第92話 和沙の理想
「旦那様! おかしくないですか?」
ある日の朝――
春近が教室に入ると、いきなり栞子に詰め寄られた。彼女からダークオーラが出ているような感じがする。
「やっぱりおかしいですわ!」
もう一度同じセリフを繰り返す栞子。
「何かあったのですか?」
「だって、旦那様は他の方とはラブラブでイチャイチャでエチエチなことをしているのに、わたくしには何もしてくださらないじゃないですか!」
「ギクッ」
「今、ギクッって言いました?」
「いや、それはですね。まだ学生なので……」
「わたくしはいつでも準備万端ですのに。0.01ミリを何箱も買って、いつでもYES/YESですわ!」
栞子は、いつでもYES/YESらしい。NOが無いのは彼女らしい。
やる気満々の彼女に、どう誤魔化そうか春近は思案する。
ううっ、栞子さん。やっぱり、話を聞いていないし。
もし栞子さんとエッチをしたら、0.01ミリとか言ってるアレ的な物に針で穴を開けておいて、行為の後で『ラッキー子づくりですわよ!』とか言いかねない気がするんだよな。
そう、春近は決して栞子に冷たくしているつもりはなく、一度体の関係になってしまったら完全に外堀を埋められ絶体絶命になってしまうのを恐れているのだ
まさに、大坂冬の陣で徳川家康によって大坂城の堀を埋められてしまい、丸裸になった豊臣方のようなものである。
「さあ、さあ、何か弁解はありますか! さあ!」
「だ、だから学生なので……」
さあさあと言われても、学生なのに妊娠出産となっては学業に支障が出てしまうのだ。
「朝っぱらから何をもめてるんだよ」
ちょうどそこに、和沙が教室に入ってきて騒ぎを見られてしまう。
「鞍馬さん、聞いて下さい。旦那様が、他の方とは毎晩のように淫らで色欲に
「わーわー! 栞子さん! 言い方! さっきより言葉が数段キツくなってますよ! いや、そもそも行為はしてませんから!」
「はああああ……あのさ、キミ、一体何人と付き合ってるの?」
和沙は不機嫌そうな顔で春近に質問した。
「え、それは……」
「八人です!」
言い淀んだ春近の代わりに栞子が答える。
「はあ? 同時に八人って、女性を何だと思っているんだ!」
「で、ですよねー。やっぱり、他人から見たらそうなりますよね」
何も反論できず春近も認めてしまった。
「わたくしが正室のはずなのに……あ、でも大山さんも旦那様を狙っているようですけど。わたくしは、これ以上の側室を作るのには反対なのですが」
更に炎上させるように、栞子が追加情報まで漏らしてしまう。
「そうだった、何で天音まで……わけわからん」
和沙は頭を抱えた。
益々イメージが悪化してしまうのを少しでも防ごうと、春近は和沙にイメージアップ作戦を敢行する。
「鞍馬さん、とにかく、これだけは信じて下さい。オレは女の子に酷いことはしていませんから」
「八股するような男を信用しろと?」
「ぐはぁあっ! それは……でも、オレが無理やりしたわけじゃないし、女の子にはできるだけ優しくしようと思ってるんです」
「ふーん、だったら試させてもらおうか!」
「お、おうっ、受けて立つぜ!」
春近と和沙はバチバチに向かい合う。
「あの……わたくしの子づくりは?」
「栞子さん、まだ学生なので子づくりは遠慮してください……」
――――――――
休み時間――
春近と和沙はピッタリ並んで一緒に行動している。まるで仲良しみたいだ。
「今日一日ずっと一緒に行動して逐一チェックするからな!」
「望むところだ! オレの紳士っぷりを見せてやんよ!」
二人は変なテンションで張り合っている。
「ハル、どうしちゃったの?」
ルリは
「もう、悪い予感しかしねぇ……くっそ、和沙も堕とされてエッチなおねだりをするの決定かよ……」
そして咲が頭を抱えてしまう。
「ちょっと待て、聞き捨てならないな! 私がこんな男に、え、エッチなおねだりなんか……するわけないだろ……」
和沙は、咲の発言に即座に反論するが、最後の方では恥ずかしがって小声になってしまう。
エッチなことには興味津々なのだが、素直になれないお年頃なのだ。
「咲、オレは女子を堕として回ってたりとかしてないから」
「してんだろ! 自覚が無いのが余計ヤバいんだよ! 和沙なんかほっといてさ、あ、アタシと遊んでよ……」
咲は顔を赤く染めて、春近の腕を掴んだ。
「ハル、和沙ちゃんは男に飢えてるから気を付けてね」
ルリが、突然とんでもないことを言い出した。
