリと渚が言い合っていると、つい天音がブラックな部分を出してしまう。


「チッ! 淫乱女たちのせいで私まで……」

天音おまえが言うな!」

天音ちゃんおまえが言うな!」


 そして三人が責任を擦り合う展開だ。



「おいハル、ルリたちがうるさいから面倒見てやれよ」


 見かねた咲が春近に声を掛けてきた。


「まあ……無理やりしないのなら……」


「しないしない! エッチ禁止だもんね。ハルと旅行楽しいなっ」

「そうよね。今日は旅行を楽しみましょ」

「ハル君と旅行すっごく楽しみだよっ」


 三人揃って頷いた。


「良かった。それなら安心かな」


 春近がルリたちの所に戻った。


「そうそう、旅行がメインだもんね」

(って、そう思うじゃん。もう、ハルと二人っきりになったら、いーっぱいしちゃうもんね!)


「久しぶりの海は良いわね」

(もう、行く前から我慢できないわよ! 今夜は無理やり二人きりにして、思いっ切り調教してあげるから!)


「ハル君、一緒に旅行楽しもうねっ」

(もう……ムリ……ハーハー♡ ハル君が好き過ぎて……ハル君♡ ハル君♡ ハル君♡ もう、メチャメチャにしたいよ!)


 実際は安心ではなかった。


「えへへっ」

「ふふふっ」

「うへへ~」


 三人共エッチな笑顔を浮かべて今夜の情事を妄想している。



「春近……それ絶対騙されてるです」


 まるでかもねぎを背負っているような春近を、アリスがヤレヤレといった感じの顔で見つめた。




 ブロロロロロロ――


「クルマが到着しましたわ」

 栞子の指をさした方向から、二台の大きなワンボックスカーが入って来るのが見えた。


「あれ? 二台なんだ」


 玄関前に到着し、先頭のクルマからロマンスグレーの執事のような男性が降りてくる。

 さながらセバスチャンといった感じだ。


「栞子さん、本当にお嬢様だったんだ……セバスを連れてくるとは」

「えっ、どうして名前を知っているのですか?」

「おい本当にセバスなのかよ……」


 栞子の前まで行った執事は、恭しく頭を下げる。


「お待たせいたしました」

瀬場洲せばすさん、よろしくお願いしますわね」

「畏まりました、お嬢様」


 本当にセバスだった――――



 もう一台のクルマから降りてきた男は、まるで格闘技漫画から出て来たような筋肉をした見上げるような長身の男だった。

 そして、学園で何度も見たことのある……


「渡辺先輩……何やってるんですか?」


 春近がツッコミを入れた。

 その運転手は先輩の渡辺豪だからだ。


「キミか、実は姫に命令されて別荘まで送り迎えを。免許を取ったばかりで初心者マークだけどね」


 渡辺豪――――

 栞子の従者にして頼光四天王筆頭。

 伝説の剣豪にして鬼切で有名な渡辺綱わたなべのつなの子孫らしい。

 恵まれた体格と鍛え抜かれた肉体から武の極致になった格闘家だが、鬼に対しては無力でボロ負けしてしまう。

 そして、今は何故か栞子の運転手をしていた。


「栞子さんも人使いが荒いな……先輩も大変ですね」

「姫の為ならどうということもないさ。しかし海か、良いな! オレも久しぶりで……」

「あの、すみません。咲が怖がるから……」


 グイグイ前に出る豪を春近が押し返す。

 さっきから咲が怖がって後ろに隠れているのだ。


 どうやら豪も海に行きたがってるようで、春近がやんわりと断ろうとすると――


「あ、渡辺先輩は別荘まで送ったら帰っていいですよ。あと、帰りもお願いしますわね」

「あっ、そ、そうでしたか姫。はい…………」


 栞子に帰って良いと言われて、豪はガックリと肩を落としてしまった。

 そんなに海に行きたかったのか。



 クルマが二台という事で、彼女たちの誰が春近と乗るかで揉め始め、アリスの提案で皆でじゃんけんを始めている。



「そういえば……キミたち、特に彼女は入学時に怖がらせてしまって申し訳なかったね。あの時は陰陽庁の命令で仕方なく……」


 豪が去年のことを謝罪してきた。


「いえ、あの……渡辺先輩と咲って何かあったんですか?」

「たぶん、千年くらい前に、京都の一条戻橋で家の先祖が茨木童子を斬ったのが原因かもしれないな」

「はあ、千年前……」

「それで家は代々鬼が近寄らない家と呼ばれて、節分に豆まきをしないんだよ」

「それでか!」


 春近は叫ぶ。一年以上経ってから、やっと咲に聞いた豆まきの謎が解けたのだった――――

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