第82話 焦燥感

 月曜日。

 新学期開始早々、とんでもない大事件が起きて休校になってしまったが、今日から授業もスタートする。

 元からこの学園には事件が多いのか、それとも陰陽庁関係者が多いのか、教師も生徒も何事も無かったかのように日常に戻っているのには驚くところだ。


 春近が休校期間に十分な休息が出来たのは、実はアリスのお陰である。あの最強過激女子たちを言葉一つで静めてしまうのは、一体どうやっているのか謎が多かった。



 そして、春近といえば――――


 うーん、鈴鹿さん……いや、杏子と背徳感全開の関係になってしまう予想外の展開に……

 ちょっと、顔を合わせづらいな……

 女性には優しくしなければならないと思っているのに、まさかあんなことをしてしまうなんて……



「おはようございます」

 ぼーっと考え事をしている所に、横からその杏子に挨拶をされた。


「あ、おはよう……うわっ、鈴鹿さ、あ……杏子……」

 名前の部分が小声になってしまう。


「もう、先日みたいな威勢はどうしたんですか? 御主人様」

 ニマニマと楽しそうな顔をして耳打ちしてくる。

 少し期待と恥ずかしさが入り混じった顔だ。


 そんな杏子を見ている春近が、急に悪戯心が出てしまう。


「お、おい、杏子! 奴隷の分際で御主人様に対して何だその態度は!」

「きゃ、お許し下さい、御主人様」


 二人でアホな冗談をしてふざけ合う。

 ふと、視線を感じた春近が顔を横に向けると……そこに一人の少女が立っていた。


「うわぁ、サイテー……」

 まるでゴミを見るような目をして呟く少女。


「えっ、ええっ! な、何で……?」


 春近が驚くのも無理はない。

 そこに立っていたのは、ボーイッシュなショートカットに少し日焼けした顔の少女。いかにも体育会系のようなサバサバした雰囲気の女子。

 そして、クーデターの後、陰陽庁に連行されてしまった五人の内の一人。


「た、確か……く、鞍馬くらま和沙かずさ……」


「キミぃ、あの時は良い人だと思ってたのに……。女を物扱いみたいにするなんて最低だな。私は、女に乱暴なことをする男って大嫌いなんだ」


 ガアアアアアァァァァァン!

