第73話 勃発

『緊急速報です。今日午後5時過ぎ、東京都新宿区の自衛隊市ヶ谷庁舎から爆発音と共に火の手が上がりました。防衛大臣と統合幕僚長が連れ去られたとの情報が…… あ、えっ……失礼しました、続報です。総理大臣官邸と警視庁でも爆発音が上がり――――』


 テレビのニュースで信じられないような映像が流れている。


 自衛隊と総理官邸と警視庁が襲われたのだ。五・一五事件や二・二六事件のようなクーデター事件が、現代の日本で起きてしまったのだろうか。


『あっ、更に続報です。何者かに総理大臣官邸が占拠されたとの情報が――――』

 テレビからは続々と衝撃的なニュースが流れている。



 固唾を呑んでテレビを観ている一同から溜め息とも悲鳴ともとれる声が上がる。ここは学園の食堂。テレビのある場所に生徒が集まっているのだ。



「まさか、日本でクーデターなんて……」

 呆然としている春近が呟いた。


「日本でクーデターなんて無理ですよ。そ、そもそも国民がクーデターに賛同しないし、駐留米軍もいますから……」

 横にいる杏子がそう説明する。


「も、もしかして、ルリを連れ去ったヤツらと何か関係が……」

「あの蘆屋という男……何らかの洗脳や術を掛けて操っているのかもしれません」


 杏子の話も今の春近には遠く聞こえていて頭に入ってこない。ルリを連れ去られたショックが続いているのだ。



 テレビでは次々と続報を流し続けている。

『総理官邸の安芸あき新次郎しんじろう首相の安否は、いまだ判明しておりません―――― きゃ! きゃああっ! あ、あなた達、何ですか!』


 ニュース番組のスタジオが騒がしくなった。

 画面内に突然銃を持った人間が乱入したかと思うと、次々とテロリストと思わしき者が現れ占拠されてしまう。


『いいですか! 銃で脅されたからといって、言論の自由を止められませんよ!』

 ニュースを伝えていた女子アナが、銃を持つ者達の前に立ち塞がる。


 ダダダンッ!

『うわぁっ!』

『キャー!』


 乱入者が空に向けて銃を撃つと、ニュースキャスターや出演者は皆床に伏せたりパニックになる。

 あっさり言論が銃に負けてしまい、テレビ局が乗っ取られてしまった。

 


『我々は腐敗した政治家を一掃し、新たなる国家樹立を――――既得権益に群がる者ばかりが得をし、国民は重税に苦しみ生活はますます苦しくなるばかりだ――――今起ち上らずして、いつ起ち上がるのか――――』



 クーデター派はテレビで演説を繰り返している。

 春近にはよく分からないが、ルリを、一人の少女を連れ去って語る理想など理解はできない。


 ――――――――――――





 蘆屋満彦たちの乗ったヘリは東京上空を飛行し、首相官邸の屋上ヘリポートへと向かう。官邸は完全に武装勢力によって占拠されており、悠々とヘリは着陸した。



「法師、お待ちしておりました」

 出迎えた高級そうなスーツを着た初老の男が、仰々しく頭を下げる。


「うむ、すぐに儀式に取り掛かる。準備せよ」

「はっ」


 満彦が初老の男に命じ、建物内に向かう。

 彼に続いて天狗の少女たちが付いて行く。


 そして、ストレッチャーに乗せられたルリも一緒に連れていかれる。




 ガラガラガラ――

 地下一階の危機管理センターがあった場所は、今は機能がストップしてしまっている。

 そこに結界を敷き、その中央にルリの乗ったストレッチャーが置かれた。


 ルリは拘束され身動きを封じられながら、ハルの事を考えていた。


 ハルに逢いたい……

 ハルは絶対に助けに来てくれる……

 大好きなハルが……

 ハルが……



 そんなルリの気など知らぬ満彦が、目当ての鬼を手に入れた喜びで笑った。


「くっくっくっ! しかし、最強の鬼の転生者が、これ程の魅惑的な娘だったとはな……」

 蘆屋満彦がルリの肢体を眺め、胸に手を伸ばそうとする。


「イヤ! 触らないで! 初めてはハルとって決めてるのに!」

 ガシャガシャガシャ!


 ルリはストレッチャーの上でバタバタと身をよじるが、拘束されている上に結界で呪力を抑えられていて動けない。


 その光景を、満彦の後ろに立つ鞍馬くらま和沙かずさは、苦虫を嚙み潰したような顔で見つめていた。

 満彦の手がルリの胸に触れそうになった瞬間、和沙の足が動き満彦の股間を後ろから蹴り上げた。


 スパァーン! チーン!

