第64話 そして少女は愛を知る
ルリは橋の下で、一人膝を抱えてしゃがみ込んでいた。雨に濡れ、泥に汚れ、寂しそうな表情をして、そして泣いていた。
「ルリ……」
「ハ……ル……」
ルリはゆっくりと顔を上げた。
「ハル……」
目の前にハルが居る。
泥だらけで服が破れ膝と肘を擦りむいて血が出ている。
こんなにボロボロになってまで私を探してくれたのか。
そうルリは思った。
「ルリ、やっと会えた……」
「来ないで……」
ハルが一歩進むと、ルリが立ち上がり逃げようとする。
その声は弱々しく震えていた。
「待って! 逢いたかった! ルリに逢いたかった! やっと逢えた」
「ダメ……私は鬼なの……私は……恐ろしい……鬼……皆を傷つけてしまう……壊してしまう……」
「鬼なんかじゃない! ルリは普通の女の子だ!」
「違う……」
「違わないよ!」
春近の口から出た言葉は本心だ。
「だって、悲しいから泣いていたんでしょ! 傷つけるのが怖いから逃げたんでしょ! それって、優しい心を持っているからなんだよ! ルリは普通の人間の女の子なんだよ!」
「でも……私と一緒にいたら皆迷惑しちゃう……ハルを不幸にしちゃう……」
「してもいいよ! 不幸になってもいい! ルリと一緒にいたいから! ルリと別れるくらいなら不幸になってもいい!」
「私はハルが思っているような子じゃない! 本当の私は汚くて……性格が悪くて……ハルを利用しようとして……」
「知ってる! 思い出したんだ! 全て…… あの春の日に、初めてルリと会った日のことを!」
初めて会った日のこと。春近はそれを語る。
「そんなはず……」
「全部思い出した! 呪力でオレの恐怖心を消した事も」
「えっ……」
そう、全て思い出したのだ。
「だから、これはオレの本心だ! 誰の記憶でもない。誰にも記憶を操作されていない! オレの本心だ! ルリが好きだ! 大好きだ!」
どくん――――
春近の告白に、ルリは胸が一瞬高鳴る。
でも、怖い……信じて良いのか……。本当の私を知ったら……きっと嫌いに。
「わ、私は……悪い……きっと嫌いに……」
「そんなのどうでもいい! 鬼の末裔なんてどうでもいい! 損得もどうでもいい! 性格が悪かろうがどうでもいい! 不幸になるなんてどうでもいい! そんな色々な事を、どうでもよくなっちゃうのが好きになるってことだろ!」
「ハル……」
「好きだから一緒にいたいんだ! 好きだから笑っていて欲しいんだ! 好きだから幸せになって欲しいんだ! それだけだから! ずっと一緒にいたい! 離れたくない!」
「私と……ずっと……一緒にいたい……離れたくない……ほ、本当に……?」
「本当だ!」
冷え切ったルリの心と体に熱が灯る。
それは、初めて知った本物の愛だった。
幼い頃から忌み嫌われてきた彼女が、何処までも
どこまで望んでも手に入らない、物語の中にしか存在しないと思っていた。
私を必要としてくれる人がいる……
私は生まれてきても良かったんだ……
灯った炎が体中を巡り、胸が手足が頭が熱くなってゆくのを感じる。
もう誰にも止められないくらいに、怒涛のように濁流のように渦巻のように、あふれ出したマグマのように。
「うああああああぁぁぁん! ハルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーっ!!!!!!」
「ルリぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
二人は抱き合い、お互いを強く抱きしめる。
強く! 強く! 強く! 強く! 強く!
二人の肌の境界線が溶けて無くなるくらいに、強く激しく抱き合った。
「うわぁぁぁぁぁん! うわぁぁぁぁぁん!」
ルリは泣き続けた――――
声が枯れても泣き続けた――――
――――――――
二人共、ずぶ濡れで泥だらけのまま帰路に就いた。
電車内や街ですれ違う人達が、泥に汚れて傷だらけの二人を
あまりの熱々ぶりに、逆に目立ってしまっている。
「ハル~」
「ルリ」
「ハル~」
「ルリ」
「ハル~」
バカップルみたいになっていた。
駅を出て通りを歩く。やがて学園が見えてくると、校門の所に皆が集まっていた。
ルリが見つかったのを咲に伝えてある。二人が戻るのを、皆で待っていてくれたようだ。
心配そうな顔をしている面々の前にルリが行く。
「みんな、ごめんなさい……」
ルリが謝った。
「ルリ、良かった……心配したんだからな」
咲が心配そうな顔でルリの手を握る。
「無事戻って良かったですね」
杏子が笑顔で迎えた。
「うわーん! よかったよぉ~」
あいは大泣きしている。
「ふふっ、泥だらけで良い様ね! まっ、あんたがいなくなるとあたしも張り合いが無くなるから。戻れたのは良かったんじゃない」
渚は、ルリを挑発しているようでいて、実は心配していたようなツンデレみたいな態度だ。
「でも、春近はあたしのモノだから!」
ただ、余計な一言が多くてルリが突っかかって行き、プロレスの手四つのようにガッチリ組み合ってしまう。
「良かった……本当に良かった」
忍も泣きそうになっている。
「まったくもう、お騒がせですね。心配させないでくださいです」
アリスも心配していたみたいだ。
「旦那様、無事に酒吞さんを見つけるなんてさすがです!」
春近は栞子に褒められた。
ギュゥゥゥゥーッ!
