第86話 渇望、そして……色づき

 春近は極限の興奮状態にあった――――



 時間は遡ること数時間前。


 夜一人でエッチな画像を見ていると、突然ルリが部屋にやって来たのだった。

 欧州トップサッカーリーグのスター選手の如き高速ステップの速さで、マウスを操作し画面を切り替え難を逃れたのは良かったものの、明らかに動きがおかしかった為にパソコンの履歴を調べられエッチ画像はバレてしまうのだった。


 当初、怒っていたルリだったが、画像の女性がルリと似ているセクシー巨乳な女性ということで許してもらえた。しかし、代わりに今夜は一緒に寝ることになったのだ。


「もうっ、言ってくれればいくらでも見せてあげるのに」

 そう言いながら、ルリがベッドの中で服を脱ぐと、抱きつき柔らかなカラダをを押し当ててくる。


「だ、だって、ルリの裸を見たら我慢できなくなちゃうだろ。うくぅっ、やわらけぇ……」

 ルリのムッチリした体に抱きつかれた春近が呟く。


 節度は大事だと思っている春近だ。しかし、校舎内でも寮でもイチャイチャしまくっているのに、節度もへったくれもあったもんじゃないのかもしれない。


「もうっ」

「ほら、機嫌直して」


 ルリが不満そうにしているので、春近が頭をナデナデしてあげた。


「ふにゃぁ~気持ちいい~」

「もう寝るよ」


 照明を消して部屋を暗くした。



 それから小一時間も経った頃――――


 ルリがモゾモゾと動き出し、何やら怪しげな動きをしている。

 春近は、ルリの動きに気付いたが、寝たふりを続けていた。

 ただでさえ魅惑的なルリが裸で添い寝しているのだから、興奮してなかなか寝付けないのだ。

 ここで目を開けると更に眠れないことになりそうなので、春近は狸寝入りを決め込んだ。


 春近は、何かの気配を感じた。


 な、何か感じる……

 ルリが、オレの顔を覗き込んでいる気配がする……

 何をしようとしているんだ……


「ハル、寝っちゃったの?」

 そのルリだが、春近の頬を指でツンツンし始めた。


「ツンツン、ツンツン……ふへぇ、チュッ♡」

 更にほっぺにキスをしてきた。


 これには春近も笑いそうになる。


 ふふっ、ルリも可愛い所があるな……

 ま、マズい、ここで笑ったら気付かれてしまう。


 春近は、顔がにやけそうになるのを必死に堪えた。



「ハル、寝ちゃったんだ……」


 モゾモゾモゾモゾ――――

 ルリは、布団に潜り込み春近に密着して足を絡める。

 段々と息遣いが荒くなり、時折色っぽい溜め息や声を漏らす。


「はあっ、はあっ、はあっ、んんっ、あっ……ぐっ、ううんっ……」


 何をしているんだ……気になって眠れない――――

 今更起きる訳にもいかず、春近は寝たふりを続ける。


「ああっ、ぐっ……はあっ、ハルっ……んんんっ……」


 うああっ、気になって仕方が無い――――


「はあっ、はあっ、はあっ、ううっ、あっ……もう、だめぇぇぇ……あああっ、ぐぐっ……」

 ビクッビクッビクッ――


 ああああああっ! 何が起きたんだ! 気になる! 目を開けて確認したい!


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……もう我慢できないよ……」

 熱い吐息を漏らしながら、ルリが春近の手を取り自分の方へと持って行く。


 んんっ? えっ? オレの手をどうするんだ?


 ぴとっ!


「はあっ、ハルっ、ハルの手がっ……」


 ええええええええっ! オレの手が! 何処かに当てられて擦っている!


「ハル、ハル、ハル、そこっ、ダメぇぇぇ……」




 そして現在、この極限の状態である――――


 春近は極限の興奮の中で、眠ったフリをしたまま身動きも出来ない状態にあった。

 ルリの吐息に雑じって変な音まで聞こえてくる。


 うあああああああっ! 何だこれは! 拷問かあああああっ!

 こんな状態のまま動けないなんてぇぇぇ!


 目を瞑っている為に、より他の五感が敏感になっていた。今、春近の感覚は耳から聞こえるルリの吐息や怪しげな音と、指先の何か柔らかいモノに触れている感覚だけが増大している。

 これは、そう、バトル漫画にある何か宇宙の神秘的な超パワーを感じている状態である!



「はっ、はっ、はっ、はっ、んんんっ」

 ルリの息遣いが更に激しく速くなってくる。


「ハル、ハル、ハルぅぅぅ……もうダメぇぇぇぇぇぇぇ!」


 最後はもう大声になってしまっていた。

 これで寝ている方が、かえって不自然な感じだろう。


 ルリはしばらく春近の上で荒い息をしていたかと思うと、ゴソゴソと何かをしてから再び布団に潜り込んでくる。

 そして、耳元で「あんまり焦らさないで……」と囁いてから、静かな寝息を立て始めた。


 何なんだ? 全てが気になる! 最後の囁きも気になる! もしかして寝たフリしていたのを気付いていたのか?




