第74話 それぞれの決意

 学園で転校生による事件が起きていた頃、東京では大規模なクーデターが起き日本中がパニックに陥っていた。

 テレビもネットもクーデターの話題一色である。


 去年新設されたばかりの陸上自衛隊東部方面隊特殊装甲師団から多くの隊員が参加しているとの情報があり、兵器も物資も豊富とのことで警察も下手に手を出せない状況になっていた。

 ネットでは現代の二・二六事件などと揶揄やゆされている。


 そして今、混乱している陰陽庁と、やっと連絡が繋がったとの知らせが入り、学園職員により春近達が集められたのだ。



 パソコンの画面に陰陽庁長官の土御門晴雪、つまり春近の祖父の顔が映った。


『やっと繋がったわい……』

 慣れない感じでパソコンを操作している晴雪がぼやく。


「おい、じいちゃん! 一体どうなってんだよ!」

 春近は画面に映った祖父に荒っぽく問い詰める。

 連れ去られたルリの事が心配で、心に余裕が全く無い。


『春近か、ワシも命からがら脱出して、やっと連絡を取ることができたんじゃ。陰陽庁内部にクーデターを主導した一味がおってな……』


「はぁ!? 陰陽庁がクーデターに関与してるのかよ! 一体どうなってんだ。ルリが、ルリが連れ去られたんだぞ!」


『分かっておる。順を追って説明するからの』



 晴雪の話によると――――

 陰陽庁審議官の弓削道久ゆげみちひさという男が、蘆屋満彦に協力して秘密裏ひみつりに計画を進めていたとのことだ。更に、自衛隊の特殊装甲師団長が協力してクーデターが起きたらしい。

 そして、蘆屋満彦は禁呪と呼ばれる蠱毒厭魅こどくえんみを行おうとしているのだ。その禁呪を発動する為に強力な呪力を持つルリを拉致したのではないかといわれていた。



「そんな……くそっ! させない! ルリを呪いの道具なんかにさせない! 絶対に、絶対に連れ戻す!」


 春近は、体の奥の方から沸々と怒りが込み上げる。

 これまでもルリは、特殊な力のせいで辛い目に遭ってきたのに、まだ追い打ちをかけるようなことをするのかと。

 ルリを守りたいという気持ちと、ルリを利用しようとする者達に対する怒りに。



『そこで頼みがあるのじゃが……鬼の末裔の嬢ちゃん達に、蘆屋満彦を止めるのを手伝って欲しいのじゃ』


「何だって! そんなの勝手じゃないか! 今まで邪魔者扱いしてきたのに、困ったら急に手のひらを返して助けてくれって」


 春近は、たとえ一人でもルリを助けに行くと決意している。しかし、陰陽庁のルリたちに対する扱いには納得がいかないのだ。陰陽庁が今まで彼女たちに酷い扱いをしてきた事に。


『それは重々承知しておる。しかし今は緊急事態じゃ。ヤツに禁呪を発動され国が乗っ取られてからでは遅い。文句は後からいくらでも聞こう』


 皆の顔を見渡す。

 こんな危険なことに彼女達を巻き込んでしまって大丈夫だろうかと……?


「うちが助けるよ。うちの魔法はちょー強いからね」

 一部始終を見ていたあいが声を上げた。


「あいちゃん……」

 そうだ、あいちゃんの呪力は一度も見た事ことがないけど、前に凄く強いって言ってたような。


「わ、私も行きます」

 忍も前に出る。


「忍さん」

 そうだ、忍さんは地震の時に凄い強さだった。

 忍さんがいてくれれば心強い。


「わたしは無敵だから連れて行くです」

 当然という顔をしてアリスも参加した。


「アリス……」

 アリスは、見た目は小っちゃいけど凄い呪力を持っていたよな。

 アリスも協力してくれるのか……


「アタシも当然行くからな!」

 春近の腕を掴んだ咲が言う。


「咲……咲は危険だから……」

 咲は普通の女の子だったような……?


