第79話 運命を反転させる魔王

 結界の一部が破壊され術が弱まった。

 栞子はボロボロになりながらも、最後の力を振り絞り結界を破壊したのだ。


 忍が逸早いちはやく立ち上がり、皆を守るように前に出て戦闘態勢を取る。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――

「させない! みんなは私が守ります!」

 強い決意を持った声で忍が言う。


 黄金ゴールド白金プラチナのような美しい光を纏い、最強の女戦士のように立つ忍の背中が頼もしく見える。



「おのれ! 我の使役する天狗達よ、我を守り敵を殲滅せんめつせよ!」

 満彦の命令で和沙達四人の少女は結界陣の体勢を解き、満彦を守るように整列する。


 和沙たちは迷っていた。

 ルリと話したことで、相手も自分と同じ恋に夢見る普通の少女だと実感できたのだから。


 だが、満彦の呪いは確実に自らの体を蝕んで行く。これ以上、彼の命令に逆らうわけにはいかないのだ。逆らえば死に至る呪いにより使役されているのだから。


「ぐっ、くそっ、苦しい……」

 周囲の喧騒に掻き消され、誰にも聞こえぬほど小さな声を出す和沙。


 どうしたら良いんだ……

 戦いたくないのに、逆らえば呪いが……



「ううっ、どうすればいいの」

 あいも呟いた。


 彼女も同じように迷っていた。雷撃を使えば天狗の少女達に対抗できる。しかし、それは相手を殺してしまうかもしれないのだ。


 和沙たちにとっても、それは同じことだった。

 お互いに睨み合ったまま、動けないでいる。



「なにをしておる! 早く攻撃せよ!」


 満彦が命令したその時だった。

 誰もが予想だにしなかったことが起きたのだ。


 満彦の背後には、いつの間にか咲が立っていた。

 何処から持ってきたのか高級そうな花瓶を手に持ち、それを高く振り上げている。


「へっ……?」

 変な声が出た春近だけではない。誰もが呆気にとられて固まっている。


 咲は、その大きな花瓶を満彦の頭に目がけて振り下ろした。


「えいっ!」

 ガッシャァァァン!! パリィィン!!

「ぐわぁああああっ!」


 予期せぬ攻撃に満彦は倒れこむ。

 誰一人として想像もできなかったことに、咲は結界が破られ自由になると、こっそり部屋に飾られている大きな花瓶を取り、ゆっくりと満彦の後ろに回り込んでいたのだ。


 満彦も強い呪力を持つ少女達から目を晒さず注意を怠らなかった。

 しかし、ろくに呪力も持たない戦力外の咲は、全くのノーマークだったのだ。これまでも活躍らしい活躍もしておらず、全く目立っていなかったのだから。


 春近たちでさえ誰も咲が動いたことを知らなかったくらいだ。



「ぐああっ! おのれ、おのれ、おのれぇぇぇぇ!」

 花瓶の直撃を受け、激怒した満彦の額に一筋の鮮血が滴る。


 憤怒の表情で立ち上がった満彦が術の体勢に入った。

「もう許さぬ! 呪詛により強制使役する! 天狗達よ……」


「させませんです!」

 突如アリスが前に出て叫んだ。


 満彦の術に対抗する唯一決定的な瞬間。


「因果反転!」

 ギュワァァンッ!

 アリスの漆黒の呪力が発動した!


 この時を待っていたのだ。

 追い詰められた蘆屋満彦が、もう一度呪術を使う時を。天狗の少女たちに掛けられた呪いは、術者本人である満彦にしか消せないだろう。もし、それを可能にすることがあるのならば、もう一度呪いを発動した満彦の因果を反転させるしかない。


 そう、アリスはこのタイミングを狙っていた。

 因果が反転し、和沙達に掛けられた呪いは消え、呪詛返しのように満彦へと返って行く。


「な、なにいいいいっ! おのれ!」

 満彦は必死に陰陽術で反転した呪詛を食い止めるが、かなりのダメージを受けてしまう。

「ぐわああああああああああああっ!」



 満彦は自分の見落としていた存在を理解した。


「な、何か大きな運命の流れが……歯車が狂っていたのだ……そうだ……この人形のような小さな女だ……何故……こんな女が居るのだ……運命を操る……まさに魔王と呼ぶに相応しい……」



