第78話 真の武士

 蘆屋満彦は焦っていた。春近達が、こんなに早く到着するとは思ってもいなかったのだ。

 完全に計算が狂ってしまっている。

 

 鬼の少女達の中で厄介なのは、酒吞瑠璃を除けば人を操る能力の大嶽渚くらいだと思っていた。

 武力系の能力ならば、いくらでも近代兵器で対応できる。そう思っていた。


 しかし、現実に起きている状況を鑑みるに、別の何か強い力が働いているようなのだ。

 何か別の……とんでもない力が。運命の歯車を操る存在を見落としているような……。


 この時の彼は、百鬼アリスの本当の能力を見誤っていた。


 陰陽庁も公式にはアリスの能力は不明となっており、近寄る人に不幸をもたらしたり不可解な現象を引き起こすと認識されていた。

 しかし満彦は、春近と出会ってから、彼女が真の能力に覚醒したことは知らない。


 栞子も鬼の少女達と仲良くなってからは、陰陽庁への定期連絡でも詳しいことは伝えていなかった。



 満彦は部屋の中央に描いた魔法陣の中央にルリを寝かせ、禁呪の儀式に取り掛かった。

 天狗の少女は結界の為に、部屋の隅に待機している。


「もう少し、もう少しで我は……」



 焦っているのはもう一人居た。

 部屋の隅で儀式を眺めている高級そうなスーツを着た男……弓削ゆげ道久みちひさである。



 彼は、元長官の源尊利を態々わざわざ連れてきて、儀式を見せつけ様としていたのだった。

 先程までの仰々しくて慇懃無礼いんぎんぶれいな態度は鳴りを潜め、エントランス付近で大乱闘が始まってからというもの、落ち着き無く足を動かしたりハンカチで汗を拭ってばかりだ。


「法師……まだですかな……もう、敵がすぐそこまで……」

 恐る恐る道久が満彦に声をかけた。


 その満彦は、この男の声を無視して遥に命令をする。

「飯綱、敵を食い止めに行け! 禁呪の発動まで時間稼ぎをせよ! 残りの四人は結界を張り続けよ!」


「「「はい!」」」




 飯綱遥は一人で部屋を出て階段方向に向かう。


「はぁ、ツイてないな……」

 遥がぼやいた。


「一人で何人もの鬼の少女を止められるわけがないよね。向こうは仲間をさらわれ怒っているに違いないし。あーあっ、私……何だかヤラレ役みたいだ……。なるべく痛くないように早く負けて素通りさせようかな……」





 三階エントランスホール――――


 四天王により殆どの敵が鎮圧され、残るは隊員を率いていた男だた一人である。

 藤堂とうどう瀑布ばくふ、その男は昨年新たに作られた装甲師団の責任者であった。



 急変する安全保障に備え、既存の戦車だけでなく防衛ロボットなども取り入れた国家戦略であるはずの特殊装甲師団。

 今、そのクーデターに使われた防衛ロボットは、全て電撃でショートし完全に沈黙している。


「うぅううっ、こんなはずでは……」


 目の前の光景が信じられない。

 屈強な部下が、訳の分からない少年少女たちに負けた。訓練された隊員も、装甲戦闘車両も、防衛ロボットも、人質も、何も役に立たないまま負けてしまった。

 それも圧倒的差で――――



「さあ! 観念しろ!」

 渡辺豪が藤堂に迫る。


「私の理想が……新しい国家が……」


「新しい国造りをしたいのなら選挙にでも出るべきだったな!」

 シュタッ! バシッ!


 豪が一気に間合いを詰め、手刀を叩きこみ気絶させた。


「き、決まった……」

 豪は内心、ヒーロ漫画の主人公みたいにかっこよく決まったと歓喜する――――


「豪! 変なポーズ決めてないで、人質を確保しに行くよ!」

 しかし、桜花に軽く一蹴されてヘコんだ……


 ――――――――





 春近達はアリスの予想通りに二階大ホールへと向かう。


「はあ……はあ……」

 アリスが息を切らして疲れているように見える。


「アリス……」

 春近はアリスが気になる。


 もしかして、因果律とか確率とかを操作するのに、膨大な演算処理とかで脳に疲労が蓄積されているとか……?

 チートスキル連発だったし。


「アリス、抱っこするね」

 春近はアリスの小さな体を抱き上げて走る。


「うわっ、何するですか! あっ……」

 ギュッと包み込むように抱くと、アリスは腕を春近の首に回して静かになった。


 アリスを抱っこしたまま春近は廊下を突き進む。




「や、やあ……」


 目的の大ホールまであと少しのところで、変な挨拶をしながら、一人の少女が春近たちの前に出てくる。


「あっ、あの時の!」

 春近は気づいた。ルリがさらわれた時の、緊縛術を掛けた女子である。



「えっと、キミは確か、管狐とか緊縛とか言ってた……」

 

 春近が近付こうとするが、忍が皆を守るように前に出る。

 ズンッ!


