第42話 金剛顕現

「うおおおおおぉぉぉぉぉ――――」

 校舎に唸り声が轟く!


 栞子から春近の危機を聞いた阿久良忍は、金色ゴールドにも白金プラチナにも見える光をまとい雄叫びを上げ走り出した。

 鬼の力――忍が呪力を解放したのだ。



 その走りは軽くオリンピックレコードを更新してしまうであろうスピードだ。

 空気を切り裂くような加速をして、廊下を走り抜ける。

 生徒たちは、その迫力に驚き皆道を開け、忍は間を縫うように凄まじいスピードで走り続けた。


「土御門さんが……あの人が……助けないと……」


 走りながら忍は呟く。

 親切で優しい春近を助けなければと。


 風のように廊下を駆け抜け、怒涛の加速でグラウンドを一気に横断し、一直線に体育倉庫まで来た。

 大人しく目立つのが苦手な彼女が、春近の為に呪力が漏れるのもいとわず一心不乱に走ったのだ。



「土御門さん! 大丈夫ですか!」

 体育倉庫の前まで来た忍は、今にも崩れそうな建物の中に声を掛ける。


「その声は阿久良さん?」

 体育倉庫の中から春近が返事をした。


「危ないので少し扉から離れてください!」

 忍はそう言うと、扉に手をかけた。


「はい、下がりました」

 春近は渚を抱えて扉から離れる。


 その時、その場に居た全ての生徒が信じられない光景を目撃する事になった。


「うおおおおーっ!」

 彼女は気合を入れると扉を手で掴み力を込めた。


 グガガガガッ! ガギッ、グシャ、バキッ!


 鉄の扉は凄い力でひしゃげて曲がって行き、バキッという音と共に引き千切られた。

 その鉄の扉を軽々と後方に投げ飛ばす。


 ガガーン! ドォォォォーン!

 支えになっていた扉が外れた事で、コンクリート造りの天井が落下してくる。


 もうダメだ――――

 春近は死を覚悟した瞬間、信じられないことが起こった。


 ズドドドドーン!


 天上が落ちてこないのを不思議に思った春近が薄目を開ける。

 見上げた先には――――落下したコンクリートの塊を支えている阿久良忍の姿が見えた。


「えっ、あ、阿久良さん? ええっ!」


 眩い光を纏って大きなコンクリートの天井を持ち上げる彼女姿は神々しくもあった。

 まるで戦女神の加護を受けた女戦士のように。


 人間が持てる重量の限界を遥かに超えた天井を受け止めた彼女が、その衝撃からなのか額を伝わって一筋の赤い血が流れた。


「ぐぐうぉぉぉぉぉぉー!」


 彼女の腕の筋肉が盛り上がり血管が浮き出る。

 気合を入れ建物の天井部分は後ろ側に投げ飛ばされる。


 ドスゥゥゥゥゥゥーン!


「凄い……」

 自然に言葉が口から出た。

 春近は見惚れていた。

 ボロボロの瓦礫がれきの中に立つ彼女は、誰よりも気高くも美しく見えた。



「ううっ……」

 しかし、忍の心は別の感情が渦巻いていた。


 私の……こんな姿を見たら……また嫌われてしまう……


 忍は呪力を見せたら皆に嫌われてしまうのではないかと思っていたのだ。



 しかし、忍の心配とは逆に、静まり返っていた周囲の生徒たちの反応は一変する。


 パチパチパチ――パチパチパチパチパチ!


 騒ぎを聞きつけて集まって来た生徒達の中からチラホラと拍手が鳴り、徐々に拍手の音が大きくなったのだ。

 信じられないような光景だが、彼女が命の危機に瀕した生徒を、自分の身を挺して守ったのを誰もが見たのだから。


 物理的に考えて、人間の耐えうる重量を遥かに超えた天井を支える事など常人には不可能なのだが、見ていた生徒たちは常識を超えた場面に遭遇し正常な判断が出来ていない。

 傍目はためには、自分が怪我をしながらも同級生を救ったヒーローにしか見えないのだ。



「阿久良さん、ありがとう!」

 春近は彼女の手を取り感謝を述べる。


 その時、忍の額から一筋の赤い雫が流れる。


「あ、血が出てる! すぐ手当を」

「わ、私は大丈夫です……頑丈なので……」

「傷になったら大変だよ。女の子なんだし。すぐに保健室に」

「は、はい……」


 腰が抜けている渚も連れて、春近は忍と保健室に向かった――――





 保健室で治療をしてもらい、一先ず落ち着いたところだ。


 幸い忍の怪我は大したこともなく、傷も目立たないようだ。

 渚はショックで疲れてしまい、ベッドに寝かせてある。

 養護教諭は簡単に治療をして、あとは任せたと言って出て行ってしまい、そこには寝ている渚と、二人が残される。



「あっ、服が……」


 春近が忍の破けた服に気付く。

 体育の後だったのか、着ている体操着が天井を受け止めた時の衝撃のせいなのかボロボロに破けてしまっている。


「阿久良さん、本当にありがとう。おかげで助かったよ」

「いえ、そんな……大したことでは……」

「そんなことないよ! 凄いことだよ! 阿久良さんは命の恩人だよ!」


 忍の手を取り春近は何度もお礼を言う。


「あの、服が破けて……オレが弁償するから」

「い、いえ……替えは何着も持ってるので……」



 感謝をする春近だが、忍は破けた服の隙間から見える体を隠しながら考えていた。


 見られてる――――

 私の……大きくて筋肉質な……女の子らしくない体を……

 体操服が破れて背中が見えてしまっている……

 見ないで……こんな、私の体を……

 もう、嫌われたり……拒絶されるのはイヤ……


 しかし、春近の感想は全く逆であり――


「凄く綺麗だった」

「えっ……」

「あの時、呪力で光り輝いて、凄く綺麗だった」

「…………」


 その一言で、忍は救われた気がした。


 どうして、この人は……こんな言葉をくれるのだろう――――

 少年のように目を輝かせて、本心から言っているように見える。

 そんな事を言われたら……本気にしてしまいそうになる……

 この人の周りには……美人で可愛い人がたくさん居るのに。

 私なんかが入り込む隙間なんて、絶対無いのに……



 阿久良忍は、芽生え始めた初めての感情に、戸惑いと不安の中で彷徨さまよっていた――――

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