第181話 重力の支配者は恥ずかしがり屋

 自動販売機で水を買い、一二三の傷口をすすぐ。

 擦りむいた肘の傷は小さいのだが、春近は自分のせいで怪我させてしまったと気にしていた。


「ごめんね……オレのせいで一二三さんに傷跡が残ったらどうしよう……」

「……傷物にされた……これは、春近が責任を取って結婚して一生面倒を見るべき……。反論は認めない。そういうルール」

「うっ、分かりました」

「……冗談のつもりだったのに……照れる……春近、真面目過ぎ……」


 一二三の冗談で二人の結婚が決まってしまったようだ。

 ただ、春近は嫁が多いので一夫多妻制になりそうなのだが。


 普段は無表情で感情を出さないように見える一二三だが、冗談の求婚に本気で返されてしまい、誰が見ても分かるほど顔を赤くして動揺している。

 ちょっと困らせてやろうというイタズラだったはずなのに、予想と違う返答がきて完全に自爆してしまったみたいだ。


「……春近のバカ……エッチ……でも、お願いします……」

「えっと、そうだね……じゃあ、戻ろうか」


 二人は商店街を抜け学園へと歩いて行く。

 事故現場は誰も怪我人がいないようなので、後は警察にでも任せておくことにした。



「しかし、あのトラック危なかったな。飲酒だろうか? あのトラックを止めたのって一二三さんなの? 何か中二っぽい必殺技を言ってた気がしたけど」

「……超重力弾グラビティバレット……大天狗の神通力で重力を操った」

「す、す、すげぇぇぇえっ! 重力を操るなんて凄い強キャラ感。かっこえぇぇ!」

「……そう、私は強い……。でも、春近が私を守ろうとしてくれたのは嬉しい……とても嬉しい……」

「一二三さん……」


 一二三は思っていた。

 人間というのは非常時にこそ本性が出るものだ。

 普段は優しいと評判の人が、非常時になったら他者を置き去りにして自分だけ逃げてしまうなどという話は枚挙まいきょいとまがない。


 あの時、春近は自分を盾にしてでも私を守ろうとして咄嗟とっさに動いていた。

 前にイジメを受けた時も、春近は何も考えずに飛び込んで来て庇ってくれた。

 この男は、損得で動いているのではない。

 バカ正直で優しいだけなのだ。

 そんな男だから、好きになってしまったのだ。


 男が苦手だった私が初めて好きになった人――

 私の目に狂いはなかった――


 ただ、ちょっとエッチで……彼女が何人も居るハーレム王なのだが。


 そこまで考えて、一二三は繋いでいる春近の手をギュッと強く握って、少しだけ不満そうな顔になった。

 春近は驚いた顔をして手を握り返す。


 まったく、私のこのモヤモヤした気持ちを何も分かっていないのだ。春近が他の子とエッチなことをしている時に、私がどんなに寂しさや嫉妬心でモヤモヤしているのか、私がどれだけ春近のことを思って毎日ウズウズしているのかを。


「むうぅ……っ、春近のバカ、エッチ……」

「ええっ、やっぱり怒っていらっしゃる?」


 やっぱり怒っているのか喜んでいるのかよく分からない一二三と、手をつないだまま学園の寮へと入って行った。


 ――――――――




「はい、これで大丈夫です」


 応急セットで肘を消毒して絆創膏を貼ってもらい、一二三は春近のベッドに腰かけている。


 実のところ、大天狗の力を持つ一二三は一般人より格段に身体能力が高く、簡単に受け身を取ったり避ける事も可能だったのだが、あの時は反対側の歩道に居た歩行者を助ける為に神通力を使うのに集中し、少しだけ受け身に失敗したのだ。

 いや、それもちょっと違うのかもしれない。

 敢えて怪我をして春近の部屋に行って手当してもらうのも、あの一瞬の間に頭の隅で考えていた。



「傷が小さくて良かった。一二三さんの綺麗な肌に傷が残ったら大変だから」

「……問題ない、私は傷の治りも早い……」

「そうなんですか」


 春近がベタベタと一二三の腕を触る。


「……触り過ぎ……エッチ」

「うわっ、ごめん」


 一二三は、さっき買ったばかりのドラッグストアの袋の中身を指差す。

 例のアレが入っている袋だ。


「……もう、一箱無くなるくらい、たくさんエッチしたの……?」

「えっ、あの…………っ」

「……やっぱり春近はエッチ……」

「うっ……」



 春近は考える。


 一二三さん、やっぱり怒ってるのかな?

 あんなの買ってるところを見たら、俺が他の子とばかりエッチしているように思っちゃうよなぁ……


 ぴとっ――――


 怒っているのかと思えた一二三だが、春近の隣に来てカラダを寄せてくる。

 むしろ行動は完全に甘えモードだ。


「えっと」

「……春近は、もっと私を甘やかすべき……」

「えっ?」


 まてよ!

 この一二三さんの表情。

 あまり表情や喋り方に変化が出ないから分かり難いけど、この微妙な表情の変化は『好き好き大好きお兄ちゃん』モードだっ!


 ※春近が適当なことを考えているように見えたが、大方の予想を裏切り実は大体当たっていた。実際に一二三はアニメのお兄ちゃん系キャラに甘えるような感じに好き好き大好きモードに入ってしまっているのだ。



「ひ、一二三さん」

「……えっ」


 春近は一二三を後ろからギュッと抱きしめて、安心感を与えるように優しく包み込んだ。。

 そして、そのまま一二三の顔を覗き込むと、軽くくちびるが触れるだけのキスをする。


「ちゅっ、ちゅっ……」

「んっ…………」


 一二三は表情には殆ど出していないが驚愕きょうがくした。

 自分の考えていたことが、そっくりそのまま春近にされたのだ。

 まるでテレパシーのようなもので伝わってしまったかのように。

 もう、完全にハートを撃ち抜かれてしまった。


「…………ズルい……もう、最後まで責任を取ってもらう……」


 春近の胸に顔を埋めながら、いっぱいいっぱいになっておねだりをする。


「で、でも、今日は午前中に……」

「……大丈夫、春近は性欲が強すぎるから、少し弱ってるくらいが安心……」

「えええっ、オレってそんな性欲強そうに見えてるの?」


 いや、待てオレ!

 もしかしたら……

 普段、ルリたちのような性欲絶倫つよつよエッチ女子に囲まれているから誤解しているけど、本当はこれが普通なのかもしれないぞ。

 そうなんだ、きっとルリたちがエッチ過ぎるだけなんだ。

 

 もう、ルリが聞いたら怒りそうな考えを経て、春近は何とか結論に達した。


「一二三さん、行くよ」

「覚悟は出来ている……」


 ――――――――




 春近の胸に抱かれながら一二三は眠る。

 まさか自分が男性とこんなことをするなんて想像もしていなかった。

 昔から男子が苦手で避けてきたのだから。


 それなのに……男と抱き合っていて、こんなに安らかな気持ちになるなんて――



「んんんっ……これで魂の契約は結ばれた……解約は不可能、死あるのみ……というシステム」

「ちょっと、何処かで聞いたようなフレーズ。それ流行ってるの?」

「……和沙が決めたらしい……ふふふっ……」


 春近の胸で笑う一二三は誰が見ても分かるような素敵な笑顔になっていた。

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