第二章 大陰陽師

第65話 策謀

 落ち着いた調度品が並び快適な空調が効いた部屋に、張り詰めた緊張感が満ちていた。


 部屋には三人の男が居た。

 奇妙な三人だ。

 年齢も服装もバラバラで、奇妙な関係性に見える。



「くっくっくっ……であるか」


 上座に座り笑っているのは和服を着た若い男であった。見た目は十代の少年に見えるが、喋り方や雰囲気は老人にも見える。


「はい、法師の仰せのままに」


 下座で仰々ぎょうぎょうしく頭を下げているのは、高級そうなスーツを来た初老の男である。

 そして、その隣に如何にも気難しそうな、眉間にシワが刻まれた男が座っている。



其方そなたの方は……」


 法師と呼ばれている男が口を開く。気難しそうな男に向けて。


「はっ! 計画は順調に推移しております!」


 その、気難しそうな男が答える。


「くっくっくっ……これで後は、最強の鬼を手に入れるだけ。最早、完全体となった我の覇道を阻める者などおらぬ――――」


 和服を着た若い男が笑う。

 その男の体からは、呪術的な強い力が迸っているように見えた。


 ――――――――――――





 春近は自室で緊急事態に陥っていた。


 あれから、ルリは頻繁に春近の部屋に入り浸るようになり、部屋はルリの私物が増えてゆき散らかっている。

 ルリは本当に猫を被るのを止めたのか、それとも元々面倒くさがりだったのか、部屋は散らかり放題だ。


 そして、現在は狭い部屋に五人の女子がひしめき合っている。



「ちょっと、狭いじゃない! てか、掃除しなさいよ、春近!」

 渚が文句を言う。


「くっ、汚したのはオレじゃないのに……」


 非常事態の春近が呟く。

 そして、部屋を散らかした張本人のルリは、春近の膝の上に頭を乗せて甘えていた。


「ふにゃぁ♡ ハルぅ、だいしゅき~」


 あの告白以来、ルリは教室でも外でも人目もはばからず、春近にイチャイチャしまくっている。

 前からそんなだった気もするが……


 そして、後ろに座る忍は、こっそり春近のシャツの中に手を突っ込んでサワサワしているのだ。

 あのマッサージの後から、まるでリミッターが外れてしまったかのように、会う度にエッチなことをしてこようとする困ったさんだ。


「うふふっ、春近くん」

「し、忍さん、あの……」


 ううっ、忍さん……

 そんな、とても良い笑顔でオレの背中や脇腹をコチョコチョしたりナデナデするのはやめてくれ。でも、こんな幸せそうな顔の忍さんを見ると、エッチで暴走気味なのもついつい許してしまう……。



「はるっち、ちゅ~♡」

 更にあいが横から抱きついてキスをしている。


「だから、狭いって言ってるでしょ! あたしの春近から離れなさいよ!」

 渚がキレ気味になる。

 春近を独占したいのに、他の女に密着されているのだ。



「なんだよ……ハルのバカ……アタシもイチャイチャしたかったのに……」

 咲が少し怒った顔をして春近を睨む。

 春近が四人の女にに密着され、自分の入る余地が無いのだから当然だろう。


「ちょっと、咲、見てないで助けて」

「ふんっ! ハルなんか知らない!」




 ガチャ!

 そこに、ドアが開き杏子とアリスまで入ってきてしまう。


「土御門君、来ましたよー!」

「来てやったです」


 二人はイケナイ感じになっている春近にツッコまざるを得ない。

 さっそく杏子がツッコミを入れた。


「うわっ、何すか、この淫臭漂うエロい空間は!」

「鈴鹿さん、その変態っぽい表現はやめてくれ……」


 アリスがジト目で春近を見つめる。


「――――最低です」

「アリスぅ、その汚い物を見るような軽蔑の目はやめてくれぇ!」

「自業自得です! 次から次へと女を口説き落とすハレンチ君には、キツいお仕置きが必要です!」


 アリスの言葉に皆が反応する。

「「「お仕置き!」」」



「そうね、春近にはお仕置きが必要だわ!」

 渚が少しだけ嬉しそうな顔になり言い放つ。

 美しくも鋭い目には嗜虐心が満載だ。


「やったぁぁーっ! はるっちにお仕置きぃ♡」

 当然、やる気満々になるあいだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと待った! 何をする気だ?」

 身構える春近だが、そんなのを聞く彼女たちではないのは分かり切っている。


「お……お仕置き……ふふっ♡」

 目をキラッキラッに輝かせて忍が微笑んだ。


 前から少し春近は感じていた。普段大人しい忍が、実は人一倍Sっ気があるのだと。



 横にされた春近の上に、一斉に皆の足が降りてくる。足フェチだと思われている春近へのご褒美……いや、お仕置きのつもりだろう。



「ほらほら、嬉しいでしょ!」


 渚がストッキングを脱ぎ、直に生足を顔に乗せた。

 この容赦の無さが渚らしい。

 黒い下着が見えているのを気にもしていない。


 ふみふみ――グイグイッ――


「んっ、ぷはっ! な、渚様……何のっ……躊躇ちゅうちょもなく……」



「はるっちぃ、どう、これ」


「うぷっ、く、臭っ! んん~っ、あ、あいちゃん、ルーズは洗ってって言ったのに……」


 あいのスカートが捲れ紫の下着が見えている。

 派手すぎる! だが、それがイイ!