「ルリは親友なんだ! 断っても絶対に行く!」

 咲……

 そうだ、咲だってルリを大切に思っているんだ。


「うん、分かった。一緒に行こう」

 春近が頷いた。



「私も付いて行きますよ」

 予想外に杏子まで賛同した。

 何の戦闘力も無い彼女が参加するするのは予想外だろう。


「鈴鹿さんは残った方が……危険だから」

「大丈夫です! 皆と一緒にいれば安全ですよ。」

「確かに、一人で残るより最強の鬼の力を持つ皆と一緒の方が安全かもしれないけど……」


 でも……本当に大丈夫だろうか……


「それに、いつか私の力が役立つかもしれませんよ」

 杏子が、何か予感めいたことを言う。


 この時は、春近も杏子本人ですら気付いていないが、後に彼女の力の凄さを知る事になるのだった――――



「春近!」

 渚が春近の顔を両手で掴む。


「渚様……」

「あんた、あの女を助けに行くのよね!」

「はい」


 春近は、真っ直ぐに渚を見て、ハッキリと答えた。


「じゃあ、あたしは春近を守る!」

「は、はい! 渚様が来てくれれば心強いです」

「いい、誤解しないでよね! あの女が心配なんじゃなく、あんたを助けるだけなんだから!」

「渚様……」


 そんなツンデレみたいな言い訳は大丈夫ですと言おうとした春近だが、やっぱりやめておいた。




 そんなわけで、鬼の少女達は全員で行くことになった。

 最強の力を持つ彼女達が仲間ならば……きっと……


 皆の意見がまとまったところで、画面の向こうの晴雪が再び話し始めた。


『総理大臣など捕まっている人達も助けて欲しいのじゃが、その中に元長官である源氏の嬢ちゃんの祖父も居るのでな……』


「出来る限りのことはしますけど、あくまでルリの救出が最優先ですよ」


『分かっておる。そちらに春近たちを移送する自衛隊の航空機が行くから、後は指示に従ってくれ』




「今、御祖父様が捕まっていると聞こえましたが……」

 通信を切った所で、後ろから栞子の声がした。


「栞子さん、体は大丈夫なんですか?」

「はい、少し気を失っていただけですので」


 病み上がりのように見える栞子だが、足取りはしっかりしていた。


「皆さん、行かれるのですか?」

「はい、栞子さんは待っていて下さい」

「……」


 栞子が俯き何かを考えていると、後ろから格闘家のようにゴツい面々が入ってくる。


「我々も行く事になったよ」

 ドアをくぐるように入ってきたのは渡辺豪だ。


「あ、四天王の……」


 長身で猛獣のような渡辺わたなべごう、横綱のような風格の坂田さかた金之助きんのすけ、筋肉バキバキお姉さん卜部うらべ桜花おうか、落ち着いた雰囲気の中に恐ろしい殺気を秘めた碓井うすい宝泉ほうせんだ。

 彼等が入ってくると部屋が狭く感じる。


「よろしく頼む!」

 渡辺豪が一歩前に出ると、咲が怖がって春近の後ろに隠れた。


「渡辺先輩、咲が怖がるから離れて下さい」

「お、おう、すまない……」


 豪は女子に怖がられてショックみたいな顔をしている。

 すぐに気を取り直した彼は栞子の方を向く。


「では姫、作戦の説明がありますので」

「はい……」

 栞子は豪に連れられて行ってしまった。




「よしっ! 絶対にルリを助ける! 皆、力を貸して欲しい!」

「「「うん!」」」

 春近達は、ルリの救出と全員が無事に戻ることを誓い合った。


 ――――――――






 栞子は豪から作戦概要を聞いている。しかし、頭には何も入ってきていない。


 旦那様は鬼の少女達と一緒に行ってしまうのに、わたくしは何をしているのか……わたくしは何か役に立っているのだろうか――


「そういう訳ですので、姫には学園に残っていただいて、我々の指揮を後方から――――」

 渡辺豪が、いつものように述べる。


 わたくしは、いつも後方の安全な場所だ。後方から指揮……? そんな訳はない……わたくしが居たら足手まといだからだ……。

 わたくしは、お飾りの棟梁……張子の虎……わたくしは……。


「わたくしも行きます!」

 栞子は、そうハッキリと答えた。


「は?」

「ですから、わたくしも行くと申しておるのです!」

「いや、しかし……」


 渡辺豪は困った顔をする。


 そうだ、いつも同じだ――

 わたくしは、小さい頃から不器用で……

 いつも頑張っているのに、周囲の期待を裏切ってしまう……

 周囲の人々の顔が、期待から失望に変わる表情を何度も見てきた……

 もう、そんな顔は見たくない……


渡辺豪わたなべのごう、わたくしは誰ですか!」

「えっ……はっ、源氏の棟梁とうりょうにございます!」


 一瞬だけ戸惑った豪だが、自分たちの主である棟梁と答える。


頼光ライコウの名を継ぐ源氏の棟梁である源頼光栞子みなもとのよりみつしおりこが命じます! わたくしが最前線に出ます!」

「「「はっ、畏まりました!」」」


 四天王は栞子の前に畏まった



 栞子はこの時、ある決意を固めていた――――

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