第202話 夏の太陽が恋人たちを熱くする

 陰陽庁の件も一段落し、春近の懸念も一つ減って気持ちも楽になっていた。

 八月に入り皆と約束した海への旅行が近付き、頭の中はすっかりバカンス気分で浮かれている。


「ぐへへーっ、夏だぜ、海だぜ、旅行だぜ! って……インドア派のオレが浮かれているなんて相当なもんだぜ!」


 春近のセリフにルリも続く。


「ハルぅ♡ 夏だよ、海だよ、エッチだよ! 旅行が楽しみだねっ!」

「んっ?」


 ルリのセリフに疑問を感じた春近が止まる。


「あのぉ、ルリさんや……エッチは禁止だったような?」

「えっ、何のコト?」


 ルリ……もしかして、とぼけているつもりか――

 これは、忘れたフリしてなし崩し的にエッチに持ち込もうとする作戦だな。

 ルリって、たまに天然のフリして誤魔化そうとしている気がするし……

 そうはいかないぜ!

 いつまでもやられてばかりのオレじゃないぜ!

 今日こそ、エッチな漫画のヒロインみたいに『アンアン』言わせちゃるぜっ!


「ルリ! 勝負だ!」

「何だか知らないけど、受けて立つよ!」


 ガバッ!


 春近とルリが組み合った!

 二人は阿吽あうんの呼吸で密着し合い、よく分からない戦いの火蓋ひぶたが切られる。


「ううっ、凄く柔らかくて気持ちいい」

「ハルのエッチぃ♡」


 少し汗ばんだカラダからルリの匂いとシャンプーの香りがして、何だか頭がくらくらして力が入らない。


「だめだぁっ! このままでは、オレが『アンアン』言わされそうになってしまう!」


 力は強くなった春近だったが、ルリの強烈なフェロモンには全く太刀打ちできそうにはなかった。


「ふっふぅ♡ ハルぅ~ほーらっ、ペロペロしちゃうよ~っ!」

「うわぁぁーっ! やめろぉぉ!」


 組み合ったままで、ルリが春近の首筋や顔をペロペロし始める。

 本人たちは二人だけの世界に入っているようなのだが、傍から見たらバカップルがバカなことをしているようにしか見えない。

 人は猛烈に恋をすると、得てしてバカになってしまうものなのだ。

 ただ、バカなりに本当に似た者同士の気の合うカップルなのかもしれない。


「ああぁ、もうダメだ! 負けそうだぜ……」

「ハルぅ♡ もうこのまま私の部屋に連れ込んで『くっころ展開』ね!」

「や、やめろーっ!」


 もう、先日覚えたばかりのエッチ知識を実践しようとしているルリだった。

 授業の方の勉強はダメダメなのに、エッチの勉強だけは熱心なようだ。



「ちょっと、おにい! こんな場所で恥ずかしいことしないでよね!」


 二人だけの世界でイチャイチャしまくっている所に、少し怒った夏海の声が掛かる。

 実は、この二人……女子寮の玄関でイチャコラやっていたのだ。出入りする通行人が『また、やってる』といった顔をして通り過ぎていた。



「な、夏海」

「夏海ちゃん」


 サッ!

