第162話 ラブラブな関係

 新しい朝を迎えた春近は、部屋の窓を開けて五月の風を入れ空気を吸い込んだ。


 昨日は、そのまま学園に戻るのが照れくさくて、駅のベンチで寄り添って座りイチャイチャしまくったのだ。手を繋いだり見つめ合ったりキスをしたりと、完全に二人だけの世界に入ってしまって、結局授業はサボってしまう。


 夕方になってから、こっそり学園に戻り寮に直行して寝てしまう。

 スマホには皆からのメールが来ていたのだが、どう返信して良いのか悩んでそのままにしてしまった。


 爽やかな朝の陽射し風を浴びながら、春近は内心滅茶苦茶動揺していた。


「ど、どどど、どうしよう……どんな顔してルリに、皆に会えば良いんだ……!? 皆のメールにも返信してないし……ここはなるべく普通に……自然な感じに……。でも、ちゃんと説明もしないとダメだよな……」


 そんなことを言いながらも、ルリとの熱い一時が忘れられず顔がにやけてしまう。


「つ、遂にやってしまった。ルリと…………。ふ、フオォォォォォォオ!」


 変な雄叫びを上げる春近が、再び冷静になる。


「しっ、しまった……あまりの興奮で取り乱してしまった。落ち着け、オレ! こんな変なテンションだと皆にバレバレだ。平常心だぜ!」


 窓を閉めベッドに座って深呼吸する。


「しかし、あの陰陽庁のオッサン、ルリを泣かせるとか許せねぇ。もしかして、ルリは今までもアイツみたいなヤツから、酷いことを言われてきたのかもしれないな。これからは、オレが守っていかないと!ルリの笑顔はオレが守る!」


 ビシッ!


 ――――――――




 春近が教室に向かって廊下を歩いている途中で、いきなりルリと咲にバッタリ会ってしまう。

 平常心でいる予定だったはずだが、やっぱり慌てて変な感じになってしまう春近だ。


「お、おは、おはよう……」


「おはよう、ハルっ」

「おはよ……」



 すぐに春近は二人の表情の違いに気づいた。


 何だろう?

 満面の笑みのルリと比べて、咲がジト目でオレを見ている気がする。

 もしかして気付いているのか?

 どうしよう……ルリと対応を話し合っておくべきだった。

 昨日は、ずっとイチャイチャしっぱなしで、皆にどう説明するか決めてなかったんだよな。


「ルリ、昨日のことだけど……(ぼそっ)」

 春近はルリに耳打ちする。


「えっ、昨日のことって何?」

「えっと……だから……」


 えっ、忘れてる? いや、もしかして、全部オレの妄想だったのか?

 夢オチなんてのじゃないだろうな?

 そ、そんな……


「ぷふっ、あはっ。ごめんごめん、冗談だよハル」

「ええええっー」

「もう、ちゃんと覚えてるよ。忘れるわけないじゃない」

「ううっ、からかわないでよ」


 ルリはニコニコと楽しそうに笑っている。

 そして、その横で咲が――――


 すっごいジト目で睨んでいいらっしゃる!


