第75話 夜空の向こう側へ
出発の時間が迫り、春近は自室で荷物を準備していた。
ふと、視線の先にマグカップが映る。
ルリがプレゼントしてくれたマグカップだ。
『はい、ハルにプレゼント! いつもお世話になってるから、お礼の気持ちだよ』
ルリの笑顔が脳裏に浮かぶ――――
「ルリ……」
目頭が熱くなって涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。
「ルリ、どうか無事でいてくれ……。必ず! 必ず助け出す! だから待っていてくれ……」
これまでオレは、すっと争いを避けて生きてきた。
争いごとは嫌いだったし、喧嘩も殆どしたことが無かった。
「でも、大切な人を傷つけようというのなら……オレは戦う! 戦って守る!」
バタンッ!
自室の扉を閉め、春近は集合場所へ向かった。
――――――――
バタバタバタバタバタバタバタバタ――
校庭にヘリが二機着陸した。
凄い爆音と風圧で、校庭の砂が巻き上がる。
今からこれに乗って都心へと向かうのだが、まるでゲームの中に居るような現実感が無い不思議な感覚になっている。
必ずルリを助け出す――――
その思いだけが春近の体を突き動かしていた。
「後方はテールローターが回転していて危険ですので、必ず正面から搭乗してください」
輸送を担当してくれる自衛官から簡単な説明を受ける。
クーデターには多くの自衛隊員が参加していると聞く。まさかこの人は……などと失礼なことを春近が考えていると、察してくれたのか実直そうな隊員がハッキリとした声で言葉をかけてくれた。
「安心して下さい。必ず無事に送り届けますから」
そう言って敬礼する。
春近達が七人でヘリに乗り込み、もう一機のヘリに四天王と栞子が乗り込んでいる。
「栞子さん……大丈夫だろうか?」
くっ……ヘリに乗ると急に緊張してきた。
オレがしっかりしないとならないのに……
春近が下を向いていると、隣の渚が声をかけてきた。
「春近、緊張してるの? あたしがいるのだから安心しなさい!」
「渚様……」
緊張しているのが渚にバレてしまう。
根拠は全く無いが、渚の自信満々の態度を見ていると少し安心する。
「だ、大丈夫です。春近くんは私が守ります」
いつもは大人しい忍が頼もしく見える。
「忍さん、ありがとう」
「うちも強いし、だいじょーぶ」
「わたしがいれば無敵です」
あいとアリスも頼もしい言葉をくれる。
「ハル、アタシも付いてるからな」
そう言って春近の腕を掴む咲だが、少し震えている。
春近は咲の手を握り返して頷いた。
「土御門君……いや、春近君! 私、この戦いが終わったら伝えたいことがあります!」
縁起でもないことを言い出す杏子。それは完全にフラグだ。
「ちょ、ちょっと、鈴鹿さん! 死亡フラグみたいなのやめてよ! ってか、伝えたい事って……」
「ちょぉっと! うちも!」
「ずるいです!」
「わ、私も……」
杏子意味深な発言に皆が噛みつく。
いつもの調子になって緊張が解け、だいぶ気持ちが楽になった。
バタバタバタバタバタバタバタバタ――ババババババババババ!
ヘリは凄い回転音と共に離陸し、空高く舞い上がる。体が浮くような感覚になり、全員の顔が真剣な表情になった。
ギュワアアァーン! バラバラバラバラバラ――
夜の街を抜け暗闇の夜空の向こうへと突き進んで行った――――
――――――――
総理大臣官邸閣僚応接室――――
この部屋に集められている人質の中に、元陰陽庁長官の
栞子の祖父である。
栞子の家では、代々当主が頼光を名乗る習わしとなっており、尊利も先々代の当主として頼光を名乗っていた。
その尊利も、息子に当主を譲り頼光の名も引き継がせた。しかし、息子夫婦はなかなか子宝に恵まれず、42歳になってやっと授かったのが栞子だった。
当主であった息子が、栞子が生まれてから
その応接室に高級そうなスーツを着た仰々しい態度の男が入って来た。
「いやぁ、これはこれは源長官、その節は御世話になりました。あっ、元長官でしたかな?」
その男は、縛られている尊利を見るなり
「ふっ、
「なっ、なんだと……くっ、んんっ! 減らず口を叩けるのも今の内ですぞ。法師が禁呪を成功させ世界を支配する力を手に入れた暁には、私を
余程、自惚れた性格なのだろう。
「愚かな……あの男に
尊利が呟いた。
「うるさい! なな、なんだと! この!」
道久が尊利に掴みかかる。
「将軍とかアホか、そんなわけないだろ」
すぐ近くで縛られている総理大臣がヤジを飛ばした。
スーパートマトキノコーズという人気ゲームキャラのコスプレで、世界的に一躍有名になった首相だ。
「なんだと……総理、御自身の立場をお分かりですか! いくら総理といえど容赦しませんぞ!」
「いいですか、そこのアナタ、そもそも征夷大将軍というものは古来より陛下が
「ぐ、ぐぬぬ……」
「つまりですね、本当に将軍になりたいのでしたら、憲法改正が必要でありまして、私の目指す憲法改正、そしてですね確かな日米安保、そういうものをですね――――」
「ぐ、ぐ、ぐぬぬ……」
さっきから弓削道久が、首相のペースに飲まれて『ぐぬぬ』しか言っていない。
首相といえば、さっきから弓削の『ぐぬぬ』を無視して持論を述べ続けている。
「もういい! 覚えておけよ!」
いい加減、首相の独演に痺れを切らした道久が、プンスカと怒りながら部屋を出て行った。
――――――――
総理官邸地下室――――
四階の大人達の喧騒をよそに、ルリと天狗の少女達はガールズトークで盛り上がっていた。
「つまり、あの時助けに来た男の子と付き合ってるんだ?」
余程男女交際に興味があるのか、和沙が根掘り葉掘り聞いている。
「うん」
「いいなあぁぁー 私も男欲しい~!」
やはり男が欲しいのだろう。
「で、どこまで進んだの?」
「キスはしたよ。あと、一緒に寝たり……」
「きゃぁぁ~! そそそ、それじゃあ最後まで……」
「最後まではしてないけど……」
「えええっ、してないって? 一緒に寝たのにしてないって変でしょ!」
「変……なのかな?」
興味津々な和沙がエッチ方面まで聞き出そうと躍起だ。
「彼氏かー いいなー」
遥が羨ましそうに呟いた。
「遥は、今までそういう事なかったの?」
天音が遥に質問する。
「昔一度だけ告白された事はあったけど……相手の事をよく知らなかったから断って……それっきり」
「最初は皆知らないでしょ。付き合ってみれば良かったのに」
「いやいや、そんな簡単に……」
ちょっと軽い感じの天音に、遥が言いよどんでしまう。
「というか、天音がコミュ力高すぎなのよね。この五人が集められた時も、すぐ打ち解けて仲良くなってたし」
「そうかしら?」
「まあ、そのおかげで私らも仲良くなれたんだけどさ」
どうやら天音が積極的にコミュニケーションをとって、五人が仲良くなったようだ。
「うふふっ、それにしても、あの彼氏さん可愛い男の子だったわね」
ペロッと意味深にくちびるを舐めた天音が呟く。
「えっ……」
天音の意味深な仕草に、ルリが声を上げた。
「私けっこう好みかも。つまみ食いしちゃおうかしら」
「は……」
「冗談よ、冗談」
天音の発言に、別の意味で危機感を感じたルリであった――――
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