第84話 サークルクラッシャー
鞍馬和沙は朝から不機嫌になってしまう。
それもそのはず、登校したら教室でハーレム男が破廉恥極まりない行為をしているのである。
「何なんだ……コイツら……」
和沙は少し古風な考え方をしていた。
人前でイチャイチャしたりキスをしたりするのは、破廉恥だしマナー違反だと思っていたのである。
しかし、今、眼前で繰り広げられているのは、目を背けたくなるような
「ううぅ~ん、ハルぅ、もう我慢できないよぉ~」
「ハル、大好き! アタシを見てよ!」
「ごしゅ……いや、春近君……やっぱり、もう、御主人様で良いですよね!」」
瑠璃が春近の右膝の上に跨り、手足をギュッとさせながら胸を押し当てる。
それだけではない。咲は春近の左ひざの上に乗り、体を密着させて熱い目で見つめ、杏子は後ろに張り付き完全に呆けたような顔をしていた。
「ちょ、ちょっと、少しは人の目も気にしろぉ! ルリ、グリグリしない! 咲、くっつき過ぎだから! 杏子、それは禁句!」
もう春近のツッコみが追い付かない。次々と繰り出されるルリたちの破廉恥攻撃に、全く防御もツッコみも間に合わないのだ。
そこに藤原という男が現れる。
「土御門、オマエやっぱ凄いな。尊敬するぜ!」
彼は、前々からハーレム王と呼ばれる春近を一目置いていた。その上、先日の公衆の面前での情熱的な告白を目の当たりにして、自分を上回るモテ男として尊敬の念を抱いてしまっているのだ。
元陰キャの春近からしたら、陽キャのモテ男の藤原に尊敬されるのは違和感満載だったかもしれないが。
「あああっ! もう、こんなクラス嫌っ!」
和沙が不満をぶちまける。
――――――――
昼休みの屋上、和沙は天音と二人で景色を眺めながら
「もう、最悪! 何なんだあの男!」
先程から和沙は春近の悪口が止まらない。
「ふふっ、和沙ちゃんてば、ホントは羨ましいんでしょ」
天音が話を遮って挑発するようなことを言いだす。
「そ、そんなわけないだろ! な、何で私が!」
「だって和沙ちゃん、前に男欲しいって言ってたじゃない」
「いや、それは……私だって彼氏欲しいし、でもあんな軽薄な男はご免だね!」
「そうかしら、私はけっこう好みだけど。可愛いじゃない。それに……あんなモテモテだと、私が奪って壊したくなるし」
天音の優しそうな顔が、少し陰りを帯びたように見えた。
「お、おい、天音……変なこと考えてないよな……」
「うふふふっ、ああいう可愛いタイプの男の子って汚したくなっちゃうのよね。それに、誰かのモノだと思うと、余計に欲しくなっちゃうし」
「うわあぁ……」
天音って……こんな腹黒だったのか……?