「ちょっと、春近! めでたく大団円っぽいことしてないで、早くこの女を止めなさいよ!」
ルリと渚はまだ組み合っている。パワータイプではない渚は、ルリに力負けして押し込まれていた。
「ルリ、遊んでないで早く戻るよ」
「はーい!」
ルリは途中で飽きたのか、渚とのプロレスごっこを止め、春近の後を付いて自室へと向かった。
――――――――
寮の部屋に戻った春近だが、シャワーを浴びて一息ついるところだ。
体があちこち痛い。これまでになかったほど必死に走ったり、豪快に滑って転んだのだから。
「うっ、うううっ、うわああああっ! 超絶熱い感じに告白してしまったぁぁぁぁ!」
思い出して体が熱くなる。いつもと違って熱血キャラみたいになってしまったのだから。
「そうだ! あのジジイに電話入れてやる!」
指令を出したと思ったら、ほったらかしで何の連絡も無い祖父に腹が立った。
「一体何を考えているのやら。文句を言ってやらないと」
スマホを取り出した春近は電話をかける。
トゥルルルル――トゥルルルル――
『おう! ワシじゃ! 春近よ、元気にしとるか!』
いつもの能天気な声が聞こえてくる。
「元気にしとるかじゃなくて、全然連絡来ないけどどうなってるの?」
『おう、報告は源氏の嬢ちゃんからもらっとるし、色々任せてあるから大丈夫じゃ』
「ええええ……・」
栞子さん、ちゃんと仕事してたのか? というか、色々仕事を任されて大変だから疲れているのでは……?
「じいちゃん、特級指定とか言っていた女子は全員仲良くなったから、これで全部解決だよね」
『まあ、こちらも色々と問題があってな……まあ、おぬしは女子とウハウハしとればええわい』
相変わらず能天気な祖父である。
「はあ?」
『ワシも、もうちょっと若かったら、ウハウハチョメチョメしたいのじゃがのう』
「おいこら、何言ってんだよ……」
ふと、何かの気配に気付いた春近が視線を上げると、そこにルリが立っていた。
「へっ……」
何処からか忍び込んできのだろう。
『春近よ、どうかしたのか?』
「あ、いや、な、何でもないよ」
突然の展開に、春近の声がうわずる。
そんな春近の様子を見たルリは、悪戯っぽい目をして赤い舌を出す。じゅるりとくちびるに沿うよう舌を回した。
更に春近の体の上を這いあがり密着する。
『それでな春近よ』
「ちょ、待て、何をする気っ、電話中だって――」
『何を言っとるんじゃ?』
「あ、いや、こっちのこと」
風呂上りで無防備な春近は薄着のシャツを捲られる。完全にイタズラモードになったルリは、春近の体をペロペロと舐めだした。
わあああああぁぁぁぁーっ!
何やってるんだぁぁぁぁーっ!
電話中なのにぃぃぃぃ!
『おい、どうかしたのか?』
「いや、何でもない何でもない」
『そうか、で、何処まで話したんじゃったか?』
「ぬふふぅ、ハルぅ♡ ぺろっ、ぺろっ」
ルリは胸を密着させたまま体中をペロペロしまくる。
徐々にルリの舌が下がって行き、そして……パンツに手を掛けたところで春近が必死にガードする。脱がされたら大変なことになってしまう。
『おい、春近……誰かおるのか?』
挙句の果てに、わざとペロペロチュパチュパ音を出して、気付かれるようにしているようだ。
これにはさすがに電話の向こうの祖父も怪しみ出してしまう。
『おい、春近よ……』
「あ、あの、あっ、今ちょっと……うっ、立て込んでるから、今日はこれで……」
『まったく、春近め、イチャイチャしおってからに』
バレバレだった。
ピッ!
「ちょっと、ルリ! 何してるの!」
電話を切った春近はルリを止める。これ以上やったら
「今日はハルと一緒に寝る」
「ええっ、でも……」
「
ルリが春近の声真似をする。
「うっ、うううーっ」
春近は自分で顔が赤くなっていくのが分かった。
「言ったよね!」
「言いました……」
「ふふふっ、もう離れないから」
もう抵抗を諦めた春近は、ルリと一緒にベッドに入った。
「それと私、もう猫被るのやめたから! これからは遠慮しないからね!」
今までも遠慮してなかった気がするが、もう春近はツッコミを入れるのは止めておく。
この学園に入学してからというもの、春近の生活は180度変わってしまった。だが、まだまだこれからも奇想天外なことが起こりそうだと、春近はそんな予感がしていた。
――――――――――――――――
これで第一章「鬼の少女達」が終了になります。
この後、第二章「大陰陽師」に続きます。
これからもよろしくお願いします。
ブックマーク、評価、コメントなど頂けると、とても嬉しいです。
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