 金剛の呪力で超人的なパワーを発揮する忍なら、たとえ相手が管狐使いでも後れを取る事はないだろう。

 睨み合うような体勢になったかと思いきや――――


「あ、あいたたた……いたた……急にお腹が……」


 忍と対峙していた少女は、急に嘘っぽい演技をして床に倒れこんだ。見るからに演技っぽいのだが、敵対する気はないように見える。


「ええっと、これは……? もしかして、蘆屋満彦に術を掛けられていて逆らえないけど、戦いたくないから見逃してくれってこと?」


 春近の問いかけに、遥はコクコクと必死に首を縦に振る。


「春近、あんた人を信用し過ぎよ! 油断させておいて後ろから攻撃するかもしれないでしょ!」

 渚が至極真っ当な意見を言う。


 春近がもう一度管狐使いの少女を見つめると、今度は首を横に振りながら『ボクは無害だよ』みたいな顔をしている。


「そんな卑怯な事をする子には見えないよ! あの時もオレを無傷で止めただけだったし。それより先を急ごう!」

 取り敢えず、この少女は放置して先に進んだ。


 遥は「助かった~」と安堵した。




 春近達の目の前に、大ホールの入り口が見えてくる。


「任せてください! たぁああああっ!」

 ドゴォオオオオーン!


 忍がパンチで扉を破壊し、全員が同時に部屋の中に飛び込んだ。



「ぐああああああっ!」

「「「きゃぁぁぁぁぁぁ!」」」


 中に入った途端、春近達は強力な結界によって動けなくなってしまう。


「くっくっくっ、天狗の神通力による結界陣に入り込むとは、まさに飛んで火に入る夏の虫よ! 今は四人での結界だが、十分な効果が有る。そこで大人しく見ておるがよい!」


 蘆屋満彦が不敵な笑みを浮かべている。

 春近達が入って来るであろうドア付近まで有効範囲に含め、四人の天狗の少女の結界術の罠をはっていたのだ。


「ルリぃぃぃぃぃぃ!」

 中央に縛られたルリがいる。


「ハル! ハル! 来てくれた! ハルぅぅぅぅぅ!」


「ルリぃぃぃぃーッ! ぐああっ! け、結界内で誰も動けない……この結界さえ解除出来れば……でもどうすれば……」



 春近たちが全員動けないでいる時、後ろのドア付近から意外な人の声がした。


「わたくしに任せて下さい!」


 それは栞子の声だ。

 彼女は、いつの間にか春近たちの後ろに立っていた。


 そして、そのまま結界内に突入する!


「皆さん、今助けます! たああああっ、ぐあっ! ぐああああっ!」


 一歩踏み込んだ栞子も結界内の呪縛で悲鳴を上げる。

 強力な呪力を持つルリたちを抑え込む結界なのだ。

 普通の少女の栞子が耐えられるはずがない。


「ふっ、愚かな!」

 満彦が、したり顔になる。


「如何なる者も大天狗の結界内では無力よ。くくくっ」

「ぐあああっ……ぐおぉぉぉ……」

「ん?」

「ぐああああっ、わ、わたくしは……」


 信じられないことに、栞子は結界内を少しずつ動いている。


「馬鹿な! 鬼さえも捕縛する結界内で人が動けるはずがない!」

 術をかけさせている満彦が驚愕する。


 結界により床に押さえつけられるような状況の中で、春近は前に見たとある物を見つけた。

 栞子の服の下に、あの時のバトルスーツが見える。


「そ、そうだ、あの時のバトルスーツだ! 確か、特殊素材にあらゆる呪術や魔法を防ぐ効果が有るとか言ってたような……」



「ううおぉぉ!」

 しかし、完全に結界術を防ぐ事が出来ないのか、栞子は苦しみながら無理やり動いていた。


「わ、わたくしは……ぐっ、お飾りでは……」


 栞子の脳裏に子供の頃からの記憶が走馬灯のように流れる。

 周囲の人の顔が、期待から失望に変わる表情――――

 本当は男児に後を継いで欲しいと思われていたこと――――

 素質が無いと聞いてしまった日のこと――――


「足手まとい……では……ぐっ……ない……」


 バトルスーツが限界を迎えているのか、栞子の体が限界を超えているのか、彼女の体が小刻みに震えふらつき今にも倒れそうだ。


 手足の感覚が鈍くなり視界がかすみ意識を失いそうになる。

 それでも栞子は止まらない。


「栞子さん!」

「「「栞子……」」」


 皆が、栞子の祖父が、誰もが信じられない光景を見ていた。

 何の呪力も持たない彼女が、この強力な結界内でボロボロになりながらも立ち続けている。



「わ、わたくしは、頼光ライコウの名を継ぐ者! 源氏の棟梁! 源頼光栞子みなもとのよりみつしおりこ! 鬼を……いな! 民に仇なす悪を撃ち滅ぼす武士もののふなり!!!!」


 栞子は、最後の力を振り絞り、刀を抜くと気合を込める。

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 カキィィィィィィィィィン!!!!!!


 栞子は結界の一角に刀を打ち込む。

 結界の一部が崩れて弱まり、そして彼女もその場に倒れこんだ。

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