第54話 記憶の迷路

『鬼だ! 鬼の子だ!』

 皆が口々に言う。


 ここは何処だろう。夢の中、それとも遠い記憶?

 私は皆から罵られる。

 恐ろしい鬼だと。


 やめて、私は何もしていない――――


 何度そう叫んでも、誰も聞いてくれない。


『恐ろしい! 呪いがかかる! こっちに来ないで!』

 誰もが恐れて近寄らない。


 何もしてないのに――――

 どうして私を嫌うの――――


 そして、両親が泣いている映像が見える。


『どうして私たちの子が……』

『どうしてあの子が……』


 お父さんお母さん、ごめんなさい――――

 私のせいで皆に迷惑が――――

 私は生まれてこなければよかった――――


『恐ろしい! 鬼だ! 鬼の子だ!』


 そうだ……私は皆を不幸にしてしまう――――

 ハルも初めて会った時は、私を恐れていた――――

 私は……ハルを不幸にしてしまうかもしれない――――


 私は――――







 意識が遠い記憶から引き戻され、ルリの視界に授業中の教室が広がる。

 どうやら夢を見ていたようだ。


 どうして、あんな昔の事を……

 ボーっと授業を聞き流していたら、意識が過去の記憶と混ざってしまった。

 疲れているのだろうか。

 ハルは優しいし、学園生活も自由に送っている。

 何も問題無いはずなのに……時々、言い知れない不安に襲われる事がある。

 私は、もう昔の私ではないはずなのに。


 ルリは頭を振って悪夢を振り払おうとした。


 ――――――――




 昼休みになると、春近の周りに皆が集まってきた。完全に逃げ場がないよう取り囲むように。

 何が起きるのかと春近が身構えてしまう。


「え、えっと、何かな?」


 咲が口火を切った。

「ハル、あの時、何でもするって言ったよな!」

「うっ!」



 全員攻略するのを手伝ったら何でもいうこと聞くというアレである。


「うっ、やっぱり覚えていたのか……」


 とっくに忘れているだろうと春近は高をくくっていたが、どうやら皆は覚えているらしい。


 特級指定されている四人が仲間になり、これで任務完了になるのかと春近は思った。

 あれ以来、祖父から何の連絡もなく、今後のことも分からない。とにかく、春近は何事もなく平穏な学園生活が送ることができれば良いだけなのだ。


 ただ、それより今は、この『なんでもする』ピンチを、どう乗り切るかだ。



「え、ええっと……何でもと言っても、オレにできることだけだよ……」

 あまり無茶な事を要求されないように、先手を打つ春近だ。


 だが、この愛が激しいメンバーが無茶をしないはずがなく。


「あたしは、もうすることは決まっているのだけど」

 渚が春近に抱きつき、胸のあたりを指でクリクリしながら熱い瞳を向ける。


「ちょっと、渚様。マズいですって」

「マズくないわよ。だって春近はあたしのモノだから」


 そこで春近は気付いた。


「あれ? 何かおかしいぞ……そうだ! ちょっと待って、オレが約束したのはルリと咲と鈴鹿さんと栞子さんの四人で、他の人は――」



 全て話し終える前に、渚の威圧感が何倍にも急上昇し、春近はそれ以上何も言えなくなった。


「四人だけなのは不公平です。皆平等にすべきです」

 アリスが、一見もっともな意見を言う。


「でも、八人全員の願いを聞くのはさすがに……」

 二倍に増えた女子に、春近の体が震える。これは体がもたない。


「はるっちぃ、あきらめなよ。うちはぁ、もちろんアレかなぁ♡」

 むぎゅぅ~っ!


 後ろから胸を押し当てたあいが、耳元で意味深な囁きをする。



「あ、あのっ……」

「ほら、覚悟決めなさいよ!」

「ふへぇ、はるっちぃ」



 渚とあいにガッチリと挟まれ逃げられない。もう断れるような状況ではなくなってしまった。


 ここで春近は頭脳をフル回転し、最適な戦術を考えた。


 ここは、この不利な戦局は――

 そうだ!

 かのナポレオンは敵の大軍に囲まれ包囲殲滅ほういせんめつに危機にあった時、機動力を活かして各個撃破に出て見事成功したという話がある。


 今のオレは、まさに強気女子に包囲され殲滅の危機にある。ここは全員を相手にしていては敗北必至、陣形を崩し一人一人に分散した所を各個撃破すれば、オレにも勝ち目が有るかもしれない。

 よし、その戦法で行こう――――



「そ、そうだ! 全員同時だと無理だから、一人ずつ一緒に遊びに行くってのでどうかな?」

 散々考えて出した結論がそれである。

 案外普通だった。



「それって、デートって事?」

 ルリが質問する。


「うん」

「デートだぁ」

 

 俺の返答にルリも喜ぶ。皆もデートと聞いて乗り気になっているようだ。


 こうして八人がそれぞれ春近とデートすることになった。

 何とか一人ずつになった春近。これなら同時に攻められることもないと安心する。

 



 しかし、今度は順番で喧嘩になる。紆余曲折し、最終的にあみだくじで決めた。


 1番 アリス

 2番 渚

 3番 咲

 4番 杏子

 5番 あい

 6番 忍

 7番 栞子

 8番 瑠璃

 という結果になった。


 ここにアリスが呪力を使った疑惑が出る。


「偶然です。使ってないです」


 本人がそう言っているので決定した。いつまで話し合っても埒が明かないのである。


 そんな春近に、杏子が近寄って来た。


「提督! 各個撃破ではなく連戦連敗しないように気を付けるであります!」

 小声で話しかける杏子。全てお見通しだ。


 春近と杏子は、変な所で心が通じているのかもしれない。



 いつもより少し元気がない気がするルリに、春近が声をかけた。


「ルリ、最後になっちゃったけど待っててね」

「う、うん、ハルとのデート楽しみにしてるっ」



 何気ないルリとの会話、いつもと同じ光景のはずだった。しかし、この時の春近は彼女の、ほんの些細な変化に気付いていなかった。

 それが後に、どうして彼女の悩みに気付いてあげられなかったのかと後悔する事になるのだが。

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