第61話 デート編Ⅶ 栞子
時は乱世――――
だが、C組に新たなエッチ女子阿久良忍が破竹の勢いで名を上げる。
ここに至り、エッチ女子三勢力による天下三分の計が実現したのであった――――
「いや、そんなナレーション要らないから……」
自分で自分にツッコミを入れてしまった春近。三分どころか八分にされそうだ。
あの後、忍は暴走しまくってからギリギリのところで我に返った。冷静になった忍は自分の破廉恥行為を思い出し、申し訳なさそうな顔で何度も春近に謝罪する。
実は毎日一人でしちゃってるとか爆弾発言連発で、更に自爆しまくっているのに気付いていない。
何が毎日かと思われるだろうが、それは諸事情により秘密なのだ。
そんなこんなで、今日は栞子の番が回ってきた。
「栞子さん、最近いつも疲れた顔をしているから心配だな」
春近が呟く。
あの凛として気高いお嬢様のようだった栞子が、作戦の失敗で……いや、超恥ずかしいへんてこスーツで泣いてしまったあの日。
あれから色々と気苦労が多いのか、栞子はいつも疲れている。
「旦那様」
寮から出てきた栞子は、やはり目の下にクマが出ている。
かなり疲れがたまっているように見えた。
「栞子さん、だいぶ疲れているみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫です! 旦那様とのデート、たとえ刀折れ矢尽きるとも這ってでも御供致します!」
重い……重すぎる。
「さあ、行きましょう」
カクンッ!
「あうっ!」
栞子は、歩き出した途端にバランスを崩してふらついた。
「やっぱり疲れてるじゃないですか。今日は中止して休みましょう」
「だ、大丈夫ですわ」
「大丈夫じゃないですよ」
デートが中止と聞いて、見る見るうちに栞子の表情が曇ってゆく。
「う、ううっ……うううわぁぁぁぁぁん」
「ちょっ、泣かないで下さい」
「だって、だって……旦那様が、わたくしにだけ冷たいし……他の子とはイチャイチャしているのに……」
「そんな、誤解です、冷たくなんかしてないですよ」
どうしよう……困ったな……でも、フラフラで心配だし。
「とりあえず、オレの部屋で少し休みましょう」
「えっ、旦那様の部屋に……い、行きます!」
栞子が少し復活した――――
ガチャ!
部屋に入ってすぐ、栞子をベッドに寝かせる。
春近にされるがまま横になった栞子が、布団を顔までかぶった。
「旦那様の匂いがします……」
「嗅がないで下さいね」
「くんかくんか」
「ダメですって」
栞子は布団に潜って、少しクンカクンカする。
「少し休んで疲れを取って下さい」
「添い寝……添い寝して欲しいです……」
「えっ、でも……」
「ううっ……やっぱり旦那様は、わたくしの事がお嫌いなのですね……うううぁぁぁぁぁー!」
「分かりました! 添い寝します! しますから泣かないで!」
仕方なく春近は彼女の横に入る。
一緒の布団に入って頭を優しくポンポンすると、栞子は張り詰めていたものが切れるように安らかな寝息を立て始めた。
――――――――
『栞子よ! 精進せい!』
和服を着た老人が声を掛ける。
古い道場のような建物だった。
そこに老人と小さな少女だけがいた。
その老人の顔は、髭を蓄え深いシワが刻まれていた。
まるで厳格さを絵に描いたように。
『よいな! おぬしが
『はい! 御祖父様!』
まだ幼い少女は、悲壮感にも似た表情を浮かべて答える。
多くの人の悲願、責務、重圧、全てを小さな双肩に背負うように――――
少女は幼き日より、剣術や格闘術、様々なものを教え込まされた。
しかし、普通の少女である彼女には、その全ての荷が重かったのだ。
『何故出来ぬ! 努力が足りぬ! もっと精進せい!』
『はい!』
来る日も来る日も努力を続け、
もっと頑張らないと――――――――
もっと頑張らないと――――
もっと頑張らないと――
頑張る――――
頑張る――
頑張る――
頑張る――
ある日、少女は祖父の部屋から聞こえる会話を聞いてしまった。
『どうして男児が生まれなかったのだ! 栞子には棟梁は無理じゃ! 才能が無い!』
プツンッ!
その時、少女の心の中で、何か糸のような物が切れた気がした。
『わ、わたくしには才能が無い……』
頑張って……頑張って……頑張ってきたのに……まだ頑張りが足りないのか。それとも、わたくしの頑張りは無駄だったのか。
ある日、栞子は部下の四天王と対面する。
『我ら、四天王一同、姫様に御使え致します』
少女は目の前の控えた自分の部下という四人を見て確信する。
これが才能だ――――
一瞬で解る、強さ、素質、才能、積み上げた研鑽。
わたくしは、お飾りの棟梁だ……
わたくしは
わたくしは見掛け倒しで中身は何も無い……
わたくしは……何も無い……
目の前に広がる光景。
最強の鬼と評される一人の少女。
その、たった一人に四天王は負けた。
為す術がなく、才能も研鑽も意味なんて無かった。
わたくしの人生とは何だったのか……
もう……疲れた……
思考が急速に引き戻され覚醒する――――
栞子の頬に涙が流れ落ちた。
「わたくし……寝ていたの……」
ふと、横を見ると、春近が添い寝していた。
何も無くなったはずの自分が、
不思議な男だ。
恐ろしい鬼の少女達が、皆懐いてしまう。
敵同士だったはずの者まで受け入れ繋ぎ合わせてしまう。
何もかも捨て希望も無くしても、この男にだけは執着してしまう。
「ふふふっ……旦那様……」
栞子は、寝ている春近にそっとキスをした。
ついでに匂いを嗅ぐ。
更に、服を捲って色々な場所を舐めたり匂いを嗅いだ。
この男が居るのなら、自分はまだ立っていられる。
少しずつでも進んで行ける。
依存してしまっている彼には悪いけど、この先益々執着してしまいそうな気がしていた――――
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