第83話 誰にも渡したくない!
目覚ましのアラームを消し、カーテンを開け外の空気を吸う。
モヤモヤした気持ちは全く晴れず、却って重苦しい気持ちになってしまった。
殆ど眠れなかった春近は、ずっとベッドの中で寝返りを打っていたのだ。目覚ましで起きてはみたものの、気持ちは全く晴れないままだ。
昨日の光景が脳裏に焼き付いて離れない……
咲と藤原が二人で楽しそうに話しながら何処かに歩いて行く。
繰り返し繰り返し同じ光景を思い出してしまう。
「ぐ、偶然だよな……たまたま何かの用事で……でも……」
自分に言い聞かせてみても、すぐ否定の言葉が出てきてしまう。
「あの後は、何か見るのが怖くて、後を付けたり話しかけたりはできなかった。結局、どんな話をしていたのか、どんな用事だったのかは分からずじまいだ」
もう、頭の中が咲のことでいっぱいになってしまう。
「咲……いつも、ぶっきらぼうで当たりがキツくて……。でも、本当は優しくて、思いやりがあって、オレに笑いかけてくれて……」
咲の笑顔が別の男に向けられるのかと思うと、胸が苦しくなって張り裂けそうだ。それがもし、キスやベッドを共にしているのを想像すると、ショックで倒れそうになってしまう。
「オレの中で、こんなにも咲の存在が大きくなっていたのか――――」
どんどん咲の存在が大きくなり、自分を責める気持ちになってしまう。
「もしかして……オレが、咲の気持ちを知りながら、他の子とばかりイチャイチャしていたから
考えていても時間は待ってはくれない。春近は着替えて登校の準備をする。
春近は教室に入って自分の席に着いた。
何だか、いつもの教室なのに居心地が悪く感じてしまう。こんな状態で咲に会ったら、どんな顔をすれば良いんだ……。
春近が一人で考え事をしていると、いつものように咲がルリと一緒に登校してきた。
「おはよっ、ハル」
咲は、普段と変わらない笑顔で声をかけてきた。
「あ、おはよう……」
「ん、ハル、何か変じゃね?」
「そ、そうかな? 普通だよ」
ダメだ……上手く話せない。
昨日の事を聞きたいのに、怖くて言い出せない。
もし、本当に咲が藤原と付き合っていたらと考えてしまうと、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「変なハル。元気出せよな」
「あ、ああ、ありがと咲」
授業が始まっても咲の事ばかり考えてしまい、授業内容が全く頭に入ってこない。
もう、直接聞いてハッキリさせた方が良いのだろうか。
昼休みになって、春近は咲を呼び出した。
さっきから聞こうとするのに、最初の言葉が出てこない。
「あのさ、えっと……」
「何だよ? ハッキリしろよ」
咲が
もう聞くしかない!
怖いけど聞くしかないんだ!
「あ、あの、昨日は何してたの?」
恐る恐る、振り絞るように春近は話し始める。
「ん、何の事?」
「だから、放課後に……」
「放課後が何だよ?」
「だからその」
「何だって?」
「ふ、藤原と話してたじゃん……」
「藤原ぁ? ああ、それなら――」
不安そうな春近の顔と藤原の名前で、咲の恋愛乙女センサーがビンビンと作動する。
咲の心の中では、ちょっと焦らせてやろうと作戦を思案中だ――
ん、まてよ……ハルのやつ朝から変だったよな。もしかして、アタシが藤原と話してたのを見て妬いてんのか? もしそうなら……これはチャンスかもな。
「何か、藤原に用があったのかと思って……」
「アタシが藤原と話してても、ハルには関係ねぇだろ」
「そ、そうだけど……ほら、藤原は色々遊んでるって聞くから、ちょっと心配で……」
「そうかな? 藤原は優しいし人気あるみたいだよ。どこぞの誰かさんと違って女心が分かってるみたいだし」
挑発するような咲の言動で、益々春近が焦ってしまう。
これには咲も心の中でガッツポーズだ。
うわっ、アセってるアセってる!作戦成功かよ!
「そうなんだ……ごめん、ちょっと気になっただけだから」
「う、うん……」
ガックリと肩を落とし戻って行く春近を見て、咲は罪悪感を感じてしまった。
あれ、何か予想以上にヘコんでる? ちょっとだけ、からかうつもりだったのに……。なんか悪いことしちゃったな。あとでフォローしといてやるとするか。
――――――――
直接聞いてハッキリさせようとしたのに、更に春近のモヤモヤが広がる結果になってしまった。
「あああっ! やっぱり女子は、藤原みたいな女心を分かってあげられるコミュ力の高い男子が好きなんだよな。オレは、この学園に入ってから急にモテモテになって、いい気になっていたのかもしれない。本当に咲の気持ちを真面目に考えてあげていたのだろうか……? 女の子のことを大切にしていたのだろうか……?」
こんなんじゃ、咲だけでなくルリの気持ちも離れていってしまうかもしれない――――
どんどん思考が負のスパイラルに入って行ってしまう春近。まさか、この後とんでもない行動を起こすとは誰も分かるまい。
「はあぁ、今日は一日何をやっていたのだろう……」
授業が終わり、皆が帰り始める中、春近はフラフラと意味も無く廊下を歩いている。
「あっ……」
春近は、再び昨日と同じような光景を見てしまう。
咲が藤原と一緒に廊下を歩いているのだ。
「そ、そんな……」
もう諦めたら……去年までの春近だったら、そう思っていたかもしれない。嫌なことには背を向け、極力、人とは関わらないで生きてきたのだから。
でも、今は違う。
嫌だ――――
咲の笑顔が他の男に向けられるなんて!
