第80話 大陰陽師~十二天将を使役する者~

 東の空が明け太陽が昇る。

 黎明れいめい

 今、まさに新しい時代の始まり――――


「何か新しいことが始まりそうな予感がしている。そう、オレ達の戦いはこれからだ!」


「ちょっと! 何一人で綺麗に終わらせようとしてるのよ!」


 春近は遠くを見る目をしてポエムっぽいものを呟き、上手くこの場を収めようとしたのだが、渚は全く話を終わらせる気は無いようだ。


 春近を溺愛する渚としては、勝手に栞子と結婚されたのではたまらない。嫉妬で燃え上がった炎は、元から肉食系っぽい彼女を突き動かし、益々グイグイと春近に迫ってしまうのだ。

 それは、他の彼女達も同じだろう。


「渚様、だ、だからオレは知らないんです。栞子さんが勝手に言ってるだけで……」

「そんなので納得出来るわけないでしょ! 身内の方も認めてるじゃない!」


 そうなのだ。いつの間にか祖父公認になってしまっている。



 春近の全く与り知らぬ所で勝手に話を進められ、家族の同意まで得て結婚する話になっているようなのだ。栞子の結婚戦略によって、どんどん外堀が埋められて逃げられないようにされている。

 どうやら春近は、ヤンデレヒロインを甘く見ていたのかもしれない。



「栞子さん……いつもはポンコツなのに、ある分野だけ凄い才能を発揮している気がする……彼女は武将じゃなく軍師になれば大成しそうだぜ」



 話を逸らせて誤魔化そうとする春近だが、そんなので誤魔化せるほど甘くはないだろう。



「はぁるぅちぃかぁぁぁぁ!」

「ちょ、痛いです。渚様」



 春近を掴む渚の手に力が入る。



「ハル! 今すぐエッチしよ! 既成事実を作っちゃえば良いんだよ!」


 反対側からはルリが抱きつき巨乳を押し当てる。柔らかな弾力が春近の腕に伝わり、こんな状況なのにたまらない気持ちになってしまう。


「ル、ルリ、ちょ、ちょっと、胸が当たってるから!」

「当ててるに決まってるじゃん! 早くエッチ! エッチ! エッチ!」

 ぷにぷにぷにぷにぷに!

「うっわぁ、凄い感触がぁ」

「エッチ! エッチ! エッチ!」


 これには渚も黙っていない。


「ちょっと! 酒吞瑠璃! あたしの春近に、その肉の塊を押し付けるのをやめなさい!」

「やだよぉ~ハルと既成事実を作るから」

「なな、何ですって!」


 両側から肉食系女子に挟まれ、春近がグイグイと女体にサンドイッチされてしまう。


「ハルぅ~早くエッチ!」

「だ、か、ら、離れなさいよ!」


 ルリと渚のバトルだが、どうやら渚は、巨乳を押し当てるルリが気に入らないようで、引き剥がそうと必死になっている。

 そして、もう一人。春近の後ろから咲の殺気が増幅していた。


「おい、ハル! アタシを忘れてないか! 何かアタシへのサービスが少ない気がするのに」


「咲、本当なんだ、本当にオレは何も知らないんだって! って、いたた! ちょっと引っ張らないで!」


 咲と話している時も、ルリと渚は春近を放そうとせず凄いことになっている。


「そんな事ばかり言ってるけど、ハルってば次から次へと女を増やして……。さっき、後でたっぷりしてもらうって言ったよな! ア、アタシも……エッチしてもらうからな!」


 遂に我慢の限界なのか、咲までエッチを要求する。恥ずかしいのか真っ赤な顔でエッチ宣言だ。


「じゃあ、うちも~♡ はるっちとエッチぃ♡」

「はは、春近くん! わ、私もエッチしたいです」


 更に収集が付かないことに、あいと忍も加わった。


 そして、誤解を解こうにも、肝心の栞子は担架に乗せられ運ばれて行ってしまった。しかも、去り際に『結婚式は神前式と教会式どちらにしましょうか?』などと、わざわざ念を押して行く抜かりのなさだ。


