第62話 デート編Ⅷ 瑠璃

 やっとルリとのデートの日を迎えた春近は緊張していた。

 最近少し元気が無いルリが気がかりなのだ。順番が最後になってしまったのも気になっている。



 ルリ……随分待たせていまったけど怒ってないかな?

 最近少し元気がないし……ルリには元気でいて欲しいから。


 いつものように春近が女子寮前で待っていると、中からルリが出てきた。


「ハル、おまたせ」

「ルリ」


 ルリは今日も綺麗だ。

 そこに居るだけで周囲の空気を変えてしまうような、妖艶で鮮烈な存在感を出している。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 通りを歩いているだけで、道行く人が皆振り返る。

 その圧倒的な美貌と存在感に、誰もが足を止め見入ってしまうくらいだ。


 しかし、当の本人のルリには、全く逆の感情があった。


 ――――また見られてる。

 私が鬼の子だから……

 私がいちゃいけない存在だから……


 子供の頃と比べ格段に呪力の制御が上達し、漏れ出る呪力を制御できるようになった。

 しかし、その強大な呪力の全てを止めることはできず、微量ながらも呪力が漏れ出てしまう。それがルリの身体を包み不思議な感覚を周囲に与えてしまうのだ。



「ルリ、大丈夫?」

「えっ、ハル?」

「なんだか元気が無いみたいだけど」

「だ、大丈夫だよ、ハルと一緒で嬉しいよ」


 ルリは春近の腕にギュッと抱きついた。

 しかし、そのルリの心に、再び暗い影がよぎる。


 今日はハルとデート……一緒に居たい……今日だけじゃなく、ずっと一緒に居たい……すっとすっと一緒に。

 でも、このまま一緒に居たら、ハルにも迷惑を掛けてしまうかも……。ハルを傷つけてしまうかも。


 ――――――――





 二人は電車で数駅行った所にある遊園地に到着した。

 この地域では人気のデートスポットだ。


 これまで彼女がいなかった春近には遊園地自体が久しぶりである。当然カップルで遊んだのではなく、家族と行った記憶しかない。



「遊園地に行くなんて凄く久しぶりだよ」

「私は初めて……」

「えっ」

「私は……子供の頃、あまり出掛けることが無かったから……」

「ルリ…………」


 寂しそうな顔のルリに、春近の心が痛んだ。


「そ、そうだ、今日はいっぱい楽しもうよ」

「うん」


 辛い子供時代を過ごしたルリに楽しんでもらおうと、春近はたくさんの良い思い出を作りたいと思った。


 ルリに、いっぱい楽しんでもらいたい。

 楽しい思い出になるように。

 少しでも辛い過去を忘れられるように。



「先ずはどれにしようかな?」

「あれに乗ってみたい」

 ルリがジェットコースターを指さす。


「えっ、絶叫系……」

「ハルぅ、怖いの?」

「こ、怖くないから! ぜっんぜん怖くない」

「ホントかなぁ?」


 少しニヤニヤしたルリと一緒に絶叫系ジェットコースターに乗る。


 かなりの高低差があるようだ。ゆっくりと最高到達点に上ったコースターは、そこから勢いよく滑走した。


 ズバババババババババババババババ――――

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁー!」

「きゃぁぁぁぁっ! あははははっ」


 ガタンガタンガタン――


「そ、そそ、それほどでもなかったかな……」

「ハル、絶叫してたよ。それにフラフラしてる」


 ルリに笑われてしまう。

 男らしい所を見せようとした春近だが、逆に残念な所を見せてしまったようだ。


「ふふっ、ハルっ」

 ルリが春近に抱きつく。


「ルリ」

「えへへっ」


 春近とルリは、一緒に色々なアトラクションを楽しんだ。


 ルリが笑っている。

 楽しそうに。

 本当に楽しんでくれていて良かった。



 日が傾き辺りは薄暗くなり始める。

 楽しい時間は、すぐに過ぎてしまうのだ。



「あれに乗りたい」

 ルリが大きな観覧車を指さす。