「あの、咲……あのさ……」


 春近は、それとなく咲に声をかける。


「全部ルリから聞いてる」

「あっ、そうなんだ」

「じいぃぃぃぃぃ――――」


 うっ、凄い睨まれてる……


「えっと、咲……」

「いいよ。最初がルリならしょうがない」

「咲……」

「ルリにも、おめでとうって言ったし。次は、アタシも愛して欲しいし……」

「うん」


 咲が渋々と言った感じで話す。きっと最初がルリならば納得できるのだろう。

 ただ、当の本人であるルリは、咲に抱きつきながら爆弾発言をする。


「そうだよね! 咲ちゃんも今すぐエッチしよう! ハル、頑張って!」

「まてまて、アタシも心の準備が……」

「早い方が良いよ! ほら、『性は急げ』って言うし!」

「だめだめだめ! ヤバいって。まだ色々と準備が……てか、これから授業あるだろ」


 そんな二人に春近はとりあえずツッコミだけ入れておく。

「ルリ、そんなことわざは無ぇ」


 ルリがいつも通りで良かった……

 でも、夢じゃなかった。

 まるで夢のような体験だったけど、オレとルリの大事な思い出だから。

 あっ、ルリと目が合ったらニコッと笑いかけてくれた。

 こんな些細な事でも凄く嬉しい。


 幸せに浸る春近の隣に咲がやってきた。


 つんつん――――

 咲に脇腹を突かれる。


「ん?」

「おいハル、事情は知ってるから、べつに怒ってないし。ルリを助けに行ってくれてありがとな」

「うん」

「でも、何でメールに返信くれないんだよ」

「いた、いたた」


 ツンツンしていた咲の指が脇腹をつねってくる。


「あと、アタシも愛して欲しいし……ううっハズいだろ♡」


 恥ずかしそうな真っ赤な顔をして、腕に抱きついてくる。

 こういう時の咲は反則的なまでの可愛さだ。


「うん、分かってる……はあっ~やっぱ咲ってすっげぇ可愛いな。くっ、こんな可愛い子がオレの彼女とか夢のようだぜ」


「かっ、かわっ、もうっ! ハルって、そんなコトばっか言って誤魔化されないからな」


「しまった……また心の声が漏れまくっていた……」




 三人で甘々な感じのまま教室に入ると、皆が集合して待ち構えていた。


「ルリちゃん、連れ去られたって聞いたけど大丈夫なの? 心配したんだよ」


 真っ先に天音が駆け寄ってきた。


「天音ちゃん、私は強いから大丈夫だよ。あんなオッサンぼっこぼこだよ」


 ルリは、天音に笑顔で答えるが、泣いてしまったことは隠していた。

 しかも実際には、ぼっこぼこにはしていない。



「本当にルリが無事戻れて良かったよ。ルリに何かあったら思うと心配で心配で」


 そう話す春近に、ルリは熱のこもった顔で見つめ続ける。


「ハル、ありがとね」

「ルリ……」

「ハル……」

「ルリ」

「ハル」


 二人が熱い瞳で見つめ合い、まるで隔絶された二人だけの空間で心が通じ合うようになってしまう。


「やっぱり、噂は本当だったのね」


 隔絶された空間結界を一瞬で解除するかのように、渚の一言が天地を切り裂くような勢いで放たれる。

 一瞬で彼女の威圧感が常時の100倍程に急上昇した。

 余りの凄まじさに遠くから成り行きを見守っていたクラスメイトたちまで、今にも気絶して倒れそうな感じになっている。


「えっ、あの、渚様……怒ってます?」


 春近は渚の威圧感をまともに受けながら、周囲の状況を確認した。


 マズい、予想はしていたけど、実際に怒った渚様が予想の遥上を行く迫力だ。

 あいちゃん、横で面白そうにニコニコしてないで、渚様を止めてくれよ。


 後ろの方でクラスメイトと一緒にいる藤原が苦しそうにのたうちながら、『土御門、何とかしてくれ』みたいなジェスチャーをしている。


「怒る? あたしは怒ってないわよ。ただ、自分の不甲斐なさに腹が立っているだけ。やっぱりアリスの言う通り、押すだけじゃダメだったようね」


「渚様、やっぱり怒ってるじゃないですか」


「だから怒ってないって言ってるでしょ! 怒るわよ!」


「もう怒ってますよ……」


 どうする、この危機を何とかせねば。

 このままではクラスの皆まで渚様の鬼神の如き威圧感で昇天してしまう!

 何とかしなくては……

 もう、渚様への直接攻撃しかない!

 やってやんよー!


 春近は最終手段に出た。

 そう、この一見恐ろしく見えるドS女王娘は、実はチョロ……可愛いところがある素直な少女なのだ。


「渚様! 抱きっ!」


 春近は、敗戦確実の関ケ原の戦いにおいて、決死の覚悟で敵陣中央突破を仕掛けた島津義弘しまづよしひろのように、勇猛果敢に渚の胸に飛び込んだ。まさに捨て身の渚本陣ハートを突く作戦だ。


「渚様! 大好きです! ぎゅぅ~」

「は、はっ、はるっ、春近!」


 そのまま強く抱きしめて、優しく頭をナデナデして、更に渚の顎をクイッと上げてキスをした。


「あむっ、ちゅっ……」

「んんっ、ちゅちゅっ……」

「渚様、ちゅっ……」

「んぁ♡ ちゅっ♡ あふっ♡」


 熱烈的なキスで返す渚。思い切り舌を絡ませねちっこいキスをしている。


「んぁあっ♡ 春近ぁ♡ ぷはっ、もう、春近ったら、し、仕方がないわね! 許してあげるわ」


 教室内を恐怖のどん底に突き落としていた威圧感は瞬時に消え失せ、そこにはデレッデレになって甘えた渚だけが残った。

 春近の胸に顔を埋めてスリスリしている。


「もうっ、春近ったらしょうがないわね♡ そんなにあたしが好きだなんて♡ ふふっ、大好きよ。このこのぉ♡」


 まるで別人のようなギャップに、春近もホッと胸をなでおろした。

 あいが『この子、けっこう単純でしょ』って顔をして、杏子が『この人って実はチョロインですよね』って顔をしている。


 こうして二年A組の危機は回避されたのように見えた――――

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