 チュン、チュン、チュン――――


 窓の外で鳥が鳴いている。

 朝チュン何回目だよと思うのだが、俗にいう朝チュンではない。

 結局、殆ど眠れなかった。


 春近はベッドから起き上がり、自分の手を見つめる。

 その手をゆっくりと自分の顔の方へと近づけてゆく。


「んんっ~ ハル、おはよう~」


「うわああっ!」

 慌てて手を引っ込める。


「あ、ルリ、おはよう」

「おはよぉ。ハル、どうしたの?」

「い、いや、なにも」


 まて、オレは今何をしようとしていたんだ。

 ルリは、いつもと同じで変化は無い。

 これは……もしかして夢だったのか?


 春近は無理やり夢ということにした。


 ――――――――





「ごしゅじ……春近君、何か疲れてるみたいですね」

 教室に入り席に着くと、杏子が心配して声をかけてきた。


「少し寝不足かな」

「またまたぁ、エッチな事をしてたんでしょ?」


 ぐふぉっ!

 図星すぎて何も言えない。


「今度、私にもお願いしますね(ぼそっ)」

 杏子は春近だけに聞こえるように、小声で囁いた。


「えっ、きょ、杏子……」

「ふふっ、内緒ですよ」

「ううっ……」



 ルリが嫉妬したのか、春近の腕を掴んで引き寄せてしまう。


「そういえば、ハルってキレイな手してるよね」

 夜のこともあるのに、思い切り意味深だ。


「えっ、そうなの?」

 ルリの言葉で、咲が春近の手を取りまじまじと見つめている。


 今のは聞かなかったことにしよう――

 春近は、やっぱり何もなかったことにした。




「ハ~ル君っ!」

 そこへ再び天音が突撃して来た。

 咲が警戒して春近をガードするように前に入ろうとするが、天音の高速ステップでかわされる。


「ハル君、おはよっ」

 天音は、まるで周囲の人が視界に入っていないかのように、春近だけを見つめて迫ってきた。


「お、おはよう……天音さん」

「もう、そんなに警戒しないでよ。お姉さん傷ついちゃうぞ」

「え、えっと、警戒はしてないですよ」


 春近は、警戒というより心配をしていた。


 天音さん……心配だな。

 昨日は急に泣き出してしまうし……自分を汚いとか卑下してしまうし……。オレは処女とか経験豊富とか気にしないのに。

 こんなに綺麗な人なのだから、もっと自信を持ってもらいたいよな――――


「昨日はごめんね。あと……ありがとう」

 そう言った天音の顔は、以前のどこか作ったような不自然さはなかった。


「えっ、俺は何も」

「今日は、それが言いたくて……」

「うん」

「あっ、そうだ……今度デートしよっ」

「えっ!」


「「は?」」

 横でルリと咲の威圧感が急上昇する。



 憑き物が落ちたような天音だったが、ルリたちの顔をチラ見してらから急にイタズラな顔になる。


「あと、昨日はあのままだと欲求不満になっちゃったでしょ。言ってくれれば、いつでも気持ちよくしてあげるからね!」


 天音は、とんでもないことを言い出した。

 ただ、昨日と違っているのは、どこか無理していたような感じが無くなり、笑顔も表情も自然で楽しそうな雰囲気だ。


「お、おい」

 咲が割って入る。


「あれ、皆いたんだ? じゃあ、ハル君、また後でねっ」


 他の人を殆ど気にも留めず、春近だけにとびきりの笑顔を見せて教室を出て行く天音。昨日が小さな嵐だとしたら、今日は大型台風を残して去って行ったみたいだ。



「うっわぁああっ! やっぱり、こうなったぁぁ!」

 咲が叫ぶ。


「咲、落ち着いて。違うんだよ、これは」

 弁解しようとする春近だが、全く説得力がない。


「何でハルは、行く先々で女を堕として回ってんだよ!」

「し、知らないから。堕としてないから」

「無自覚かよっ!」


 春近は自覚が無いままハーレムを広げているようだった。



「ハルぅぅぅぅ、エッチなことしたんだ……?」

 ルリの威圧感が凄い。


「してないから! エッチなことをしたのはルリでしょ! あっ……」


「えっ……は、は、ハル、やっぱ起きてたんだ……」


 ハッとしたルリの顔が、見る見るうちに赤くなってゆく。真っ赤な顔をしているルリが可愛くて、ついつい顔がにやけてしまう春近だ。


「ふへっ」

「は、はああぁ、ハルのエッチ!」

「エッチはどっちだよ!」

「とにかくハルがエッチなのぉ!」



 天音の残した嵐は、後に更に大きなうねりとなってしまうのだが、この時はまだ誰も気付いていないのだった。




 大山天音は心底嬉しそうな表情で自分のクラスへ向けて廊下を歩く。

 何だか、これから楽しくなりそうな気がしていた。今までの、まるでモノクロームのようだった世界が、急に色づき始めた気がしていた――――

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