嫌だ――――
咲が誰か他の男を好きになってしまうなんて!
嫌だ――――
咲を誰にも渡したくない!
体が勝手に動き出し、春近は廊下を走っていた。
タッタッタッ、ザンッ!
「おい、待てよ!」
二人の所に追いつき、藤原と正面から対峙する。
「あれ、土御門」
藤原は不思議な顔をして春近を見つめている。
横にいる咲は、突然の展開に頭が追い付いていないような顔をしていた。
「さ、咲はオレの女だぁぁぁぁーっ!! だ、誰にも渡さないぞ!!」
もう完全にテンパってしまった春近は、人の多い廊下でとんでもないことを大声で叫ぶ。
「お、おう」
藤原は、キョトンとしている。
「オレは咲が大好きだぁああああっ!! 誰にも触らせないし、誰にも邪魔させないからな!!」
「が、がんばれ……」
あれ? 藤原の反応が変だぞ……
「は、は、ハルぅ。ちょ、なに言ってんの……こんな人の多い場所で……」
咲が春近の袖を掴み、顔を真っ赤にしている。
「あれ? えっと。オレ、やらかした?」
「良かったね、茨木さん。お幸せに。じゃ、俺はこれで」
藤原は、それだけ言って帰ってしまった。
「ん?」
「ハル! ちょっとコッチに来て」
咲に腕を引っ張られて、春近は階段の方まで連れて行かれる。
廊下から陰になった場所で、咲は思い切り春近に抱きついた。
ぎゅぅぅぅぅーっ!
「お、おい、どうなってんだ?」
「ハル! 嬉しい! アタシも大好き!」
「あ、あの、藤原は……?」
「ああ、アイツには男を堕とすコツを聞いていたんだけど」
「は?」
咲の言葉に春近の思考が混乱する。
「だから、ハルがアタシに振り向いてくれるように、色々とアイツに作戦を聞いてたんだよ。結果として大成功だったみたいだけど」
「はあああああぁぁぁーっ! じゃ、じゃあ、オレが勝手に誤解して暴走していただけだったのか……?」
「そうなるわな。にししぃ」
「うっわあああああああああーっ! 恥ずかし過ぎる」
「ふふん、ハルって意外と独占欲が強いんだね。あんな情熱的な告白するのなら、スマホで動画撮影しとけば良かった」
ニヤニヤとイタズラっぽい顔で咲が笑う。
「ダメだ、公衆の面前で大声出して告白してしまった。恥ずかしい」
「恥ずかしいのはこっちだよ! あんな人の多い場所で。でも、ハルの本心が聞けて良かったぁ。ふぅ~ん……ハルってそんなにアタシのことが好きだったんだぁ♡」
咲はピッタリと体を寄せて、下から顔を覗き込んでくる。
「ああ、もう弁解のしようがない……そうだよ、悪いか! 咲が藤原と仲良さそうにしてるの見てから、ずっとモヤモヤして居ても立っても居られなかったんだから」
「悪くないよ、むしろ最高♡ もう、しょうがないなぁ~ そんなハルにご褒美あげないとね~」
ご褒美と聞いて春近の体が勝手にビクッと反応してしまう。
「あ、あの、ご、ご褒美って……」
「もう、ホントハルってば変態! でも、今日の御褒美はこっちだよ」
そう言って、咲は情熱的なキスをする。
「ちゅ、んっ♡ ハルぅ……大好き……ちゅっ」
「咲……オレも大好きだ……」
咲は手足を春近の体に巻き付け、俗にいう『だいしゅきホールド』の体勢になっている。
あまりにも激しすぎて、廊下を通る生徒達が皆ヤバい物でも見てしまったかのように、驚いて方向転換し去って行く。
二人がラブラブになっていると、前にも聞いたことのある騒々しい声が聞こえてきた。
「キャー 茨木さん! すごーい!」
「やだー! またやってる!」
「また野外プレイ?」
「あれ、絶対入ってるよね!」
デートの時にも会った、いつもの噂好き女子達だ。
さっきの騒ぎを聞きつけて集まってきたのだろう。
咲はキスを中断して後ろを振り向くと、彼女らを
「え……」
「あの……」
「何か……チョー負けた気分なんですけど……」
「えぇ……」
噂好き女子は大ダメージを受けて退散していった。
「ハル! 大好き! もう、アタシをこんなに大好きにさせた責任取ってもらうからね!」
「う、うん……でも、ここ廊下……」
「そんなのどうでもいいだろ。もうっ、ハルってば……ちゅっ」
「えええっ……」
二人は誰も寄せ付けない程のラブラブ空間を展開させ、放課後の校舎内でイチャイチャしまくってしまう。
もう、誰もバカップルな二人を止められないのだ。
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