第五章 楽園に続く道

第126話 大晦日

 年末も差し迫った十二月三十日。

 時計は、あと少しで午前零時を指し、大晦日になろうとしていた。

 寒波の到来で、北風がガタガタと窓を打ち付け、外は凍えるような寒さになっている。


 しかし、ベッドの中の春近は、まるで春を過ぎ初夏の到来のように熱々さだ。其れも其のはず、ベッドの中では裸のルリと咲が両側から春近に抱きついているのだから。



 九州から戻ってからというもの、昼間はアリスの忠告を聞いてかエチエチ攻撃は減ったのだが、夜になるとこうして部屋に来てはベッドに潜り込んでくる。以前からルリが布団に潜り込んで来ることはあったのだが、今では咲まで同じように夜這いして来るようになってしまった。



 長野の一件で、咲の好き好きゲージが最大を振り切れてしまい、大好き無限大で誰にも止められないのだ。



「ハルぅ♡ しゅきしゅき大好き~ぺろぺろ~」

 ルリが首筋をペロペロチロチロと舐めている。


「ハル、だいぶ傷が治ってきたな。良かった、アタシのせいでハルに傷が残ったら責任感じちゃうから。ちゅっ、ちゅぱっ」

 咲が顔を覗き込んできて、あの時の傷を見ている。ついでに隙をついてキスをしまくる。


「あ、あの、もうそろそろ寝ようか」

 この状況に限界を感じている春近が言う。


「いや! まだまだ全然足りないよ。石集めに行ってた時は、ずっと我慢していたんだから」

「そうだそうだ、ずっと我慢してたんだぞ」


 ずっと我慢していたと主張するルリに、咲も同調する。二人共、車の中や旅館でチュッチュチュッチュしまくって、三善や遥の顰蹙ひんしゅくを買ったことを忘れているようだ。


「でも、もう遅いし。そろそろ寝た方が……」


 そんな春近の主張はスルーされ、ルリと咲のラブラブ度がグングン上がってゆく。


「ハルがエッチしてくれないのが悪いんだもん。こんなに好きにさせておいて」

「そうだぞ、ハルが悪い。こんなに好きにさせた責任を取ってもらわないとな」


 ルリが、脚を絡めて抱きついてきた。

「ううっ、おっぱいが……」

「ハルの大好きなおっぱいでちゅよぉ♡」


 咲の手が、危険なところに伸びる。


「ハル、こんなになってんのに、まだ拒めるのかよ。へへっ♡」

「さ、咲、そこは反則だって! 放してくれぇ……」


 二人同時に両側から攻めつづめ、春近の限界が近くなると攻撃を緩め、そして再びダブルエチエチ攻撃を加えるという繰り返しだ。

 まるで、精も根も尽き果てるまでして登り切った山の向こうに新たな山が見えてくるという、際限なく二人から攻撃を受け続けるエチエチ無間地獄のようである。


「ううっ、もう許してー!」


「だーめ、許さないよ! ハルが責任取って結婚してくれるまで許さな~い」

「そうだそうだ、ハルがアタシと結婚してくれるまで絶対許さないからな」


「重婚は法律で禁止されてるからぁぁぁ!」


 こうして、春近の身悶えと共に夜は更けて行った。


 ――――――――




 チュンチュンチュン!


「ふっ、朝か……今日は大晦日か、今年もあと少しで終わりだな……」


 春近は目を覚ましたが、賢者タイムではなく悶々タイムだ。

 結局、殆ど眠れなかった。


 布団を捲ると、ルリと咲が幸せそうな顔をして気持ちよさそうに寝ている。


「むふ~ハル~」

「ハルは王子しゃま……」


 二人同時に寝言が出て、思わず笑ってしまう。

「ぷっ、なんだかな」


 昨夜の激しいおねだりも、この顔を見たら全部許せてしまう。

 この幸せそうな顔を、ずっと守っていきたい。

 心からそう思った。



「結婚か……」


 好きな子と結婚して幸せな家庭を築く。

 春近にも、ぼんやりとした憧れはあった。しかし、ニュースやネットで泥沼離婚やゲス不倫などのニュースを見ていると、理想は脆くも壊され憧れも打ち砕かれそうになる。



 どうして愛し合って結婚したのに、簡単に裏切ってしまうのか……

 愛なんて幻想なのか……

 人の心なんて簡単に変わってしまうものなのか……

 愛とか言ってるオレが変なのかと……


 しかし、それでも春近は憧れている。

 好きな人と結婚して、穏やかな愛の暮らしができたのならと。


「でも、一人しか結婚できないんだよな……」


 春近が最後の一線を超えないのには理由があった。


 学園に入ってから、春近の事を好きになってくれた子は大勢いる。春近が望むのなら、いくらでもエッチし放題だろう。

 だが、最終的に選ぶのが一人だとしたら……選ばなかった子の心を深く傷つけてしまうのではないのか?

 そんな事を考えていると、どうしても一歩が踏み出せないのだ。

 

 オレの考えが固いのか……変なのか……。同い年の陽キャのヤツらは、もっと簡単に付き合ったりヤったりしてるけど――


「大丈夫、もうすぐだよハル……」


 んっ?