「ぐわっ、痛っ! ぐおおおおぉぉぉぉ……」


 満彦は股間の痛みで悶絶した。

 当然、怒りの表情になった満彦は振り返る。


「き、貴様っ! 何をするか!」


 バチンッ!

 満彦が和沙の頬を張り倒し、和沙の唇が切れ血が滲んだ。


「申し訳ございません。足が滑りました」

「馬鹿者! 貴様らの生殺与奪せいさつよだつは我が握っている事、努々ゆめゆめ忘れるなよ!」

「はっ」


 怒ったことで逆に冷静さを取り戻したのか、満彦はルリから距離を取った。


「まあ、この鬼は精神関与の呪力が有るという。色欲に溺れていては精神を乗っ取られるやもしれぬからな。よいか、貴様らはしかと見張っておけ!」



「「「はい」」」

 満彦はルリと五人の少女だけを残して部屋を出て行った。




「はあぁぁ、うざっ! もう、やってられないな! 何なのだあれは! しかも、女の顔殴るとか、サイッテーだ!」


 和沙が一気に愚痴を吐き出す。

 他人の前と仲間内とでは、話し方が少し違うようだ。今は砕けた口調になっている。


「和沙がチ……ンコなんか蹴るから」

 遥にツッコまれる。


「そりゃ、チンコも蹴りたくなるでしょ! 動けない女の胸触ろうとするとか、チカンだ、チカン! もう、あいつのチンコは許せないな! チンコ! チンコ! チンコ!」

 和沙がチンコを連呼れんこする。


「まあ、そこは同意するけど」


「よくやったわ和沙ちゃん」

 天音あまねも同意した。


「チンコをレンコ……ふっ……」

 黒百合くろゆりは一人でツボった。


一二三ひふみも何か言ってやれ!」

「……」

「言わんのかいっ!」

 和沙が一二三に話を振ったが、一二三は無口キャラだった。


「ねえ、大丈夫?」

 黒百合がルリに話し掛けた。


「えっ……」


 ルリは戸惑っていた。

 この五人の転校生は敵だと思っていたが、今は悪意は感じず普通の少女に見える。


「ごめんなさいね……本当はこんな事したくはないのだけど、あの陰陽師に使役されていて逆らえないの」

 天音が謝ってきた。


「は、ハルは!? あの子、栞子も」


「あの時助けに来た二人も無事だから安心して」

 ルリを安心させるよう、天音は優しい声で説明した。


「ハルが無事だった。ハルが生きてる……栞子も……良かった……」

 そう言ったルリの目に涙がにじむ。



「あいつ、悪いやつ。東京を乗っ取って、何かしようとしてる……」

 黒百合の説明は、いまいち要領を得ないが、蘆屋満彦が悪いやつなのは理解出来た。


「あの蘆屋満彦という人は、千年前の凄い力を持った陰陽師の転生者らしいの。当時の力を取り戻していて、私達に呪いを掛けて使役しているというわけ。陰陽庁と自衛隊に内通者や賛同者が居て、多くの自衛隊員を術で洗脳したりしてクーデターを起こさせたの。古代の秘術とかいう何かの大魔法みたいな事をする為に、あなたを生贄にして実行しようとしているのよ。発動させる鍵とか言ってたかしら」


 天音が補足して説明する。


 ガチャガチャガチャ――

「止めないと。ハルに会いたい」


「隙を見て逃がしてあげたいのだけど、あいつの陰陽術を解除しないと私たちは自由になれなくて……」



 天音たちの話で状況は理解したルリだが、ここから脱出する手立てが思いつかず悩んでいた。


 この子達は呪いで操られているだけ……

 術を解除できれば……

 あの蘆屋という男を倒せば術が解除されるのだろうか?


 皆は助けに来てくれるのだろうか……?

 ハルなら絶対に来てくれる。

 そう信じたい。

 でも、ここにハルたちが来たら、ここにいる操られた天狗の少女たちと戦うことになってしまう。


 ルリは、どうしたら良いのか分からなくなり、思考が袋小路に入ってしまった。




 総理官邸には、四階に閣僚応接室がある。閣僚応接室とは、テレビニュースなどで映る、閣議前に閣僚が総理を中心にコの字に並んで座っている場所だ。



 今、その場所には人質になってしまった面々が集められていた。

 内閣総理大臣、防衛大臣、統合幕僚長、警視総監、毎朝昼テレビ社長、官邸職員……

 そして、元陰陽庁長官……栞子の祖父が捕らわれていた。


 予期せぬ大事件により、東京の都市機能の多くが停止状態に陥ってしまっていた。

 まさしく戦後最大の大事件である――――

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