「良いね、乗ろう」

「うんっ」


 そろそろ帰らないとならないから、あれが最後になりそうかな。

 春近は観覧車を見上げて思った。



 観覧車は二人を乗せゆっくりと上がって行く。

 夕日に照らされた街や山々が美しく広がる。

 二人は寄り添うように抱き合い、沈黙が続いたまま観覧車は頂上へと昇った。


 ルリが熱い視線を向けてきた。

「ルリ……」

 そのまま自然に見つめ合いキスをした。


「ルリ……」

「ハル……」

「んっ、ちゅっ」


 くちびるを合わせながら、ルリは心の中で願っていた。


 ハル! ハル! ハル!

 もっと一緒にいたい! ずっと一緒に!

 このまま時が止まって、ずっと二人だけになれば良いのに――――



 観覧車は一周して出口に到着した。

 夕日は大地に沈みかけ黄昏時たそがれどきとなっている。

 園内のイルミネーションの光が灯され始め幻想的な光景へと変わり始める。


 ただのアトラクションの終了なのに、ルリには何かの終焉しゅうえんのように感じていた。ルリの誰にも伝えていない苦悩は、本人が思っているよりも深刻に心を蝕み始めているのかもしれない――――




「そろそろ帰ろうか」

「うん……」


 二人は遊園地を出て駅へと向かう。

 改札口に入ろうとしたところで、不意にルリが足を止めた。


「ルリ?」


「……たくない」

 ルリは何かを呟いた。


「えっ?」

「帰りたくない!」

「ルリ、どうしたの?」

「帰りたくない! ずっとハルといたい! もう、帰らない!」


 突然ルリが声を荒らげた。


「もう帰りたくない! ハルと二人っきりでいたいの!」


 帰ったら、ハルが誰か他の子に取られちゃうかもしれない――――

 ハルも他の子を好きになって、私のことは好きじゃなくなっちうかもしれない――――

 きっと、恐ろしい鬼の力を持つ私なんて、ハルは選ばないだろう――――


「えっ……ルリ……」


「そうだ、ハル……。このまま二人で遠くの街まで逃げようよ。どこか遠い所に……誰も知らない場所に……何処かの山奥とか。誰も居ない場所で……二人だけで……そうすれば、私は何でもするよ……ハルのしたいこと、何でもしてあげる!」



 ルリは春近に抱きつき胸を押し当てる。

「二人で逃げよう…………」


「ルリ……ダメだよ……戻らないと。皆が待ってるよ……」


「どうして……どうして! どうして! どうして私の頼みを聞いてくれないの!」


 私がこんなに頼んでいるのに――――

 ハルは本当に私の事を好きなのだろうか――――

 いや、そもそも私は何で初めて会った時に、ハルに呪力で認識操作なんてしてしまったのか――――

 そもそも最初が間違っていたのだ――――

 何故、私はハルを利用しようとして呪力を使ってしまったのか――――

 それが全ての間違いだったのでは――――

 何も信じられない、全てが疑心暗鬼に思えてくる――――



「ルリ、帰ろう……」

 ハルが手を差し伸べてくる。


「っ…………」


 ダメだ! それ以上は言っては! それ以上言ったら戻れなくなる――――

 全てを壊してしまう――――

 好きな人も、居場所も、友達も――――


「っ……どうして……どうして分かってくれないの! もう嫌い! ハルも、皆も! 全部! 大嫌い!!!!!!」


 パシッ!


 ルリは、差し出された春近の手を払いのける。

 ルリの体から呪力が溢れ出し周囲の空間が歪む。


 ギュワァァーン! ビシッ! バリッ!


 地面のコンクリートにヒビが入り、街路樹の枝が折れて落ちる。

 ルリは全てを諦めたような表情をして、春近に背を向け走り出した。


 シュタッ!


「ルリ! ルリ! 待って! ルリぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」



 ルリは薄暗い景色の向こう側に消えてしまった。

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