「ちょぉぉぉっと待て! 何でオレ、わわ、私が男に飢えてんだよ!」
和沙は興奮のあまり一人称がおかしくなっているようだ。
「だって、私が捕まっている時に、『男欲しい~』って何度も言ってたし」
かあああっ――――
「ちょ、まて、そういうのは秘密にしりょよ……んんっくぅぅぅぅぅ~」
和沙は恥ずかしい発言を男の前でバラされてしまい、弁解しようとするが噛みまくって何を言っているのか分からなくなる。
ガールズトークの内容を男にバラしてしまうなんて、ルリもなかなかのワルだった。
「とにかく! キミが悪さをしないかチェックさせてもらうからな! 私のことは関係なぁい!」
こうして、和沙の春近チェックが始まった。
気になる……
気になって仕方がない……
何処に行くにも鞍馬さんがピッタリと付いてきて、気が休まる時が無い。
もう授業も終わったのに、放課後になっても付いてくるみたいだ。
もしかしたら、トイレの中まで付いてきそうな気がする。
そもそも鞍馬さんのような、体育会系っぽい感じの女子は苦手なんだよな。
ブツブツと小声で文句を言いながら春近は廊下を歩いていた。
「もう、良いでしょ。気が済みましたか?」
「だめだな、まだ証拠を掴んでいないし。先日みたいに女子に暴言吐いていたり泣かせたりしてないか確認しないと」
「あれは……」
言い訳すると余計に面倒くさくなりそうなので、春近はやめておいた。そもそも杏子とSMごっこしていたなどと説明したら逆効果だ。
「そういえば、鞍馬さんは、どんな男性が好みなの?」
話題を変えてみた。
「そうだな、やっぱり男らしくて頼りがいがあって守ってくれるような感じだな。それでいて優しくて誰にでも親切で威張ったりしなくて、一人の女性を一途に愛するような誠実な人で、あ、話が面白くてユーモアのセンスも必要かな。あと、背は高くてスマートだけど筋肉が逞しくて笑顔が素敵で、イケメンが好きというわけじゃないんだけどやっぱり顔は……」
「へ、へぇー」
長いわ!
そんな男いるのか?
理想高すぎじゃないのか?
そんな二人が放課後の廊下を歩いていると、教室の中から不穏な会話が聞こえてきた。
「てめえ、ふざけんなよ!」
「何か言えよ!」
「チョーシくれてっと潰すぞコラ!」
すぐに春近が、その教室に向かう。
え、えっ、何っ、喧嘩? イジメ?
オレは昔から、こういうの苦手なんだよな。
誰か他の人がイジメられているのを見ても、心が苦しくなってきてしまう。
C組の教室の前を通った時に中を見ると、三人の女子が一人の女子を取り囲んでいるのが見えた。
「あれ、あの子たしか……」
イジメられているのは、春近の知っている女子だった。
ビシャッ――――
突然、イジメている三人組の一人が、花瓶の水を女子にぶっかけた。
ああ、ダメだ、こんなの、酷い――――
春近の中でグルグルと頭が回る感覚がした。集団でイジメを行う行為が、吐き気を催すくらい嫌なのだ。
「あいつら!」
和沙は頭が沸騰して教室に突っ込もうとした。しかし、自分より先に隣に居た男が教室に飛び込んで行くのか見えて体が止まった。
「えっ」
「ダメだっ! 三人で一人を囲んで酷いことをするなんて!」
春近は体が勝手に動いて彼女達の間に飛び込んでしまった。
「何だテメエは!」
「ああっん、関係ねぇだろ!」
「すっこんでろよ!」
「い、いや、あの……ぼ、暴力はダメですよ……」
しまった、何も考えずに入ってしまったけど、この後どうすれば……
語気を強めるヤンキー女子に、春近も動揺する。
「はあ、何だよ弱そうなくせして!」
「細っそいくせして何言ってんだよ、モヤシ君かよ!」
「オラッ!」
ドンッ!
「うわっ」
肩を突かれた春近がよろけてしまう。女子に突き飛ばされるのは、さすがに少し情けない。
だが、春近はめげなかった。
「だから、暴力はダメだって言ってるのに!」
まずい、どうしよう。でも、この子を守らないと……。
必死にその場を収めようとする春近だが、新たな来訪者により予期せぬ事態が起きてしまう。
その時、急に教室の気温が10度くらい下がった気がしたのだ。
凄まじい威圧感と張り詰めた恐怖が室内を包み、そこにいた誰もが体が震えて動けなくなる。
廊下側の窓に目をやると、そこには怒りで目を細めた女王大嶽渚が立っていた。
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