第125話 旅立ちと帰還

 あれは、千年ほど前のいつであったか――――


 京の内裏だいり

 帝の前で呪術対決をする二人の陰陽師がいた。


「では、この長持ながもちの中に入っている物を当てよ」


 二人の前に長持が置かれる。

 ※長持=木の箱



「箱の中身は大柑子みかんが十五個でございます」


 ヒョロリとした男が先に答えた。

 優れた力を持つ陰陽師と評判の蘆屋道満あしやどうまんである。



「いえ、中身はねずみが十五匹です」


 まだ幼い少年が答えた。

 若くして神童と謳われた安倍晴明あべのせいめいである。



 ライバル関係にあるこの二人は、帝の御前で呪術対決により決着をつけることになったのだ。道満としては、まだ若い晴明に負けるのはプライドが許さない。




「では、正解は……」

 朕は大柑子を入れたはずだが……

 神童という噂も当てにならなんだか……


 帝は少々落胆し、長持を開ける。


 カタッ!

 チューチューチュー!


 突然、中から十五匹の鼠が飛び出してきた。チューチューと鳴きながら鼠は走り回る。

 大柑子は何処に消えてしまったのか。いつの間にか、中身が入れたはずのない鼠にすり替わっていたのだ。



「おお、これは! 晴明よ見事である」

 感嘆の声を上げた帝は、晴明を褒め称えた。


「ははあっ、恐悦至極にございます」



 勝者となった晴明を見つめる道満の瞳に憤怒の炎が燃える。


 そんなはずはない!

 確かに中身は大柑子であったはず!

 晴明め、呪術で中身を変えたのか!

 おのれ……


 ――――――――




 おのれ、晴明――晴明――晴明――――

 混濁こんだくした意識が、まるでカメラのピントが合うようにクリアになり目が覚めた。


 ガバッ!

「ここは…………くっ!」


 起き上がろうとした満彦だが、脇腹に鋭い痛みが襲い再び横になる。

 そう、彼の名は蘆屋あしや満彦みつひこ、平安時代の陰陽師である蘆屋道満の力と記憶を受け継ぎし者である。




「そうだ、我は九尾と戦い深手を負ったのだった……。我は助かったのか……」



 あの時、満彦は死を覚悟したはずだった。しかし、何故かあの時、一度会ったきりの運転手の言葉を思い出し、咄嗟に後ろに飛び谷底に落ちて川に流されたのだ。


「ふっ、無様よな……。千年前の対決で負け、現世でも土御門に完全に負けた。そして、力を手に入れようと強い呪力を持つ殺生石に手を出し、復活した九尾に為す術もなく敗北しこのざまよ……」


 独り言を呟いた満彦は、静かに目を閉じた。


 それにしても、土御門……安倍晴明の子孫か……

 あの男、ろくに呪力も感じぬのに、あの最強の鬼どもを……更に天狗まで……

 まるで最強の式神、十二天将を使役した安倍晴明のようだ……



 十二天将とは――――

 騰虵とうしゃ:鬼火に包まれた羽の生えた蛇

 朱雀すざく:炎を操る大きく赤い翼の鳥、南の守護者

 六合りくごう:平和と調和を司る者

 勾陳こうちん:金色の蛇、土地を守る愚直な正直者

 青龍せいりゅう:雲を呼び雨を降らす青き龍、東の守護者

 貴人きじん:リーダー的存在の高貴な女王、彼女の前に立つと罰が当たる

 天后てんこう:魅惑的な絶対的嫁パワーの女神、航海の安全を司る

 太陰たいいん:知恵と知識と芸術のオタク的賢者

 玄武げんぶ:亀と蛇の合体した霊獣、北の守護者

 太裳たいじょう:主を甲斐甲斐しく補佐する者

 白虎びゃっこ:白く大きな虎、西の守護者

 天空てんくう:悪戯好きで霧や黄砂を呼ぶ者


 安倍晴明は、この十二天将を使役した為に最強の陰陽師といわれていた。

 そして、現世で蘆屋満彦は、土御門春近と鬼や天狗の少女を、安倍晴明と十二天将に重ねているのだ。




「しかし、ここは何処だ……」


 満彦は周囲を見回す。

 みすぼらしい壁と天井、ゴチャゴチャと乱雑に家具を配置した室内、薄汚れてペチャンコの布団。

 お世辞にも綺麗とは言えない部屋だ。

 腹には雑に包帯が巻かれて手当てをしてある。



「たしか、岡山県の山間に入った所で戦って……。川で流されたとはいえ、それほど下流までは行っていないはず。誰が我を助けたのか……」


 満彦は起き上がり、陰陽術を使い傷口を塞ぐ。

 完全に治療は無理だが、少しはマシになるはずだ。


 ガラガラガラ!

 扉が開き、男が入って来た。

 六十代くらいだろうか、薄汚れた服を着て髭は伸び濁った眼をしている。


「もう、起きてええのか?」

 男はぶっきらぼうに言った。


「ああ、其方そなたが手当をしたのか?」


「ワシが山に行った時に、おめぇが岩にひっかかっとった。目のめぇで死なれたら目覚めが悪ぃからな。動けるようになったんなら早う出ていけ。面倒はごめんだ」


「ふっ、あまり世話になるのも気がひけるでな。返せる物も無い。すぐに出て行くさ……」


「おめぇはツイてるよ。撃たれたんじゃろ。弾は脇腹を貫通して内臓も傷つけとらん。何かヤバい事情が有るのじゃろ?」


「くっくっくっ、確かにヤバい事情だな。警察や病院に行くわけにはゆかぬ」


 まさか、脱獄してきて妖怪に殺されそうになったとは話せるわけもない。



「礼などいらん。まあ、お礼代わりにワシの話を聞いてくれ」


 男は淡々と話し始めた。

 若い頃は反社会的な組織に関わっていたこと。

 人を刺して長い間刑務所に入っていたこと。

 服役中に両親が自殺したこと。

 娑婆しゃばに戻ってから、山間の小屋で人の目を避けて暮らしていること。


 満彦にとっては、取り留めもなく興味も無い話だったのかもしれない。

 最後に男は「長え間、誰とも話しとらなんだけぇ、誰かに聞いて欲しかったのかもしれん」と言った。


 そして、満彦は男の家を出て行った。




 蘆屋満彦は再び歩き始めた。傷口は痛むが、呪符を張り傷を塞いでいる。

 