「ルリ……今何か言ったような? 寝言かな?」


 ルリは静かに寝息をたてているように見えた。


 ――――――――






「春近! 今夜は歌番組を見ながら年越し蕎麦を食べて初詣に行くわよ!」


 渚がハイテンションで年越しイベントを告げる。

 昼過ぎになって、渚とあいと天音が部屋に押し掛けてきたのだ。


「いいね、私やりたい!」

 昨夜から入り浸っているルリが真っ先に賛同する。


「酒吞瑠璃、珍しく意見が合うわね」


 ルリに対して普段から永遠のライバルっぽいことを言っている渚だが、最近は特に仲が悪いわけではなくじゃれ合っているだけのような気がする。



「でも何処でやるんですか? オレの部屋は十四人も入らないですし」

 ノリノリの渚に、春近はそう告げる。


 学園の寮は一人部屋だが、その分部屋が狭くなっているのだ。今現在集まっている六人でも狭く感じる。


「そんなの春近が考えなさいよ。あたしと一緒なら何処でも嬉しいでしょ」


 相変わらず自信満々の渚だ。たまに寂しくて泣いちゃったり、不安になって抱きついてきたりするのだが、そこは言わないでおく春近である。


「はるっち、みんなでくっついていれば良いんだよ~」

 あいが、いつものように春近の首に腕を回して密着する。


「でも、さすがに十四人全員集まると身動きできないと思うよ?」


 真面目に受け答えしているように見える春近だが、密着しているあいの艶やかな褐色の肌や胸の谷間が気になっていて、気付かれないようにチラ見していた。


「おいハル、あいの胸ばっか見てんなよ」

 速攻で咲にバレた。

 咲は胸のことになると、とても敏感なのだ。



「ベッドの上に数人座れば何とかなるでしょ。あたしは春近の上に座るけど。じゃ、決まりね」

 渚は強引に決めてしまう。


「そうと決まれば買い出しに行くわよ!」

 もう決定とばかりに、手分けして準備に取り掛かっている。


「じゃあ、オレは部屋を片付けて少しでも広くしておきますよ」



 準備の為に皆が一旦部屋を出て行く。春近が片付けをしようと立ち上がったところで、部屋の隅に天音が残っていることに気付く。


「えっ、あれ? 天音さん?」


 いつものテンションは鳴りを潜め、天音は部屋に来てから一言も喋っていなかった。


「大丈夫ですか? 少し顔色が悪いような?」

「ハル君……大丈夫だよ……いや、大丈夫じゃないかも……」

「天音さん、やっぱり体調が……」

「あんっ♡ はぁっう♡」


 ビクッビクッ!

 春近が天音の肩に触れると、突然痙攣したように天音の体がビクビクと震えた。


「危ない!」


 倒れそうになった天音の背中に手を添えた。彼女を抱きしめるような恰好になる。


「あああっ、ダメっ! はぁっ♡」

「ええっ、ちょっと、天音さん、大丈夫ですか?」


 まるで春近の腕の中で絶頂を迎えてしまったかのように、天音はビクビクと痙攣したかと思うとグッタリと脱力してしまった。


「ううっ、う、ううぁぁぁ……もう、ハル君のイジワル……」

「えっ、あの……」


 何のことなのか分からず春近は茫然とする。


「だ、だって、私があんなにしてるのに、ハル君は拒絶するし……。ハル君って御淑やかな子が好みみたいだし……もう、私どうしたらいいのか……ヒドいよ……」


 付き合うことになったはずなのに、一向に春近が手を出してこないのを気にしているようだ。更に旅館での一連の流れで、春近の好みが天音と正反対のタイプだと誤解しているのかもしれない。

 色々と考え過ぎて、天音の頭の中が春近への想いでグチャグチャなのだ。


「ち、違います。嫌いだから拒絶してるのではなく、大切に思っているから無責任なことはできないというか……」


 春近は素直な気持ちを述べる。


「じゃあ、私のコト……好き?」

「は、はい……好きです」

「ほんと? 私のコト、面倒くさい女とか思ってるでしょ?」

「お、思ってないですから。ちゃんと好きです」

「じゃあ、キスして。キスしてくれたら頑張れる気がする」

「は、はい……」


 二人の顔が近付き、くちびるとくちびるが優しく触れる。


「んっ、ハル君……ちゅっ♡ んぁ♡」


 んんんんんっ!

 ハル君とキスしちゃった!

 ああっ、どんどん力がみなぎってくる!

 ハル君パワー充填120%!

 ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君! ハル君!


「んっ、ちゅっ、ううんっ、ちゅっ、んんっ、ちゅぱっ♡」

「天音さん……」

「もうっ、悔しいなっ! ハル君を、私なしじゃ生きられない体にしようとしてたのに、私の方がハル君なしじゃ生きられない体になっちゃったみたい」


 天音は熱のこもった瞳で春近を見つめている。


「ねえっ、しよっか?」

「え、でも……」

「私はいつでも良いよ……」


 ガチャ!

「それは、はるっち欠乏症という恋の病だよー!」


「うわっ!」

「きゃっ!」


 突然ドアが開き、春近も天音もビックゥーンっと飛び上がるほど驚いた。買い出しに行っていたはずのあいが乱入したのだ。


「あいちゃん? 買い出しに行っていたはずでは?」


 抱きしめていた天音と距離をとり、恥ずかしそうに目を逸らしながら春近が聞く。


「天音っちが、はるっち欠乏症になってたから、ちょっと二人っきりにして充電させてあげたんだよ」

「ええええ……」

「天音っちも充電完了したから連れてくねー」


 あいが天音の腕を掴んで立たせた。


「ああっん、ハルく~ん」


 二人は買い出しに行ってしまい、春近は一人部屋に残される。

 はたして、上手だったのは、パワー充填された後に抜け駆けしようとした天音なのか、全て承知の上で行動していたあいなのかは分からない。

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