第43話 初めての感情

 学食に向かって鬼の少女が二人歩いている。

 どちらも陰陽庁から特級指定されている転生者だ。

 しかし、その意外な組み合わせに、周囲の生徒は驚きと戸惑いの中にいる。


 先頭を歩くのは自他共に認める女王大嶽渚だ、その後ろを申し訳なさそうに歩くのが阿久良忍だった――――


 廊下にたむろする生徒も、渚が睨むと怯えて道を開けた。

 このような事になった経緯はといえば、昼休みに入ると渚が突然C組に現れ、強引に忍を連れて行ったのだ。



 そんな緊急事態に、忍は不安で不安で仕方がない。


 大嶽さん……何か用だろうか……怖い……先日の騒ぎで何か失礼な事をしてしまったとか……


 忍にとって、渚のような女子は苦手なタイプだ。

 渚に何かされたことは無いし、話したのもこれが初めてだ。しかし、今までのクラスのカースト上位の女子からイジメられた経験から、渚のような見た目の女子に苦手意識を持ってしまっていたのだった。



 そのまま二人で学食に入って行く――――


「あたしが払うから好きなだけ食べて良いわよ!」

 学食に入ると、渚がそう言った。


「えっ……あの……」

「早く好きなだけ注文しなさいよ!」

「でも……」

おごるって言ってんのよ」


 渚は、自分がおごるから、何でも食べろと言っていた。


「じゃ、じゃあ……かけうどん……」

 忍は遠慮して一番安いメニューを選んだ。


「ちょっと、馬鹿にしてんの! あたしの料理が食べられないって言うの!」

 まるで酔うと面倒な上司みたいなことを渚が言いだした。


「あああ……すみません……」

「早く頼みなさいよ!」

「は、はい」



 結局、忍はカレーライスとカツ丼とラーメンを注文した。

 異色の二人が同じテーブルで昼食をとる光景に、学食内の生徒の注目を浴びている。


 少し髪をクルクルとイジっていた渚が、唐突に話し始める。

「この前は、助かったわ……」


 この前――というのは、先日の体育倉庫の件だろう。


「あんたが居なかったら、あたしも春近も潰れてたかもしれないし……あたしは借りを作ったままなのは嫌だから……だから、その……ありがと!」


 これは、彼女なりのお礼だったようだ……

 素直にお礼を言うのが恥ずかしいのか、ちょっと回りくどいことをしていた。


 見た目は怖い渚だが、意外と律儀りちぎな人なのかもしれない……

 忍は少し緊張を解いた――――





 その頃、春近は……といえば――――

 教室で、ルリと咲に両側からくっつかれていた。


「もう、ハルぅ。危ないことしないでよぉ~」

「倒壊に巻き込まれたと聞いた時は、ホントに心配したんだからな」

 二人は春近の両腕にギュッと力を入れて抱きつく。


「あの、もう放しても大丈夫だから……」


「いや! 手を放したらまた危険なことしそう」

「もうちょっと、このままでいさせろよぉ」

 そのままずっと捕まえられていた。


 ――――――――





 後日――――


 春近は、新品の体操着を購入し、忍に渡しに行った。

 人の少ない体育館横の廊下だ。


「これ、遅くなっちゃったけど」

 そう言って、春近は新品の体操服を渡す。


「いえ、そんな……気を使っていただかなくても……」

 遠慮する忍だが、実際は体のサイズを知られるのを恥ずかしがっていた。


 ううっ、私の体操着のサイズが大きいのがバレちゃって恥ずかしい……



 ところが春近は、サイズなど気にせず忍の活躍に目を輝かせながら語り出す。


「あの時の阿久良さん、本当に凄かった。まるで女神のように輝いてたよ」

「うぅ……恥ずかしいです……」


 褒められて照れる忍。その心中は、初めての感情で溢れている。


 はあぁ……

 褒めてくれるのは、例えお世辞であったとしても嬉しい……でも、この人の言葉を聞いていると信じてしまいたくなる――――

 だって、この人の言葉はお世辞じゃなく本心に聞こえるから。

 もっと、仲良くなりたい……



「あの、阿久良さんは……」

「忍で良いです……あの、名前で……」


「あ、では、忍さんで。オレも春近でも何でも良いですよ」

「では……春近くん……」


 忍の心は揺れていた。


 もしかしたら……この人なら……春近くんなら……私を受け入れてくれるのかも……でも怖い……もし、拒絶されたら……私はきっと立ち直れない……



「忍さん、怪我は大丈夫ですか?」

 怪我をした頭を見つめる春近が心配そうな顔で言う。


「はい……頑丈なだけが取り柄なので……筋肉ばかりで、全然女らしくないので……」


「そんな事ないですよ! 忍さんは女の子らしいし、優しくて親切で素晴らしい人です!」


「ううっ……そ、そんなに褒められると……」

 そんなに褒められたら、おかしな気持ちになってしまう……こんな気持ちは初めて……



「そんな事あります、腕だってこんなだし」

 忍はテンパってしまい、袖をまくって腕を春近の方に突き出してしまう。


「す、凄い……」

 春近は忍の腕を取り、二の腕の筋肉をペタペタと触る。

 筋肉といっても表面は女性らしい滑らかで柔らかさがあり、むっちりとした感触だ。



「んんっ……」

 な、なななななな……触られてる! 男の人に触られるのなんて初めて……!

 どうしよう、どうしよう……


「あ、あの! 春近くんは脚が好きだって聞いたから……こっちもどうぞ!」

 更にテンパった忍は、脚まで春近の方に突き出した。


「いや、その、それはデマだから…… でも、凄い……」

 春近は、忍のふくらはぎや太ももをペタペタ触りだした。


「うっ……くっ……んんんっ――――――――」

 もうダメ……そんなに触られたら……おかしくなる……


 ぺたぺたぺたぺたぺた――

 春近は夢中になってペタペタ触ってから、ふと我に返り自分のしている行為に気付いた。


 ん? 俺は何を……

 あれ? 女子の体をベタベタなでなで……

 

「うっ、うわあっ、すみません! 触り過ぎました」

「い、いえ! だ、大丈夫ですから……」



 忍は、自分の中に芽生えた春近への純粋な感情と、体を触られた事による淫らな感情との間で、形容しがたい複雑な感情のもつれでおかしくなりそうだ。



「はああああぁ……」

「す、すみません。忍さん」

「うううぅ……」



 お互いに恥ずかしくなり、しばらくの間こんな調子になってしまった。





 あの倒壊事故の後、現場を目撃した人から噂が広がり、悪口を言っていた男子は忍を恐れるようになり悪口を言わなくなる。

 噂が噂を呼び、忍が滅茶苦茶強いという話になっているのだ。

 更に、渚と一緒に行動していた噂も広がった事で、女子も忍への対応がガラリと変わったという。


 渚の悪名……ではなく、影響は凄いものがあったようだ。

 強さやカーストトップ女子とのつながりで周囲の人間の対応が変わる。世の中はそういうものなのかもしれない。



 それを聞いた春近は、忍の学園生活が少しでも楽しいものになってほしいと願った。

 そして、この時に忍の中に芽生えた感情には、まだ気付いていなかった。

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