 春近が大ダメージを受けた。


「あ、あの、誤解です」

「近寄るな、最低男!」


 ビシッと指を伸ばし、ハッキリと和沙が言う。


「うわぁ、いきなり嫌われてしまったぁああっ!」


 まさかの再会に喜びたいところを、いきなりイメージ最悪となり春近が落ち込んだ。てっきりもう会えないと思ていたのだが。



「どうしたの、ハル」

「ふぁあっ、ぉはよーハル」

 丁度そこにルリと咲が教室に入ってきた。


「あの、この子が……」

 春近が指差す方を見た二人が驚いた。


「あぁああーっ! 和沙ちゃん!」

「うぉおおおおっ! あの時の!」


 ルリと和沙は再会を喜び合う。

「また会えたねっ」

「久しぶり」


 再会の喜びも束の間、余計なおせっかいな和沙は、春近の行いをバラしてしまう。


「そうだ、おまえの彼氏とんでもない男だぞ!」

「むぅぅっ! ハルの悪口はやめて!」

「あ、ごめん……」


 ルリに怒られて和沙が一瞬怯む。


「でもさ、この子に酷いことをしてたから……」


 和沙の言葉で、皆が視線が杏子に集まった。


「ひっ、わ、私は……こういう扱いで……ぜ、全然、構わないですから……」


 春近の背中にくっついた杏子が、ボソボソと小声で喋っている。

 余計に誤解を生みそうな行動だ。


 春近は思い出す。

 慣れている人とは普通に喋る杏子だが、初対面や慣れていない人とはこうなることを。出会ったばかりの頃のようだ。


「だ、だから、これは杏子が……」


「杏子?」

「杏子だと!」

 春近が『杏子』と名前で呼んだのを、ルリと咲が同時にツッコみを入れた。


「ま、マズい……どうしよう」

「わ、私が、御主人――もがもが……」


 杏子が危険ワードを喋ろうとしたので、春近は手で彼女の口を塞いでガードする。


「んん~~っ、ふぁるひふぁふん……」

「ほ、ほら、もう授業が始まるから、この件はまた後で」


 なんとかこの場はやり過ごし、杏子を引っ張って自分の席へと移動した。


 チャイムが鳴り、授業が始まってから、春近は隣の席の杏子に小声で囁いた。


「ちょ、ちょっと、調教とか御主人様とかの話はやめてよ」

「ふふっ、でも、調教されたのは事実じゃないですか」

「そうだったぁぁ――――」


 とんでもない弱みを握られ絶体絶命の春近だ。


「春近君が秘密にして欲しいならそうしますよ。何だか禁断の関係みたいで背徳感がありますし」

 そう言った杏子の目がキラリと光る。


「ううっ、そうしてください」


 ――――――――






 休み時間になり、春近は祖父に電話を入れる。


『おう、春近よ、その後はどうじゃ。元気でやっとるか』

 いつもの能天気な声がスマホから聞こえてきた。


「やっとるかじゃないよ! あの天狗の子達が学園にきてるんだけど」


『おお、あの子らはおぬしに任せるわい』


「は? 任せるわいじゃなくて、どうなってるの?」


『彼女らも強い力を持っていての、鬼の特級指定者と同じように世間から見れば危険な存在なのじゃよ。やはり陰陽学園に入れておくことになったのじゃ』


 何だか既視感きしかんのあるような雲行きになる。


『そういう訳で、おぬしが面倒見てやってくれ』


「お、おお、おい! どういうことだよ!」

 ツーツーツー――――


「はああっ! またこのパターンかよ」


 やっぱり同じ展開になった。


 ――――――――





 そして昼休み。

 全員で学食に行き昼食となる。

 転校生五人の自己紹介を兼ね、入院中の栞子を除いた13人が集まった。

 勿論、ルリと咲は今朝のことを詳しく聞くつもりでいる。



「で、今朝は何があったの?」

 一通り自己紹介が終わり、ルリが本題に入った。


「それ、あたしも気になるわね!」

 春近の隣の席をガッチリとキープしている渚も食い付いてくる。

「それに、まだあの時の結婚の話も聞いてないし」

 渚の目が益々鋭くなる。


「あの……両腕を掴まれると食事ができないのですが」

 ルリと渚に腕を掴まれて身動きができない春近が、恐る恐る声を出した。



 そんな状況に、和沙は素朴な疑問をぶつける。


「あの、その前に質問したいのだが。この男はルリの彼氏だと聞いていたが、私が見た限りでは、他の女にもちょっかいを出しているようなのだが……」


「ハルは私の彼氏だよ」

「春近は、あたしのモノに決まってるでしょ!」

 ルリと渚の声が重なった。


「えっ、それは、どういう……」

 和沙の目が険しくなる。


「あ、あの……春近君は私の御主人……か、彼氏でして……」

 杏子まで張り合う。遠慮気味に手を挙げるが、言葉では『彼氏』とハッキリ述べる。



 これには、春近の両腕を掴む二人の力が数段上がってしまう。


 春近は、逆に彼女たちの手を握り返した。

 もうここまで来たら後戻りはできない。もうハーレム王の道を突き進むのみだ。

 

「き、聞いてくれ。たとえ複数人と付き合おうが、たとえハーレムだろうが、オレが皆を想う気持ちは何も変わらない!」

 シャキィィィィーン!

(カッコいいことを言っているようで、傍から見るとかなり最低だった)



「うっ……つ、つまり、同時に複数の女と付き合っていると」

 和沙は、心底軽蔑したような目で春近を睨む。


「お、おい、そんな汚物を見るような目はやめてくれ……」

「やっぱり最低っ!」

「ぐはあっ!」



 結局、春近はハーレム王ということで五人の転校生は納得し、今日は解散となる。

 そして栞子との結婚の件は、彼女が復帰してから話し合うことになった。


 ただ、帰り際にお姉さんっぽい女子の大山だいせん天音あまねが、春近にだけ聞こえるように『また会えて嬉しいわ』と意味深な笑顔で囁く。

 事件の後といい今回といい何か意味深な感じで、春近は何か気になってしまった。


 ――――――――






 放課後になり帰り支度をした春近が、何気なく夕日が暮れる校庭を眺めていると、そこに咲の姿が映った。


「咲っ、あ……」


 声をかけようとしたところ、咲の隣に男子が現れて言葉に詰まる。

 二人は話ながら何処かに歩いて行く。


「えっ、咲……でも、普通に男子と話すくらいあるよな……」

 春近の中に、モヤモヤとした気持ちがどんどん大きくなってくる。


「確か、あの男子……そうだ、あの時の!」


 前に咲とデートした時にホテル街で偶然会ったクラスメイトだ。藤原という名前で、複数の女子にちょっかいをかけているプレイボーイで有名な男だった。


「何であんな遊び人と……」


 春近の心に複雑な感情が膨らんでゆく。自分が複数の女子と付き合っているハーレム王なのは棚に上げているのだが。


「何だろう……このモヤモヤした感じ。咲に他の男が近づくのが、こんな気持ちになるなんて……」


 春近は、言いようのない不安におそわれた――――

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