第160話 あの日の約束

 高級車の快適な車内後部座席で、ルリはすこぶる不機嫌になっていた。

 何しろ、よく分からないオッサンに呼び出されたかと思えば、意味不明な話を聞かされているのだ。

 今すぐにでも車のドアを破壊して飛び出し、ハルの居る学園に戻りたい気分になっている。


 大津審議官は相変わらずブツブツと長い話をし続けている。


「つまり、鬼は古来より人々に害をなし恐れられ、それを陰陽庁の前身である陰陽寮がだな……」


 くだらない……

 昔からそうだ、望んだわけでもないのに持って生まれた鬼の力のせいで、勝手に恐れられ化け物と呼ばれ嫌われる。

 こんな力を持ったばかりに、世界から異物として排除されそうになる。

 この男もそうだ、口では正義とか市民の為と言ってはいるが、実際は自分の理解出来ない物を排除したいだけなのだ。

 理解出来ないのなら放っておいてくれれば良いのに、自分の理解出来ない物を排除したがる人の何と多い事か……


「楽園計画などと呼んでいるが、人間に害をなすかもしれない者達を自由にさせておくのは危険すぎるのだ。だから、君達自ら施設に入り保護されるべきだと思わんのかね?」


 この男の独演はまだ続いていた。

 昔の様に黒い感情に流されそうになる。


 ハルを愛する気持ち……それだけがルリの心の拠り所として繋ぎ止めていた。

 もし、ハルが居なかったのなら、周囲から嫌われ続け疎外され続けていたら、本当に爆発して恐ろしい鬼になってしまったのかもしれない。

 でもそれは鬼だけじゃない、何の力も持たない人でも……同じように疎外され続けたら……きっと誰でも同じようになるはずだから……


「あの、土御門長官のお孫さんの春近君だったかな?」

「はっ!」


 この男の口から春近の名前が出た事で、ルリの感情が一気に現実に引き戻される。


「その春近君にも迷惑が掛かると思わないのかね?」

「……めて…………」

「春近君の人生を台無しにしてしまうかもしれないんだよ」

「やめて……やめて……」

「そう、君の御両親のように」

「や……め……て……」

「君の御両親も、君の恐ろしい鬼の力のせいで大変な苦労をされて、散々酷い目に遭って来たのだから」

「あ……ああ…………」


 なんで……

 なんでそんな事を思い出させるの……

 あの優しかったお父さんとお母さんが……

 いつからか私を怖がるようになって……

 家族はバラバラに……

 もし、ハルまで私を怖がるようになったら……


 ルリの顔面が蒼白になって震える――――

 今、心を繋ぎ止めているハルが居なくなってしまったら――――

 もう私はダメになってしまうかもしれない――――



「だから、楽園計画なと中止して、誰も他所の人がいない施設で、同じ鬼達と一緒に静かに暮らすべきなんだ」

 ふっ、あと少しだ。

 私の説得で、社会から脅威を排除して市民の安全を守るのだ。

 私は、市民を脅威から守る正義の執行者になる!



「私は……ハルを……不幸に……」


 玉藻前の精神攻撃にも耐えたルリだったが、この男のハルの人生が台無しになるという発言で、心に迷いが生じてしまった。

 もし、ハルが両親と同じように自分を怖がるようになったら、もしハルが自分と付き合った事を後悔するようになったら、そう思ったら怖くてたまらなくなってしまうのだった。


 私は……どうしたら……ハルを信じたい……でも、もしハルに嫌われたり後悔させる事になってしまったら……



 その時、ハルの声が聞こえた気がした――――


 ルリぃぃぃ――――

 ルリぃぃぃ――――


 気のせいじゃない!

 聞こえる!

 ハルの声が聞こえる!