 二人はカラダを離す。


「ルリ先輩、おにいがエッチなコトばかりして困ったら、私に言って下さいね。私がおにいに注意しますから」

「えっと……そ、そうだね」


 予想外の声をかけられ、ルリが戸惑った。


「夏海……違うのに……いや、違わないけど、ちょっと違うのに……」


 エッチなコトばかりするのはルリの方だと言いたいが、妹に自分の彼女がドスケベですとは言い難い。



「それより、おにい! お盆は帰省するの? お母さんが帰ってこいって言ってたけど」

「ギクッ!」


 妹から帰省の話を聞き、春近は考える。


 マズい――

 帰省で思い出したけど、鬼になった件とか緑ヶ島移住の件とか、何も親に説明していなかった。

 やっぱり一度説明しないとマズいよな。

 どうしようか……



「ルリ先輩も来ます?」

「えっ、私も良いの~イクイクぅ!」


「は?」


 今、何か凄い会話が聞こえた気がしたけど。

 まさかな……


「ルリ先輩は、私の部屋に泊まれば大丈夫ですよ」

「えーっ、ハルの部屋が良い」

「それはダメです」

「ええーっ!」

「エッチ禁止です」

「ふふっ、やっぱり兄妹だね」


 どんどん話が進んでいた。


「おいっ、勝手に話を進めるな」


 話が決まりかけたところで春近が止めに入った。


「何よ、おにい。せっかくルリ先輩もご招待しようと思ってるのに」

「でも……」


 夏海のやつ、どんどんルリと仲良くなってるな。

 まあ、それは良いことなんだけど。

 ルリを実家に連れて行ったら……とんでもないエチエチな展開になる気がする。


 たぶんルリのことだから、『家族に見つからないように、こっそりエッチしよ!』とか言い出して、お風呂やキッチンやテーブルの下とかでイケナイコトしまくって、『ほらほらぁ、声出すと家族にバレちゃうよぉ♡』とかやりそうなんだけど……

 いや、絶対するだろ!


 だけど、ルリは家庭に事情がありそうだし、正月に帰省した時も凄く淋しそうにしていたし、心配だからオレが側にいてあげたいんだよな。

 はあぁ……ルリ……可愛くてエロくて……オレは一体どうしたら良いんだ……


 春近は、ルリのことばかり考えていて、鬼や緑ヶ島の件をすっかり忘れていた。



「じゃあルリ先輩、13日の朝に集合です」

「うん、分かった~」


 春近が妄想している内に、ルリも一緒に帰ることが決定してしまった――――




 彼女を連れて実家に帰るというだけでも凄いのに、更にその上に行くのがルリである。


「どどど、どうしよう……親に彼女を紹介するのか……」

「ハル、もう覚悟を決めて。結婚のご挨拶なんだから」

「そう、結婚の……って、えええっ! 結婚の挨拶だったの?」


 いつのまにかどんどん話が進んでいた。


「とにかく、ルリ、実家ではエッチなことしちゃダメだよ」

「フーっ、フーっ、ハルぅ♡ もう我慢できないよぉ」

「ええええっ!?」


 実家どころか、自室で二人っきりになったルリが完全に上気した顔で春近に抱きついてくる。

 密室で二人っきりの時点で気付くべきだったのだ。


「うわぁああっ! ちょ、ちょっと落ち着こうか」

「いやだもんっ♡」

「も、もっと健全な交際をだね……」

「だめぇええっ♡」

「も、もう、ルリはエッチなんだから」

「だって~」


 物欲しそうな蕩けた顔をして迫るルリが、春近には愛おしくてたまらない。


「ああぁ! ルリが可愛くて止められないぃ」

「ハル~っ、だいしゅき~♡」


 座っている春近の腰の上に向き合う形で座り、両足を絡めてガッチリとロックさせる。俗に言う『だいしゅきホールド』だ。

 もう完全に逃げられない完璧なポジションになってしまった。

 ただでさえ魅惑的なルリのフェロモンが、そこから数段上がる。


「ぬふふぅ♡ ハル、今日は私が満足するまで逃がさないからねっ!」

「ルリ、今日は負けないぞ! ヒーヒー言わせ……んんっ! ちゅっ、うぐっ……」


 春近が言い終わる前にキスで口を塞がれる。上に乗ったルリが体を揺すり、ムッチリとした柔らかさが体全体に伝わってくる。

 もう、それだけで全身を突き抜けるような感覚が襲い、限界を突破して気が遠くなりそうな感覚になった。


「す、凄い――――っ! ルリの凄まじいエロパワーで意識を持って行かれそうだ! だが、オレも鬼になり強くなったんだ! ルリには負けないぜっ!」


 ――――――――

 ――――――

 ――――



「ひぎっ、あっ♡ も、もう……ああっ♡ だめだめ……しゅごい……ら、らめえぇぇぇーーー!」

 ビックン、ビックン、ビックン!


 ルリが体を仰け反らせビクビクとカラダを波打たせた。


「勝ったのか? オレは……ルリに勝ったんだ! 遂に、エロの権化とも呼べるルリに!(ちょっと失礼)」


 何だかよく分からないが、ルリがぐったりと横たわる。


「はあっ、はあっ、はあっ……しゅごいよ~ハル~♡」

「ルリ、これで俺の勝――」

「じゃあ、二回戦行くよ!」

「えっ……」


 ルリは、とりあえず軽く五回戦と考えていた。

 春近は知ったのだった。

 ルリには絶対に勝てないのだと。

 そして、まるでアニメの最強キャラのような必殺技で激しく攻め立てられ、ヒーヒー言わされるのは自分の方だったのだと――――

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