第90話 色に出でにけりわが恋は

 とある日曜日、春近は女子寮の前に立っていた。

 時折出入りする女子にチラチラと見られて、何やら恥ずかしくて居心地が悪くなってしまう。

 女子達は、「ほら、あの人……」とか「ハーレムの……」とか「やだっエッチ……」とか噂をしているようだ。

 

 今日ここに来たのは、忍と話をしようとしているからだった。


 あいに言われたように、ちゃんと話をしてみようと思っていた。

 メールで連絡を取り合い、待ち合わせているというわけだ。



「ちょっと遅いな――――」

 春近はスマホの時計を見た。


 オレが急に行くって言ったからだよな。

 女の子は準備に時間が掛かるっていうし。

 こういうのが『女心が分かってない』とか言われそうな所なんだけど……

 今度、陽キャの藤原にでも聞いて勉強してみようかな?



「は、春近君、お待たせしました」


 ぼんやりスマホの画面を見つめる春近に、寮の玄関内から声がかけられた。


「あ、忍さん……えっ……」


 忍の声で顔を上げた春近は、あまりの衝撃に言葉を失った。


 そこに現れた忍は、胸元が強調されたタイトなミニのワンピースで、脚を大胆に露出させている。

 なにより驚いたのが、いつも目が前髪で隠れているのに、今日は髪を上げていて薄くメイクをしていることだ。


「えっ、ええっと……」


「あ、あの、やっぱり似合わないですよね……」


「可愛い……」

 つい春近は本音をボロッと漏らした。


「えっ、ええええええええええっ! そ、そんなこと無いです……。あ、あまり、見ないで下さい……」


「いや、本当に可愛いから。服も似合ってるし、髪も上げてる方が可愛いよ」


 タイトな衣装でボディラインが強調されていて、春近は目のやり場に困ってしまう。

 長身でスタイルが良い忍なのだ。まるでハリウッドなどの女優やモデルのような風格さえた頼っている。


 そして、髪を上げて恥ずかしそうにしている表情が可愛くて、大胆な衣装とのギャップが凄くて不思議な魅力を出しているのだ。


『オレに見せる為にオシャレしてくれたのかな? こんなの嬉しくて時間がかかったのなんてどうでもよくなっちゃうよ』と、春近が思ってしまうのも仕方がないだろう。



 テンションの上がった春近が、忍を誘うように言う。


「じゃあ、何処かに出掛けましょうか?」

「だ、だめっです! 恥ずかしくて死んじゃいそうです」


 せっかくオシャレした忍だが、人に見られるのは恥ずかしいようだ。


「でも……」

「へ、部屋の中にしませんか? 春近くん」

「えっと……では、そうしますか」


 いつもと違う忍と出掛けたい春近だったが、忍が恥ずかしくて限界みたいなのでお部屋デートにした。




 忍と一緒に女子寮に入る春近が、キョロキョロと周囲を見てしまいそうなのを堪えて歩いている。


 ううっ、何度か入ったけど、いまだに慣れないよな……。

 女子寮と聞けば、禁断の花園といったイメージだよ。

 本当に男が入って良いのか?


 そんなことを考えながら歩く春近だが、すぐに忍の部屋に到着する。


 忍の部屋に入って春近が目にしたのは、可愛く並ぶぬいぐるみと、よく整頓された綺麗な部屋だ。想像していた通りの部屋だった。



「は、春近くん、座って下さい。お茶を入れますね」


 忍は大胆に露出している太ももを、恥ずかしそうにモジモジと擦り合わせている。むっちりとした肉感的な脚が動く様がエロくて春近は目のやり場に困る。


「はい、お、お構いなく」


 見てはいけないと思えば思うほど気になってしまうのが男のさがだろう。

 最初はチラ見していた春近も、今では、お茶を入れている忍の後ろ姿をガン見だ。


 ううっ……

 あまりジロジロ見てはいけないと思うのだが、どうしても気になって見してしまう。

 忍さんの後ろ姿……お尻のラインがクッキリと出ていて色っぽい。


 もう、ムッチリとした忍の腰つきに見惚れてしまっていた。


「お待たせしました」


 お茶を運んできた忍は、春近の隣に座りピタっと体を寄せてる。春近は、彼女の体温が伝わってきてドキドキしてしまう。


「あ、あの……ずっと見てましたよね……」


 完全にバレていたようだ。薄っすら頬を赤く染めた忍が恥ずかしそうに言う。

 毎回チラ見やガン見がバレバレな春近もどうなのか。


「や、やっぱり似合わないですよね?」

「と、とんでもない。最高です!」

「ええっ」

「あの、とても似合ってるから。その、かわ、可愛い……」

「い、いえ……ううっ」


 ど、どうしよう。オレがエロい目で見てるから変な雰囲気になってしまったぞ。

 何か違う話題を話した方が良いかな。


 春近が何か話題を探そうとするが、そこは春近なので小粋なトークは出てこない。


「そうだ」

「あの」


 そして二人同時に話し始めてしまう。


「あ、忍さんからどうぞ」

「い、いえ、春近くんから」


「…………」

「…………」


 更に沈黙になる。


「お、オレの方は後で良いから、忍さんからで良いですよ」


「で、では……あの、春近君がお疲れかと思って、またマッサージでもどうかと思って……」


「いいんですか。マッサーって、ええっ!」


 前に忍が暴走したマッサージを思い出し、春近は怯んだ。


「こ、今度は真面目にやりますから」

「はい……」

「だ、大丈夫ですよぉ。襲ったりしませんから」

「で、ですよね」


 遠慮気味に春近が同意する。ただ、前みたいなエッチなマッサージは困ると思いながらも、少しだけ期待してしまうというものだろう。



「でも、服がシワになるとマズいですよ」

「脱ぎますから大丈夫です」

「えっ? 脱ぐ? どういうこと?」

「ま、任せてください」


 脱ぐというワードで動揺する春近だが、忍は本当に服を脱ぎだした。慌ててうつ伏せになった春近の後ろで、スルスルと衣擦きぬずれのような音が聞こえてきた。


 えっ、えっ、もしかして本当に脱いでるのか? 下着姿? 裸?