「人の営みは千年前も今も変わらぬな」


 愛する家族の為に真っ当な道に戻った運転手。犯罪に手を染め山間で暮らす老人。

 何千年も連綿と続く歴史の中で、愛や夢を追い続け人々は生き続けるが、災害や犯罪に巻き込まれあっという間に失われて行く命。

 その中でも、人々は微かな希望を見つけ歴史は紡がれてきた。


「我は何を求め何に駆り立てられてきたのか……」


 最強の陰陽師の称号を手に入れようとも、あの晴明はもうこの世には存在しない。

 

 満彦は大いなる野望と少しの虚しさを抱えながら、逃亡の旅を続ける。

 伝説的悪の陰陽師の話は、続くのかもしれないし続かないのかもしれない。


 ――――――――――――




 春近たちは帰りの飛行機に乗る為、空港に来ていた。


 アリスのおかげで酒池肉林は回避されたのだが、ルリたちは夜な夜な部屋に忍び込んできたのだった。どうやら、アリスの言葉を誤解して、外ではダメだけど布団の中ではエチエチOKと思っているようだ。勿論、春近は密着する彼女たちに、必死で我慢して何事も無かったのだが。



 何はともあれ、全員無事で帰れるのは良かったと皆思っていた。



「ふうっ、なんとか解決して良かったぜ」


 一件落着といった感じに呟く春近だが、背後に迫っていた和沙にツッコまれる。


「何も解決しておらーん!」

「うわぁああっ! ちょっと、鞍馬さん、驚かさないでよ」


 突然の大声で、春近は飛び上がった。


「だから何も解決しておらんだろ! 私があんなに恥ずかしいのを我慢して告白したのに、何で土御門は私に何もしてこないのだ! 他の子とは一緒に温泉に入ったり一緒に寝たりエッチなことをしたりしているのに! 何だこれは? 焦らしプレイなのか! もう、悔しくて悔しくて夜も眠れんぞ!」


 和沙は駄々をこねながら地団駄を踏んでいる。

 天音たちから温泉でのことを聞かされたりして、悔しさと妬ましさと欲求不満が渦巻いて居ても立っても居られないのだろう。


「く、鞍馬さん、落ち着いて」


「これが落ち着いていられるかーっ! 乙女の純情を踏みにじりおって! 許さん、許さん、許さーん!」


 空港のロビーで和沙が騒ぎだしてしまい、周囲から注目を浴びてしまっている。このままでは春近が女を裏切った悪い男のようである。



 どどど、どうしよう! 困ったな……。

 そ、そうだ!


 荒ぶる天狗かずさを鎮める為に、取り敢えず春近はギュッと彼女を抱きしめてみた。突然で意味不明な行動に見えるが、ドーテー男がテンパっているのだから仕方がない。

 因みにこれは、羅刹あいから伝授された戦法だ。


 ギュゥゥゥゥー!

「鞍馬さん!」


「あ、ああ、あああっ♡ こ、これは、告白の返事で良いのだな! 私とキミは永遠の愛を誓ったことになるのだからな! もう取り消しはできないぞ! 契約不履行は死あるのみだからな!」


 予想外に和沙は重い女だったようだ。


「え、ええっ! 死あるのみって……」

「ふふふっ、もう私は永遠に離れないからな! 分かったか!」

「えっ、あの……」

「一生、面倒見てもらうからな。ふふふふふっ」

「お、重い……重すぎる……」


 あれ? オレ、詰んでる?

 鞍馬さんって、サバサバ系女子に見えたのに、中身は激重のドロドロ系女子だったのか?


 春近は、更に後戻りできない事態になってしまった。



「……私にもサービスして欲しい……」


 いつの間にか横に立っていた一二三が、和沙の反対側から抱きついてくる。

 積極的な他の彼女たちと違い控え目な一二三なのだが、たまにグイグイ来る時があるのだ。


「一二三さん?」

「私の出番が少ない……不満を言いたい……アナタが望むのなら、裸エプロンで給仕するのもやぶさかでない……」

「エッチなメイドご奉仕……ごくり……」

「うっ……くぅ……」


 一二三は、自分で言い出しておきながら顔を真っ赤にしてしまう。

 皆が積極的すぎて、少し焦ってしまったのだ。



 どろどろどろどろどろどろどろどろ!


「旦那様ぁ、わたくしのことをお忘れではありませんか……」

「うわぁぁぁっ!」


 気配を消していた栞子がダークオーラ全開で囁いてきた。


「ひぃ、し、栞子さん、驚かさないでよ。忘れてませんから」

「わたくしが正妻のはず……」

「栞子さん、落ち着いて……」


 栞子のダークオーラも、更に磨きがかかったようだ。これ以上放っておくとヤンデレ化が進みそうで恐ろしい。



 こうして、春近は陰陽学園へと戻って行った。

 これから始まろうとしている計画も知らずに。






 ――――――――――――――――


 これで第四章「殺生石」は終了となります。

 続いて、第五章「楽園に続く道」が始まります。

 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

 よろしければ、引き続きよろしくお願いします。


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