第127話 新しい年へ

 テレビからは年末恒例の歌番組が流れている。これが始まると、今年もあと少しで終わりだと実感する。


 皆で年越しパーティーをする為に春近の部屋に集まっているのだが、さすがに狭い部屋に十四人は無理があった。

 ベッドの上に三人座っても、床に十一人はキツいものがある。


「いいですか、今日はエッチ禁止ですよ」

 アリスの声が聞こえるが、小さいので何処かに埋もれて姿が見えない。

 

 アリスの言う通り、今日はエッチ禁止の取り決めをしていた。この狭い部屋で酒池肉林になったら収拾がつかないし、春近を取り合って乱闘になるのを防ぐためである。

 年末年始くらい落ち着いて過ごしたいものだ。


 ただ、どこまで持つかは分からないが――



「御主人様、今年は呪縛大戦アストラル陰陽師のオープニングを歌うエリザと、ライブライフアイドルの九人組グループであるエクリプスの、アニソン二本立てですよ! ふおぉぉぉー!」


「今年は盛り上がるぜ! ふおぉぉぉー!」


 アニソンで盛り上がって奇声を上げているのは杏子と春近の二人だ。



「春近ってアニメ好きよね。あたしも観てみようかしら」


 アニメと一番縁が無さそうな渚が、観てみたい発言をする。実は、前々からアニメネタで盛り上がっている二人に少し嫉妬していたのだ。

 ここで春近が、オタクにありがちなようにオススメアニメを早口で説明しようとする。


「遂に渚様がアニメを……感無量だぜ! オレのオススメは、魔法少女ロリー……」

「御主人様、待ってください!」


 春近が魔法少女ものアニメを上げようとしたのを、杏子が途中で遮った。


「非オタに、いきなりロリっぽいのとかバブみを感じるのとか萌え~な感じなのを薦めようとしているのではありませんか?」


「そ、それは……」

 まさにその通りで春近が絶句する。


「それが大きな間違いなのです! 我々は、過去に何度も同じ過ちを繰り返してきたのであります! クラスメイトから『鈴鹿さんアニメ詳しいんだってね。オススメを教えて?』と聞かれて、いきなりガチでマニアックなのを薦めてしまい、『うわっキモっ!』とか思われてしまうのを何度繰り返したことか! 最初は万人受けしそうな感動作を薦めるべきなのであります!」


「杏子……自分の古傷をえぐらなくていいよ……」

 説明しているようでいて自分の過去を語る杏子に、春近が同情的な目になった。


「つまり、私のオススメは『鬼畜後輩~先輩のアレはオレのモノ~』です!」

「おもいきり自爆しとるやないかい!」


 まさかのエグいBLものだった。


「ちょっと! 二人で仲良く夫婦漫才してるんじゃないわよ!」

 仲良く盛り上がっている二人に、痺れを切らした渚がツッコんだ。


「えーと、渚様がどのような作品が好みか分からないので……」


 ついオタク同士の阿吽あうんの呼吸で盛り上がってしまった春近だが、渚の方に向き直り話をする。


「あたしだってアニメくらい観たことあるわよ。為右衛門ためえもんとか」


 ※為右衛門とは、江戸時代の伝説の力士がゆるキャラになって現代にタイムスリップしてくる、子供の頃は誰もが観ていた国民的アニメである。


「杏子、どう思う?」

 渚の返答が典型的非オタっぽくて、春近は杏子に確認を求めた。


「御主人様、国民的アニメの為右衛門を上げる所を見ると、やはり最初は一般層にも人気の高い『明日のナガトロ』とか『天上天下の宮殿ラピュラス』や、最近記録更新した映画『絶滅のファイヤーブレイド』はどうでしょうか?」


「なるほど、絶滅のファーヤーブレイドは良いね! あの作画は素晴らしかった」


「ですです! テレビアニメ版も、まるで劇場版のような美しさ。感無量であります」



「だから、何で二人で盛り上がってんのよ! あたしも混ぜなさいよぉ!」


 愛しの春近が杏子と楽しそうに話しているのを見て、渚がプンスカと拗ねてしまった。完全に嫉妬である。



「ところで、何で杏子ちゃんはハル君の事を御主人様って呼んでるの?」

 天音が鋭いツッコミを入れる。


「えっ、あ、あの、はひっ……春近君は……ベッドの中では鬼畜御主人様というか……ふっ、ふひっ……」


「ちょ、ちょっと、杏子! いきなり何言ってんの!」

 しまった! 突然ツッコまれて杏子がテンパってボロ出しまくりだ。


「ハルがハーレム王でヘンタイ王なのは皆知ってるから、気にしなくても良いぞ。踏まれるの好きとか。でも、杏子には逆なのかよ?」


「咲! シィィィー! シィィィー!」

 マズい! オレの性癖が天音さん達にまで広がってしまう!