「では、行きますね」


 かなり前向きになったような忍が、春近を跨ぐように腰の辺りに乗り、背中をマッサージし始める。


 ぐいっ、ぐいっ、ぐいっ――

「あっ、とても気持ち良くて癒される~」


 平静を装う春近だが、忍の恰好がどうなっているのか気になって仕方がない。


「うわあっ、とても気持ち良いです」

「うふっ、良かった」


 忍は上機嫌になりマッサージにも熱が入る。

 一方、春近は腰に乗っている忍が下着姿なのではと想像し興奮してしまう。


 気になる……気になって仕方がない。振り向いて見てみたい。


「では、オイルマッサージもしますから、服を脱いで下さい」


 あれ? これ、前にもあった展開なような? これはマズいのでは? いや、でも真面目にやるって言ってたし……。


「全部脱いで下さいね」

「えっ、全部って……」

「脱がないとお仕置きしちゃいます!」

「い、いや、パンツは良いですから」

「えい、えい!」


 凄い速さでテキパキと服を脱がされてしまう春近。ここに至り少しおかしいと気付いた。


 えっ、えっ、やっぱりおかしいぞ。

 何でオレ、裸にされてるの?


 完全に無防備な裸のまま、背中にオイルを垂らされてヌリヌリとマッサージされる。

 気持ち良い。マッサージは気持ち良いが、手つきがイヤラシイ気がするのだ。こんなに気持ち良いと、色々なところが大変なことになってしまう。


「あ、あの、忍さん?」

「うふっ、何ですか、春近くんっ」

「これ、裸じゃないとダメなんですか? 前みたいに紙パンツは?」

「ダメです」


 軽く一蹴いっしゅうされてしまう。


「そういえば……茨木さんや鈴鹿さんにも告白したそうですね」

「ぎくっ」


 今日は、その件で来たはずだが、先に言われてしまった。好意をもってくれている忍にも、真面目に告白しなければと思っている春近だが、素っ裸の上、忍の乗られてしまい身動き一つできない。


「わわっ、ちょっと。忍さん」

「うふふっ♡」


 忍の手が脇腹や太ももの際どい部分に入って来てドキッとする。


「わ、私も、春近君のことが好きです」

「忍さん」

「今までずっと、この気持ちは隠してきたのですが……」


 忍さん、それ隠せてませんから! バレバレでしたから! 全然、忍んでませんから!


「春近くんが他の子とも付き合ってるって聞いて……も、もう、私も我慢できなくて……。も、もしよければ……わ、私も……お願いします」


 忍の真っ直ぐな思いが伝わってくる。

 緊張し、震える声で告白をしてきた。

 若干、息が荒い気もするが。


「忍さん、お、オレも忍さんが好きです。本当なら先に言おうとしたのですが。遅くなってすみません。こちらこそ、お願いします」


 春近も告白する。

 ただ、背中を向けた状態で、ヘンテコな告白になってしまった。


「え、え、え、え、えっ、良いんですか!」

「はい。忍さんが良いです」

「嬉しい……私なんかじゃダメかと思ってました。でも、でも……好きって言ってもらえるなんて……凄く嬉しいです」

「良かった。オレも嬉しいですよ」

「うん……うん……じゃ、じゃあ、もっとサービスしちゃいますね!」

「へっ、あれっ? ちょっと待って」


 忍に無理やりひっくり返されて、春近は必死に体を手でガードする。


「うふふっ、ダメですよ。手はコッチです!」

 がしっ!


 忍の寝技テクニックで、簡単に両手を極められ抑え込まれてしまう。

 柔道でオリンピックに出たら金メダル確実だ!


「ちょっと、何してるんですか! オレ裸なんですよ! それに、その下着……」


 ひっくり返されて春近が見た光景は、超絶セクシーな下着をつけた忍の姿だった。


「もうっ、春近くんも油断し過ぎですね。私が、春近君の裸を見たかったからに決まってるじゃないですか。もう逃げられませんよ」


「はああああああっ?」


 春近は忘れていた。忍は大人しく見えるが、実は超肉食系のエッチ女子だということを。


「ちょ、ちょっと、真面目なマッサージは?」

「私の告白にOKしたのだから、もう隠す必要ないですよね」

「いや、いや、なに言ってんの?」

「言うこと聞かないと、お仕置きだって言いましたよね?」

「はああああ!?」

「悪い子にはこうですっ! えいっ、えいっ!」


 忍のムッチリした大きな体で乗られたまま、完全に無抵抗にされた春近は攻められまくる。普段の大人しい彼女からは想像できない超積極的でエッチな手つきで。



「うふふっ、春近君……凄い……」

「た、助けてぇええええっ!」




 平安時代の歌人である平兼盛たいらのかねもりは、百人一首にもなっている有名な恋の歌をのこしている。


 しのぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで


 それは、人に知られまいと心に秘めていた恋だが、顔や表情に出てしまっていてバレバレという意味の歌である。


 忍ぶ恋を歌った有名な歌であるが、阿久良忍に至っては全く隠せていないようだ。彼女は少し過激かもしれないが、千年前も今も人の恋心というものは同じなのかもしれない。

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