第161話 運命の契り

 春近とルリは駅までの道を手を繋いで歩く。


 二人共、逸る気持ちを抑えるように歩き続け、繋いだ手が熱く火照っているようだった。あと三つ信号を抜けると駅という所で、ふいにルリが思い出したように呟いた。


「ねえ、ハル……まだ午前中だよね」

「うん……」

「夜は、まだずっと先だよ……」


 そう――――

 登校して始業前に春近が妹に和沙たちを紹介し、アリスに周囲に不穏な動きが有るという情報を聞き、教室でルリがいないことを知って飛び出して来たのだ。

 まだ時刻は昼前であり、夜はずっと先だった。


 春近は、ルリを泣かせた陰陽庁のオッサンが許せず、柄にもなく激怒して喧嘩してしまったり、ルリに再び情熱的な愛の告白をしてしまったことで、気持ちが極限まで昂ってしまっていた。

 ルリの方も、悲しい過去を掘り起こされ泣いた後に、春近が助けに来てくれた上に情熱的な愛の告白をされ、これまた完全に気持ちが高ぶっていた。


 今、二人は完全に熱愛モードなのである!


 二人はどちらともなく駅に向かう道から逸れ、ホテルが立ち並ぶ脇道へと入って行った。

 まるで運命の輪にでも導かれるように、自然に水が流れるように何の淀みも無く。




「は……入ってしまった……大人な場所に……」

 春近が呟く。


 そう、昂った二人は、自然な流れてホテルに入ってしまったのだ。

 これは一大事である。


 今、春近はかつてない程の緊張感で頭が真っ白だった。



 も、もう、後戻りはできない。

 男なら、ここでキメなければ。

 やっぱり、男のオレからリードしないと。

 先ず、どうするんだ?

 シャワーなのか?

 マズい……手順が分からん。

 どどどど、どうしたら良いんだぁああっ!



 ふと、春近がルリを見ると、普段の超積極的な彼女ではなく、静かに火照った顔と熱い瞳で見つめていた。


 何も言葉は要らなかった――――

 いや、出なかったと言うべきか……

 春近は、吸い寄せられるかのようにルリに近付き、少し薄暗い室内照明で照らされた二人の影が重なり合い、キスをしたままベッドに倒れ込んだ。



 然者しからば天之御柱あめのみはしらめぐひて、みとのまぐはひむ――――


 太古の昔、オノゴロ島に降臨したイザナギとイザナミは天之御柱を周り御陰みとの交わりをした。

 イザナミは、『私には足りない処がある』、イザナギは『私には余っている処がある』と述べ、余っている処で足りない処を塞ぎ国を生んだのだった。

 まるで、お互いの足りない部分を補い合うかのように――



 春近は、ルリの白く滑らかな玉のような肌の海に溶けて行くような感覚に浸った。

 それは細胞レベルで溶け合い、二人の境界が曖昧になり遺伝子まで混ざり合うような、体の中までルリの感覚に侵食されて行くような……

 春近には、ルリの全てが愛おしく思えた。

 瑠璃色に輝く宝石のような瞳も、燃えるように赤みがかった髪も、大きく張りのある柔らかな胸も、少し間の抜けているようで落ち着いた甘えた声も、ルリの全てが愛おしく大切な存在に思えていた。


 やがて絶頂へと到達した二人は、荒い息で胸を上下させながら心地良い余韻に浸る。手を繋いでベッドの海に浮かぶかのように漂いながら。


「えへへっ、しちゃったね」

「うん」



 ルリは、初めて自分の存在が許されたかのような気持ちになっていた。

 幼い頃から恐ろしい鬼だと偏見の目で見られてきたルリが、ありのままの自分を全て受け入れ愛してくれる存在が、これ程の勇気と優しさと肯定感を与えてくれるのだと思い知った。


 消し去ることのできない心の傷も、ハルと一緒なら少しずつでも癒して行ける――――

 そう思えた。



「うふふっ♡」


 ルリがふざけて春近の上に乗ってくる。

 少し汗ばんでシットリと湿った肌が、たまらなくエッチな感じを際立たせていた。


「ハルぅ~っ♡」

「ルリったら甘えん坊だね」

「えーっ、ハルの方が、いつも私のおっぱいに甘えてくるくせに」

「うっ、それを言われると……」


 ルリの顔が、最初の期待と不安が入り混じったようなものと違って、いつものイタズラな目つきになって覗き込んでくる。

 一度成し遂げてから余裕が生じているようだ。


「ルリ、大好きだよ」

「ハルーっ! 嬉しい! 私も大好きぃ♡」


 むちゅー!

「はむっ♡ ちゅっ、ハルぅ~だいしゅき~♡」


 いつものように激しいキスの嵐がやってくる。

 深く繋がり合った二人には、体も心も幸せで満たされて行くようだ。


「ねえ、もう一回しよ」

「えっ、でもルリも初めてだったし、体のことを考えて止めておいた方が……」

「大丈夫! 私、頑丈だから!」

「いや、そういうことでは……」


 …………

 ………………

 ……………………



 結局、三回もしてしまった――――


 春近が多少ふらつく足取りで建物を出るが、ルリは回数を重ねる毎に元気になったように見える。

 今は、幸せそうな顔で春近の腕に抱きつき寄り添っている。


「ふっ、太陽が何かそれっぽく見えるぜ! さらば、オレのドーテー王伝説……」

「ハルってば、相変わらず変なの。そんなコト言ってるから、渚ちゃんや天音ちゃんを興奮させちゃうんだよ」

「あっ……」


 渚や天音の名を聞き、春近が固まる。


「そ、そうだ、今日のことが渚様や天音さんに知られると、なんか恐ろしい事態になりそうな気がする……。急に不安になってきたぞ……」


 あの嫉妬深くデレが激しい彼女たちだ。恐ろしいことになるのは間違いないだろう。


「やっぱり、渚様は怒るかな?」

「ハル、大丈夫だよ! 私に任せて!」

「ルリ……」

「渚ちゃんには、いっぱい自慢しておくから」

「それ、ダメなヤツぅぅぅぅぅぅ!」

「うふふっ♡」




 通りに出ると、再び車の騒音や商店や道行く人の雑踏が聞こえてくる。

 二人が駅に向かって歩くと、ルリのこの世の者とは思えない程の妖艶な容姿と雰囲気に誰もが振り返る。


 初めて会ったあの日も、同じように周囲の視線を集めていた。あの時と違うのは、二人が強い絆で結ばれていることだ。



 ルリ――――

 オレはルリが大好きだ。

 これからもずっと守って行きたい。

 ずっとルリが笑顔でいられるように、一緒に歩いて行きたい。


 ハル――――

 大好きだよ。

 いつも私がピンチになると助けに来てくれる。

 いつも私に勇気をくれる。

 ずっと一緒に居たい。

 離れたくない。



 二人の仲睦まじい姿は駅の雑踏の中に消えて行った――――

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