「ハル君、大丈夫だよ。ハル君が変態プレイが好きなのは、もう皆に聞いちゃったから。ごめんね、そういうのが好きなら、先に言ってくれたら私も対処したのに」


「ぐはぁぁぁぁぁぁっ! これ以上ドS女子を増やさないでくれぇぇぇ!」



 春近の意に反して、益々ドS女子が増えそうな気がする。




 そんなこんなで、春近の恥ずかしいアレコレが暴露されていると、テレビが除夜の鐘の映像になった。

 時計がカウントダウンに入る。


「「「5、4、3、2、1、明けましておめでとー!」」」


 波乱に満ちた一年が終わり、新たな年が始まる。

 取り敢えず、皆でジュースで乾杯して新年を祝った。



「じゃあ、初詣に行こうか」

 春近の呼びかけに、真っ先にルリが手を上げた。


「行こう行こう! 私、たこ焼きと焼きそばとお好み焼きが食べたい!」

「ルリ、そんなに食べると太……イタタタ!」


 春近が、ついうっかり禁句を言いそうになり、ルリが握っている手に力を入れる。


「誰が超重い戦艦だって……」

「超重いじゃなく超弩級だよ。てか、そんな前のことをまだ覚えてたんだ」

「だって、何か私って重いイメージになってる気がするし……」

「大丈夫! オレは、ルリが例えどんな体形でも大好きなのは変わらないから!」

「ハルぅ~」


「新年早々ハレンチな事は禁止なのです」

 後ろからアリスの声がする。


「しかし、まさか全員堕とされちゃうなんてな」

「私は堕ちてないから!」

 遥が咲の発言を否定する。


「ホントかな~ 遥も堕ちてる気がするけど?」

「堕ちてないから! もう、こんなハーレム男のどこが良いの!」

「遥が最後の砦か。あれだけ否定していた和沙も、今じゃメロメロだし説得力がねえよな」

「うううっ……何で私まで……」


 確かに和沙が堕ちたのを見ると、遥かも時間の問題かもしれない。


「飯綱さん、オレは自分からハーレムにしているわけでは……」

 と、春近はハーレムを否定するのだが。


「クルマの中や旅館で、あんなにエッチなことしまくっているのに! 最低!」

「うっ……確かに……申し訳ない……」


 全男子憧れのハーレムになっているのに、春近の理想と現実ギャップで色々と苦労は続いていた。全員の彼女を幸せにしたいのだから。




 近くの神社まで来ると、すでに初詣客で混雑していた。深夜なのに露店も並んで、参道には美味しそうな匂いが漂ってくる。



 並ぶ露店と参拝客の笑顔を見つめる春近の脳裏に、数か月前の記憶が甦っていた。


 出店が並ぶ光景を見ると、去年の花火大会を思い出すな……。ルリが花火大会のポスターを食い入るように見ていて、それで一緒に行こうって誘ったんだよな。


 あの時のルリからプレゼントされたマグカップは、今でも大事に使っている。女の子からプレゼントされるのが、あんなに嬉しいなんて。好きな子から貰ったから嬉しいのか。

 去年は危険なことや大変な事件に巻き込まれてしまって、今こうして何気ない穏やかな時間がどれだけ大切か実感している。

 今年は……何も事件が無い平和な年になれば良いな……。



 お参りが終わって拝殿から脇に下がる。


「ハル、何をお願いしたの?」

 スッとルリが寄り添ってきた。


「皆、平和で幸せになりますようにって。ルリは?」

「もちろん、ハルと結婚できますようにだよ」


「奇遇だな、アタシもハルと結婚できますようにだよ」

 横から咲が顔を出す。


「はあ? あたしと被ってるじゃないの!」

 結婚というワードに渚も黙っていない。


「ちょっと、ハル君は私と結婚するのに」

 いつものように天音も参戦した。


 だいたい考えていることは皆同じだった――――



「あれ、和沙が戻って来ないよ」

 遥の言葉で拝殿の方を見ると、和沙は一心不乱に手を合わせて祈っている。


 その和沙は一心不乱に手を合わせ願い事をしていた。


 むむむむむっ……土御門と結婚! 土御門と素敵な家族計画! 土御門と新婚ライフ! そうだな、子供は男の子と女の子の二人で、そしてたまには旅行に行ったり、それでそれで、こんなことをお願いするのは恥ずかしいのだが、やっぱりエッチは毎日して欲しいというか……きゃあああ……は、恥ずかしい。もし裏切ったら容赦なく天罰を落として下さい。それからそれから――



「鞍馬さん、何をあんなに熱心にお祈りしてるんだろ?」

 知らぬが仏である――――




 春近に腕を絡めたルリが言う。

「ハル、お正月はどうするの?」

「一度、実家に戻らないとならないんだよ。本家にも顔を出さないとならないし」

「………………そうなんだ」


 この時、ルリは悲しそうな顔をした。


 ルリ……

 あまり家族の話をしないよな……

 ルリだけでなく皆も……帰省もしていないみたいだし……色々と問題を抱えているのかな……


「大丈夫だよ。すぐに戻って来るから」

「うん」


 春近は寂しそうな顔のルリを見つめ、そう声を掛けた――――

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