「春近くん、どうですか?」

 むにむにっ!


 忍はムッチリとした太ももで春近の首に回した。


「ししし、忍さん! み、見えっ……」


 ムチムチでスベスベの太腿にサンドされ天国のような春近だ。白い下着が間近に見えて目のやり場に困る。

 もう大胆過ぎだ。



「ハル……踏むならアタシがやるって言ったのに……そんなに踏まれたいのかよ!」

 グイッ、グイッ、グイッ!


 遂に咲が参戦してしまう。

 意外と可愛い柄の綿パンツを履いていた。


 もうここまでされると、お仕置きというよりご褒美に思えてくる。こんなに女子に踏まれる男は春近だけだろう。



「ハルをイジメないで!」

 その状況でルリが動いた。


 ルリ、助けてくれるのか……?


「イジメてないわよ。春近も喜んでるでしょ。下着も覗いてるし」

 渚がバラしてしまった。春近が皆の下着をチラ見しているのを。


「ハぁぁぁルぅぅぅ……」

「ルリ、これは仕方が無いんだ! オレが悪いわけでは……」

「私もお仕置きするから!」

「待て、待ってくれぇぇーっ! うひゃああああっ!」


 ぐりぐりぐりぐりぐり――――

 ルリが電気あんまをしてきた。


 ※電気あんま:一方がもう一方の股間に足を入れて、ぐるぐりする遊びである。良い子は絶対に真似してはいけない。


「ルリ! それダメ! 反則だからぁぁぁ!!」

 ぐりぐりぶるぶるぐりぐりぶるぶる――――



 五人の女子のエチエチ攻撃を同時に受け、春近はボロボロになりながらも耐えきった。

 凄いぞ春近!




「いやぁ、良いものを見せてもらいましたよ。ふふっ……」

 杏子がニコニコしながら倒れている春近の横にやってきた。しゃがんで顔を覗き込んでくる。


 パンツを見せてくれているのは偶然だろうか、それともサービスだろうか?

 春近はそんな感想を抱いた。

 ちなみに青色だ。



「なんだかちょっと、ハレンチ君が可哀想に思えてきましたです……」

 アリスも近くにやってきた。


「アリス、そんな生温かい顔で見ないでくれ」

「よしよし」


 アリスがナデナデしてくれた。


 ――――――――







 お仕置きも一段落したところで、話は夏休みの話題になる。


「もうすぐ夏休みだよね。どこか遊びに行きたい」

 ルリの話に即あいも反応した。

「うちも行きたーい!」


 当然、渚も乗り気だ。

「ゴールデンウィークの時みたいに、また春近と一緒に旅行も良いわね」


 ルリと渚が旅行の話で意気投合する。

 いつもケンカしているようでいて、最近は少しだけ仲良くなった気がする二人だ。


「でも、ハルは渡さないから!」

「はあ、春近はあたしのモノって言ったでしょ!」


 でも、やっぱりケンカをしていた。



「ゴールデンウィークって何の事ですか?」

 アリスが春近に問いかける。


「ゴールデンウィークに皆で旅行に行ったんだよ」

「わたし、連れてってもらってないです!」

「アリス、あの頃はオレを避けていたじゃん」

「うっ……そうでした……」


 一緒に旅行に行けなくてションボリしてしまうアリス。そんな彼女の顔に、春近は提案をする。



「じゃあ、夏休みは皆で遊びに行こうか?」

「えっ……は、はい!」

 しょんぼりしていたアリスの顔が、パアッと明るくなった。


「行先はどうしようか?」


「海!」

「山!」

「街!」

 皆の意見がバラバラで全く決まらない――――



「あのぉ……キャンプなんてどうですか?」

 恐る恐る忍が小声で意見を出した。


「キャンプねぇ……虫が多いし」

 渚に却下されてしまう。



「キャンプか……学園内でもこんなに攻められているのに、テントとかロッジなんかで寝たら何をされるか……」


 つい、余計なことを春近が呟き、女子達の目が一斉に光った。

 ピキィィィィィィィィィィィィィィィィン!


「キャンプ良いわね!」

「ハルとキャンプ行きたい!」

「アタシもキャンプかな」

「うちもぉー!」

「良いですね……ふふっふひっ」

「わたしもキャンプが良いです」

「うふふっ、キャンプで春近くんと……」


「しまったぁぁぁ! オレが余計な事を言ったばかりに、全員の意見が一致してしまったぁぁぁぁ!」


 春近、前途多難である。


 ――――――――――――




 長い黒髪を揺らし電話をする女が一人。


「はい長官、こちらは問題ありません。特級指定の少女たちも懐いております」


『うむ、学園の方は任せておく。じゃが、夏休み明けに何か不測の事態があるやもしれぬ。特に休み明けには十分に気を付けてくれ』


「何か不穏な動きでもあるのですか?」


『まだハッキリせんのじゃが、現状に不満を持つ者どもが多いようでな。まあ、こっちは何とかするから、嬢ちゃんは夏休みを満喫しておればよいぞ』


「はい……」


 定期連絡を入れていた栞子は電話を切った。


 夏本番を迎え、木々の緑も色濃く照り付け太陽がギラギラと輝いている。

 栞子は窓の外を眺めながら、陰陽庁のゴタゴタに自分達が巻き込まれないようにと祈った。


 学園でエチエチライフを送っている春近たちだが、この後に国家を揺るがす大事件が起きるとは、誰も予想だにしていなかった――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る