 もう万策尽きたかと思っている春近の視線の隅に、ずっと倒れていた杏子が立ち上がるのが見えた。


「ふああぁ、あれ? 私……気絶していたんですか。部屋に入った所までは記憶が有ったのですが……いつの間にか終わってる……」


 寝ている間に全てが終わっており、呑気な声を上げている杏子だ。装甲車を運転している時は歴戦の勇者のようだったのに、今は普通のオタク少女にしか見えない。



「そ、そうだ! 鈴鹿さんに助けを求めよう。彼女なら最良の解決策を示してくれるかもしれないぞ」



 恋愛バトルには関わっていない……と春近が思い込んでいる彼女に助けを求める。それが一番の間違いだと気付きもせずに。


「す、鈴鹿さん! 鈴鹿さぁぁーん!」


 春近は部屋の隅で立ち上がって伸びをしている彼女に声を掛けた。もう周囲を五人の女子に囲まれ絶体絶命だ。これが最後の希望だろう。


「あ、土御門君……いや、春近君! そうだ、戦いが終わったら伝えなきゃならないことが!」


「へっ?」


「春近君、大好きです! 結婚して下さい!」


 鈴鹿杏子は、直立不動の姿勢をとり、真っ直ぐに春近を見つめて求婚した。


「ええええええええええっ!! す、鈴鹿さん、色々とすっ飛ばし過ぎだろ!」



 状況は更に悪くなった。


「ハルぅぅぅぅぅぅ!」

 抱きついているルリの力が数段強まる。

「痛い、痛いよルリ」


「は、は、は、春近! どういう事! 説明しなさい!」

 渚の目が嫉妬で狂っている。

「な、渚様、こわっ、怖い、怖すぎる!」


「ハル、重婚なのか? もうオシオキ確定だろ」

「さささ、咲ぃ! 誤解だって」

「やっぱり……初めて会った時から……気付いてたんだ。こういう一見地味で大人しそうな、杏子みたいな子が一番危険だって……」

「咲……あの、咲ちゃーん、戻ってきてぇーっ!」


 思い詰めて何かぶつぶつ言っているのか、咲までヤンデレ化しそうな雰囲気だ。これ以上ヤンデレが増えると命の危険だろう。


「うわあああああああぁぁぁ――――」


 女体の海に沈んだ春近が、彼女達に揉みくちゃにされた。


 ――――――――――――




 春近はボロボロになりながらも開放され、今はアリスに頭をナデナデされている。


「た、助かった……」

「感謝しろです」


 皆に迫られ揉みくちゃになっていたところを、アリスの『キャンプの夜の話をお忘れですか?』という一言で急に静かになる。

 たった一言で超肉食系エッチ女子を鎮めてしまうアリスは、やっぱり凄い女の子だった。


「というか、キャンプの夜に何が有ったんだ……? 何だかよく分からないけど、アリスが天使に見えてきたぞ」



「えっへん、わたしをもっと敬うのです」




 蘆屋満彦は彼女を魔王と評したが、土御門春近は天使だと思っていた――――



「ハル……ごめんなさい。痛かった?」

 急にしおらしくなったルリが謝ってきた。

「えっと、春近があたしのモノなのに変わりはないのだし……その、悪かったわね」

 渚も急変した。

「ハル、ごめん。アタシ……ハルに嫌われたくない」

 咲までしおらしい。




 春近が修羅場のハーレム展開していると、祖父の土御門つちみかど晴雪はるゆきが到着した。


「春近よ、よくやってくれた。皆のお陰で禁呪による大災厄は防がれたのじゃ」


 満足そうな顔をした晴雪が言う。若干、ハーレム展開の孫を羨ましそうだが。



 戦いが終わったことで後始末は着々と進められた。


 蘆屋満彦は拘束され連行されて行く。

 他の首謀者も逮捕された。

 クーデターに参加させられた自衛隊員も、術で暗示を掛けられ従わされたので可哀想な気もするが、公式的には上官命令で無理やり参加したということとなるようだ。何らかの処分はあるようだろうが、責任を追及されるのは一部の首謀者のみだろう。

 