 一方、呪いが消えた天狗の少女は喜びで飛び跳ねる。


「やった! 呪いが消えた!」

「良かったわ」

「うんうん」

「んっ……」


 和沙たち四人が喜び抱き合う。

 きっと、廊下で倒れたフリをしている遥も同じ気持ちだろう。



「ぐおおっ! お、おのれ! まだだ! まだ終わらぬ!」


 満彦は諦めていない。

 ここから脱出し、再起を図る。

 何度でもやり直し、我こそが最強の陰陽師だと世に知らしめるのだと。


「彼女達に手は出させないぞ! お、俺は!」

 春近が前に出て咲や渚の盾になるように庇った。



 グニャァアアアアアアァァァァ――――


 その時、満彦は後ろで空間が割れるような不思議な感覚を感じた。前にばかり気を取られて、後ろのストレッチャーに固定されている彼女のことを失念していたのだ。


「な、なんだとっ!」


 結界が消失した事で、ルリが呪力を使えるようになっていた。


 バキッ! バキッ! ガキンッ!


 ルリを固定している拘束具が次々と捻じ曲がり破壊されてゆく。周囲の空間を歪ませながら青白いプラズマをほとばしらせ、凄まじい呪力を開放して起ち上るルリ。

 その姿はまさに鬼の王と呼ぶに相応しかった。


 蘆屋満彦にとっては、『前門の虎、後門の狼』ならぬ『前門の魔王、後門の鬼王』である。

 アリスを何とかして脱出しようとしていたら、後ろからルリが復活してしまったのだ。


「何故だ……我は……何処で間違った……まさか……」

 満彦は春近を見る。

「鬼を使役する男……まさか、晴明……そうか……我は、また負けたのだな……千年前と同じように……」

 千年前と彼は言った。



「よくもやってくれたわね!」

 ルリは本気で怒っている。

 その顔はいつもの可愛いけど少しズボラな彼女ではない。


「なんかアッパーみたいなやつぅぅぅぅぅ!!」


 ルリがアッパーカットのようなパンチを繰り出すが、空間支配の呪力により周囲の空間が捻じ曲がる。空間の歪に巻き込まれた満彦自身が凄いスピードで跳ね上がった。

 天井を突き破って宇宙まで飛んで行きそうな感じだ。


「ルリ!」

 春近が叫ぶ!