春近も最悪だけど、天音も最悪だ……
和沙は、彼氏ができても絶対に天音だけには紹介しないと心に誓った――――
春近は三人のラブラブ攻撃から逃れて、放課後の校舎を
「またアリスに頼んでみようかな?」
愛情を向けられるのは嬉しいが、あまり激しいと困ってしまうのだ。春近はアリスに頼んで皆を静めてもらおうと思っていた。
「うーん、しかし、アリスは凄いな。どうやって皆を静めているのだろう?」
独り言を呟きながら歩く。
「クーデターの時も、味方の攻撃は全て命中させ、敵の攻撃は全て外していたし。ゲームの世界だと超強力なバフとデバフを同時に掛けているチートキャラだよな。見た目は小っちゃいのに」
小っちゃいは関係無い。
「ハル君っ」
ぼんやり考え事をしながら歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
「えっ」
振り向くと、転校生の
「あ、大山さん」
「もう、堅苦しいぞっ! 私もハル君って呼ぶから、キミも名前で呼んで良いんだぞっ」
「は、はい、では……天音さん」
「うん」
天音は、お姉さん系の大人っぽい女性で、笑顔が素敵で優しそうな雰囲気をしている。髪をエレガントなカチューシャで止めて額を出し、不思議な大人の色気を出している。
左目じりの下に小さなホクロがあり、よりセクシーな大人の女性らしさを際立たせていた。
「ハル君、何だか大変みたいね。和沙に聞いたわよ。モテモテだって」
「そ、そうですね。はぁ、そのせいで鞍馬さんには嫌われてしまって……」
「あの子、ちょっと古風な性格なのよ。一途で男らしい人が好みらしいわよ」
「ああ……それで。同時に何人も付き合ってるなんて嫌われて当然ですよね……」
――まあ、普通はハーレム男なんて、女性から見たら敵になってしまうよな。
「私は、ハル君みたいな子、けっこう好きだけどな」
天音が、優しい笑顔のまま少し距離を詰めてきた。
「そ、そんな、ご冗談を。はははっ」
「冗談じゃないと言ったら? また会えて、お姉さん嬉しかったんだぞっ」
更に距離を詰め、春近の肩にポンと軽く触れる。彼女の髪がサラサラと動き、とても良い香りがした。
「あ、あの……近いです……」
「もう、緊張してるの? 可愛い……」
「あの、だ、ダメですよ」
「ふふっ」
更に近付いた天音は、春近の胸に優しくタッチすると、艶っぽい表情で見つめる。
「彼女さんに聞いたわよ。まだしてないんでしょ? もし、良ければ……私としてみる?」
「え、ええっ!」
色っぽいお姉さんキャラから『してみる』などと言われ、春近の頭は混乱した。
ななな、何で知ってるんだ!?
ど、ど、ドーテーだとバレてる?
いや、落ち着くんだオレ!
「遠慮しなくても良いのよ。ほらっ、初めて同士だと上手くいかなくて失敗しちゃうって聞くし。練習のつもりで……」
「で、でも……」
「良いのよ。お姉さんに全部任せてくれれば。手取り足取り教えて、あ・げ・る・」
体を寄せて胸板を優しく撫でながら潤んだ瞳で見つめる。
体中から沸き上がるようなフェロモンと、情欲を誘う色っぽい表情、性感帯を刺激するようなタッチで、一気に相手を追い込んでくる。
天音の必殺のテクニック炸裂だ。
今までこの手で落ちない男はいなかった。
これで、この男もおしまい。
そう思われた時――
「だ、ダメですよ、そんなの! ルリたちを裏切ることはできない。それに天音さんも、そういうのは本当に好きな人とやるべきです。そんなに簡単にやっていたら、本当に好きな人ができた時に後悔するかもしれませんよ」
「えっ……」
春近が去って行き、天音は一人廊下に取り残される。
まさか断られるとは思っていなかったのだ。
「あれ……何で……」
呆然としていた天音だが、次第に少しの怒りと大きな恥ずかしさが込み上げてくる。
「は、はああ!? 何なの、あの子……」
あんなに誘惑したのに断られ、恥ずかさで顔が赤くなるのを天音は自覚した。同時に、あのピュアな男の子を汚してやりたい願望が更に大きくなる。
天音の男性観は少し歪んでいた――――
男なんて誰も同じだ。
皆、女の体が目当てなんだ。
女とやる為にはマメに頑張るのに、釣った魚にはエサをやらない。
そう、心の底では男を軽蔑しているのかもしれない。
「春近君か……」
天音の瞳が妖しく光る。
だから私は、何色にも染まっていないヴァージンの男の子が好きなのだ。純白の半紙に墨汁を垂らすように、私が真っ黒に汚してやりたい。
そう、私と同じように――
「ふぅーん、そっちがその気なら……」
普段から笑顔を浮かべている天音の顔に、少しの陰りが見えた。本当の素顔はこっちであり、普段は仮面なのかもしれない。
歪んでいるのは男性観ではなく、天音自身なのかもしれなかった――――
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