 そして、転校生の和沙たちも、事情聴取の為に連れて行かれてしまう。


「おい、じいちゃん、彼女達は呪いで無理やり従わされていただけだから」

 連行される和沙たちを見た春近が祖父に声をかける。


「まあ、悪いようにはせんから安心せい」

「それなら良いけど……」



 五人が連行されて行く去り際、一人の女子が春近にだけ聞こえるように話しかけてきた。お姉さんっぽい雰囲気の天音だ。


「ふふっ、ありがとう、キミ。私たちにも、キミみたいな男の子がいたら良かったのかもね。もし、また会えたらイイコトしましょうね」

 そう言ってウインクして去って行く。


「おい天音、なに話してたんだよ」

「内緒よ。ふふっ、和沙ちゃんの秘密は言ってないから安心して」

「お、おい、何だそれは」

「内緒っ」

「はあ?」


 五人の少女は、そのまま連れられて行ってしまった。

 もう、会う事も無いのだろうか――――




「我が国は、戦後一貫して平和国家として歩みを進めてきました。しかし、今回のクーデターという戦後始まって以来最大の危機に――――しかし、自衛隊の隊員の方々、そして各関係機関が連携し、クーデターは一人の犠牲者も出すこと無く阻止することができました――――ひとえにこれは、私どもが勧めてきた安全保障環境の強化、新たな国家戦略が――――これからも美しい桜の国日本、国民の皆様と共に、進めて行こうじゃありませんか――――」


 人質になっていた首相が解放され、記者会見をしている。パフォーマンスが上手い政治家だけあり、クーデターで最悪の状況なのを逆に良い感じにしてしまっているようだ。


 何だか、おいしい所を全て持って行かれてしまい、首相が主役っぽく目立っている気がする。だが、それで良かったのかもしれない。

 ルリたちが目立ってしまうのは避けたかったから。



 春近は思う――

 ルリたちには普通の青春っぽい感じの毎日を送って欲しい。

 変に目立ってしまうと大変だからな。

 そう、目立ったり有名にならなくていい。

 オレは静かに平和的な暮らしがしたいのだ――――



「帰ろうか」

 春近が皆に声をかける。


「うん、ハル、帰ろっ」

 笑顔のルリが応える。


「ハル、帰ったら……話を聞かせろよな」

「後で、じっくりあたしに奉仕しなさいよね!」


「あ、後でね……」


 何か色々言ってるみたいだけど……

 ルリが無事で本当に良かった。

 咲も、渚様も、あいちゃんも、鈴鹿さんも、忍さんも、アリスも、栞子さんは怪我をして運ばれちゃったけど……でも、あの感じなら大丈夫そうだ。

 誰一人欠けること無く、無事に戻れるのが嬉しい。



 外に出た春近たちを眩しい朝日が出迎える。もう日が昇り夏の日差しが眩しいくらいだ。

 都市機能が少しずつ復旧しているのか、都心に喧騒が戻りつつある。


 十代の若者は、ひと夏の体験をして大人の階段を上がって行くと誰かが言っていた。

 春近たちのそれは、装甲車に乗って突撃したり、クーデター派と戦ったり、よく分からん呪術使いと戦ったりと、普通の十代が絶対にしない凄い体験をしてしまった。

 もうこんなのは真っ平御免だと誰もが思っているが、より皆の仲が深まった気もしている。

 この戦いを経て、春近と彼女たちの関係は、どう変化して行くのだろうか。




 この日、日本史上稀に見る大事件が起きた。

 後の世で九・〇一事件と呼ばれ教科書にも載ることになるクーデター事件。

 公式には、この事件を自衛隊特殊部隊が鎮圧したことになっている。しかし、その場に居た関係者の多くがそれを目撃していた。


 不思議な力を持つ少女たちを従える少年の姿を。

 それは、まるで伝説の大陰陽師――――

 十二天将と呼ばれる最強の式神を使役した安倍晴明のようであったと。






 ――――――――――――――――――――

 お読みいただきありがとうございました。

 これで第二章は終了になります。

 引き続き第三章、十二天将に続きます。

 主人公とヒロインの絆も深まり、更に新たなキャラも迎えパワーアップした物語が始まります。

 もしよろしければ、評価、コメント、レビューなど頂けると嬉しいです。


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