「ルリぃぃぃぃぃぃ!」

「ハル!」


 クルマの窓から外を見ると、バイクの後ろに乗ったハルが並走しながら叫んでいる。


「ハル! ハルだ! ハルぅぅぅぅぅ!」

 ルリはクルマのリアウインドウを開けて叫んだ。


「おい! 何だあれは! 振り切れ!」

「ダメです、危険なので止まります」

 大津が運転手にバイクを振り切るよう命令するが、運転手は安全を重視して脇に停車させた。



「ルリ!」

「ハルぅぅぅ、うわぁぁぁん」


 ルリは停車したクルマから飛び出してハルと抱き合う。

 涙で顔がグシャグシャだ。


「ハル……私と一緒だと、ハルに迷惑が……」

「なっ、誰がそんな事を!」

「だってだって……」

「俺がルリを嫌いになるわけないだろ! 迷惑なんて思ってないから!」

「でも……もしかしたら将来……」

「俺はルリが大好きなんだ! ずっと一緒に居たい! あの時言っただろ! オレはずっと一緒だって! 絶対に離れないって!」


 ルリの心に、あの時の約束が甦る。

 あの雨の日――――

 あの橋の下で――――

 泥だらけで抱き合って誓い合った日の事を――――


 そうだ、あの時ハルは約束してくれたんだ……

 すっと一緒だって……

 どうして私は疑ってしまったのだろう……

 ハルを信じたい……いや、信じる!


 ルリはハルと抱き合い、肌と肌の境界線が無くなるのではないかと思うくらい強く密着した。

 黒百合は『やれやれ』と言った感じの顔をして眺めている。



「おい、何だ君は? 失礼だろ!」

 大津が車内から春近に怒鳴っている。


「は? 失礼? 失礼なのはどっちだよ!」

「何を言っているか! 私は公共の正義の為にだな!」

「何が正義だ! 女の子に酷い言葉を投げつけるのが正義のはずがねぇだろ!」

「黙らんか! 私は陰陽庁としての重要な責務があるのだ!」

「大好きな女の子を酷い言葉で傷つけられて、黙ってられるわけないだろが! このタコ! いくら陰キャなオレでもイキっちまうぜ!」

「タコとは何だ失礼な!」


 春近と大津の口喧嘩は留まる所を知らない。


「だから、私は正義の為に楽園計画を中止させ脅威を排除させようとだな!」

「なっ……」


 コイツが反対派のボスなのか?

 どうする? どうしたらいい?


「ハル、ちょっと退いてね。あと、黒百合ちゃん、ハルの目と耳を塞いでて」

「分かった。任せろ。ふんす!」

「えっ、何?」


 黒百合が春近の顔を自分の胸に押し当てて強く抱きしめる。

 そして、両手で春近の耳を塞いだ。


「んんっー、んんっー!」

 春近は黒百合の胸で窒息しそうになる。



「おい、何をする気だ? やめろ、近寄るな!」


 ルリが車に乗り込み、大津に近付く。

「本当ならぶっ飛ばしたいけど、これだけで許してあげる」


 ルリが呪力を発動させた――――


 ――――――――――――――――




 春近はルリと手を繋いで歩いている。

 黒百合はバイクで先に帰して、二人で歩いて駅に向かっていた。

 強く手を繋ぎ見つめ合う。

 繋がっているのは手だけではなく、心まで強く繋がっている気がする。


「ルリ、あの人は帰しちゃって大丈夫かな?」

「ハル、もう大丈夫だよ。あのオッサン、私の呪力を警戒してあの変なバトルスーツを着ていたみたいだけど、あんなオモチャで私の呪力が防げるわけないのに」


 ルリは少しだけ呪力を使って大津の記憶を書き換えた。

 楽園計画反対派のところを容認派に、今日のトラブルを無かった事にして説得され容認派に回った事に。

 ついでに運転手の記憶も一緒に。

 この呪力は、初めてハルと会った時に使った事で、その後ろめたさから封印していたのだが、今回は余りにもあのオッサンが面倒くさかったので使う事にしたのだ。



「ハル、そんなのどうでもいいから、今晩は一緒に寝よ?」

「う、うん……」

「いいよね……」

「うん……」


 二人の間に暗黙の合意のようなものが交わされ、学園までの道のりを上気したまま歩いていた。







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