第91話 アリス陥落

 戦国武将で有名な前田利家まえだとしいえには、『まつ』という名の正室せいしつがいた。

 まつは、良妻賢母りょうさいけんぼとして有名で、利家が失業し落ち込んでいる時は叱咤激励しったげきれいし武勲を上げさせ、利家がピンチに陥った時は自ら動き和議わぎを講じ、家康から謀反の疑いを掛けられ前田家一大事の時は自ら人質として江戸に行き、場を収め領地を守ったという凄い女性である。


 前田利家が大大名として成り上がり加賀百万石のいしずえを築いたのは、まつのおかげと言っても良いかもしれない。

 そして、まつが利家と結婚したのは十一歳の時であったという――――



「前田利家とまつ……」

 唐突に春近が呟く。


 アリスと並んで廊下を歩いているのだ。まるで自分が前田利家で、横の小っちゃな少女がまつだと言いたげである。


「おい、同い年だと何度も言ったです! 子ども扱いするなです!」


 ポカポカポカポカポカ!

 横を歩くアリスが、怒ってポカポカしてくる。


「な、何で分かったの、アリス?」


「考えている事がバレバレです。まったく、しょうがないハレンチ君です」


「違うよ。アリスがロリ……じゃなく、まつみたいに素晴らしい女性だって思ってたんだよ。ほら、アメちゃんあげるから許して」


「まったく、ロリって言いそうになってましたね。ペロペロ……」


「アメは舐めるんだ――」


 アリスはアメを舐めているだけで、マスコットのような可愛さがある。

 今回、春近がアリスと一緒に歩いているのは、羅刹あいの提唱ていしょうした全員嫁化計画を実行する為である。(カッコいい言い方しているが、ハーレムに入れたいという傍から見たら不健全な話だった)


 しかし、学園内でハーレムを作ってしまうなど、同級生から見たらリア充が爆ぜちゃう的な何かかもしれない。


 くっ、前はオレが『リア充は気に入らん』と言っていたのに、今ではオレがそう思われているのだろうか? しかも、あの絵に描いたような陽キャの藤原から、最近やたらと話しかけられるし……。同じリア充扱いされるのには抵抗があるぜ。



 やっていることはハーレムだが、いつまで経っても非リア充っぽさが抜けない春近だった。



「そういえば……アリス、皆の暴走を止めてくれてありがとう。あれ、どうやってるの?」


「いえ、大したことないです」


 アリスは、あのキャンプの夜に本やネットでかじった男心の話をして以来、恋愛の先生のようになってしまい皆から色々と聞かれるようになっていた。しかし、自分自身に恋愛経験が皆無なので、ネットや動画サイトの恋愛講座で勉強しているのだ。

 本当は春近とイチャイチャしたいのに、自分からあんなことを言ってしまった手前、他の子のように突撃できずに我慢しているのだった。



「ほら、ここなら誰にも邪魔されずに話せるです」


「何だか懐かしいな。この和室はアリスが教えてくれたんだよね」


 何度か来たことのある学園内の和室に入る。

 この場所は滅多に人も訪れず落ち着けるのだ。


「まったく、こんな所に連れ込んで、ヤりまくりたくなったのですか?」


 小さな体を反らせて、イケナイコトを言うアリスだ。


「アリス、またそんなこと言って」


「ハレンチ君の考えはお見通しです」


 こんなことを言っているアリスだが、実はハレンチしたいのは自分の方なのだ。

 時々、体の底から情欲が源泉の如く溢れ出てくる感覚がある。理性で抑え込んでいるが、春近の前だと自分を止められなくなりそうになるのだ。


 鬼の力を持った女子は性欲が強いのだろうか?

 それとも自分が性欲が強いだけなのだろうか?