 ルリがやり過ぎないように止めようとしたが、本人も分かっているのか天井まで飛んだ満彦は急停止し床まで戻ってくる。空間を支配している今のルリには何でもアリなのだ。

 瞬間的に強烈な重力加速度がかかり、満彦は完全にブラックアウト失神してしまった。



「勝った……のか……」

 ピクリとも動かない蘆屋満彦を見た春近が呟く。

「やった! 勝ったぞ! 勝ったぞおおおおっ!」


「ハルぅぅぅぅぅぅ!」

 ルリが凄い勢いで抱きついて来た。


「ルリっ! ルリぃぃぃぃぃぃ!」

 春近も凄い勢いで抱きしめる。

 壊れてしまうのではないかと思うくらい、お互いに強く強く抱きしめ合う。



「降参! 穏便に頼むよ」

 和沙が両手を上げている。


 春近とルリが抱き合っている横で、アリスはまだ呪力を収めておらず、忍は皆を守るように前に出ている。


「まって、この子たちは悪くないの。アイツに操られていただけで。私を助けてくれたし……」

 ルリが割って入った。


「たとえ術で逆らえなかったとはいえ、キミたちに酷いことをしたのは事実だ。とりあえず一発殴ってくれ!」

 和沙が前に出て頭を下げた。体育会系っぽいノリだ。


「イヤよ、殴られるのなんて。殴るのは和沙ちゃんだけにして」

 呆れた顔をした天音が口を挟んだ。


「おい、天音!」

「和沙ちゃんが、私たち五人分で五発殴られれば良いわよね」

「ちょっっっと待て! 何で私がオマエらの分まで殴られるんだよ!」

「言い出したのは和沙ちゃんでしょ」

「はああああ!?」


 仲間割れを始めている。


「えっと、でも、確かに悪い子ではないのかもしれないよな」

 これには春近も安心する。




「栞子……」

 祖父の尊利たかとしは、部屋の隅で倒れている栞子を抱き上げた。


「御祖父様……わたくしは……棟梁としての務めを……果たせましたでしょうか……」

「ああ、勿論もちろんじゃ! おぬしは良くやった」


 その言葉で栞子の目に涙が浮かぶ。


「わたくしは……」

「もうよい、もういのじゃ……すまなかった。おぬしには負担ばかり掛けてしまった。栞子は自慢の孫じゃ」

「やっと、やっと報われた気がします……」


 ボロボロになっている栞子だが、何処か満足そうな嬉しそうな顔をして目を閉じた。

 ずっと、祖父に認めてもらいたかったのかもしれない。



「栞子さんのおかげだよ」


 春近も素直に感謝した。

 今まで彼女のダメダメな所ばかりみてきたので、今回の活躍で率直に凄いと思う。

 ちょっと、いや、かなり見直していた。



「ちょいちょい」

「んっ」

 咲が、春近の後ろからツンツンと指で突いている」


「アタシは? アタシも頑張ったよね!」

 咲は誉めて欲しそうに、春近の目を見つめる。


 そうだ、咲も反撃のチャンスを作る活躍をしたのだから。


「咲も凄いよ。えらいえらい」

 頭をナデナデしてあげた。

「えへへ~」



「ちょっと春近! あたしには感謝は無いの!?」

「うちも頑張ったよ」

「わたしもです!」

「わ、私もナデナデ……して欲しい……」

 皆がナデナデを求めて殺到する。


「ちょ、ちょっと、後にしよう」


 まだ後処理が残っているのだ。

 現場には自衛隊やら警察やら陰陽庁やら様々な者がが入り、首謀者を拘束したり後処理をしたりと慌ただしい。



「旦那様……」

 栞子が起き上がろうとしている。


「栞子さん、まだ寝てた方が……」

 春近が近寄り栞子の側に行く。


「大丈夫です、それより御祖父様」


「分かった、ここまでしたのだ、認めない訳にはいかぬな。よかろう! 土御門君との結婚を認めよう!」

 とんでもないことを言い出す栞子の祖父。


「は?」


「ありがとうございます、御祖父様に認めていただいて、これで心置きなく結婚できますわ」


「えっ?」


「土御門君、孫娘を頼む! 幸せにしてやってくれ! そして後継ぎを頼むぞ!」


「え、ええっ?」


「旦那様、わたくし、子供は三人欲しいです」


「はあああああぁ?」

 展開について行けず春近は置いてけぼりだ。



「ちょっと、どういうこと? 私がいない間に何してたの?」

 凄い威圧感のルリが迫ってくる。


「春近! あたしを差し置いて、その女と結婚ってどういうこと!」

 嫉妬の炎で狂気を帯びたような目をした渚まで迫ってくる。


「い、いや、知らない……聞いてないし……」


「ハル! 結婚って何だよ! やっぱり浮気してたのか!」

 後ろから咲まで凄い嫉妬で迫り逃げ場が無くなる。


「ちょっと誤解だから、痛い、痛いって!」

 色々な方向から引っ張られる春近が叫ぶ。


「誰か、助けてぇぇーっ! そ、そうだ鈴鹿さんは? さっきからずっと鈴鹿さんの存在感が無いような?」



 春近が辺りを見回すと、杏子部屋の隅で腰が抜けてへたり込んでいる。装甲車を運転している時は凄いテンションだったのに、降りた途端にあんなになってしまったのだろう。

 何だか、まるでバイクに乗ると性格が変わるキャラみたいだ。



 こうして、皆の獅子奮迅ししふんじんの活躍により事件は解決したかに見える。だが、話はここで終わらない。

 春近が栞子の結婚戦略に嵌り、嫉妬に燃える彼女たちによる新たな危機が迫っていた。

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