 アリスは日々自問自答する。



「アリスの黒髪って綺麗だよね」


 目の前でサラサラと流れるように動くアリスの髪に、春近が見惚れるようになって呟いた。


「んっ、特別に触らせてやるです」


 アリスは畳に座った春近の脚の間にちょこんと入り、体を預けるように寄りかかってきた。


 さわさわさわ――

「艶やかで綺麗な髪だね」

「ううっ……触り方がいやらしいです。やっぱりハレンチ君です」

「そのハレンチ君ってやめてよ」

「じゃあ、何て呼ばれたいです?」

「普通に名前とか」

「う~ん、却下です」


 本当は名前で呼びたいけど、何だか恥ずかしくて言い出せなかったアリスだった。



「他に呼び方を考えてよ」

「では、おにいちゃん……とか?」


 アリスは、いたずらな笑顔で凄いことを言いだす。


「ぐはぁぁぁぁぁっ!!」


 アリスに『おにいちゃん』と呼ばれるのに破壊力があり過ぎて、春近はクリティカルヒットを受けてしまった。


 ち、違うんだ! オレはロリコンじゃないんだ! 信じてくれ!


「冗談です! 何か失礼な事を考えていますね」

 そんな春近の雰囲気を察したアリスが取り消してしまう。


「い、いや、今の、おにいちゃんでお願いします!」

「ダメです! 却下です!」

「そんなぁぁ……」

「んっ、それより……髪を触っても良いとは言いましたが、何で体中ナデナデしまくっているのです?」


 つい可愛さのあまり、春近はアリスをナデナデしていたようだ。


「もう、アリスは可愛いな。よーしよしよし、なでなでなでなでなでなで――」


 アリスを子ども扱いしているのか、悪気は無くナデナデと可愛がっているのだ。


「くうっ……はうっ……もう……限界……」


 このアリス、小さく見えるが春近たちと同級生なのだ。

 春近と密着していることで昂ってしまい、体中が性感帯のように敏感になっていた。更に後ろから抱きつかれてあちこちナデナデされまくり、アリスは限界寸前まで追い詰められていた。


「えっ、どうしたのアリス?」

 なでなでなでなでなでなで――


「だから……ううっ……はあっ、はあっ……」


「アリス、今日は話があって……」

 なでなでなでなでなでなで――


「ああっ、うぐっ……うああっ……」


「アリスは頼りになるし、皆をまとめてくれる凄い人だし、本当に『まつ』のような女性だなって……」

 なでなでなでなでなでなで――


「うっ、ううっ、んんんっ…………」


「だから……アリスが好きだ! 付き合って欲しい」

 なでなでなでなでなでなで――


「うあああっん! 付き合う! 付き合うから! もう許してぇぇぇ!」

 ビックン、ビックン、ビックン、ビックン――


「どうしたの! アリス、大丈夫!?」

 なでなでなでなで――


「わああっ、ダメ! 今、敏感になってるんだから! もうダメぇぇぇぇぇぇ!」


 ――――――――




「まったく! ワザとか! ワザとですか!」

 げしっ! げしっ!


 怒ったアリスに蹴られている。

 あの後、アリスはぐったりしてしまい心配したのだが、今は復活して元気になった。


「だから、ごめんって」

「もう、とんでもない男です! やっぱりハレンチです!」

「ごめんなさい……」


 ちゅっ!


「えっ」

 突然、アリスがキスをしてきた。


「あ、あの……」


「告白は、ちゃんとできたから、ご褒美です……あと、わたしもハルチカが好きです……」


 アリスは恥ずかしそうに顔を赤くしながら、上目遣いで告白した。


「あ、アリス、やっと名前で呼んでくれた! 可愛い!」

 なでなでなでなでなでなで――


「うわわわわわわっ!」


「アリス、羽柴秀吉はしばひでよし柴田勝家しばたかついえ賤ケ岳しずがたけの戦いになった時に、前田利家は――」

 なでなでなでなでなでなで――――


「そんな話は誰も聞いてないです! ナデナデを止めるのです!!!!」



 この日、アリスはナデナデをされ続け、寄せては返す波のように何度も快感が押し寄せ、ハーレム王春近の真の恐ろしさを知ったのであった。

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